お客様とプロの声

「持続的成長を実現する“新たな人間観”を求めて」
~「成長の因果」の理論化・実践化への対話から~

2017/01/17

  • 語り手 ソニーコーポレートサービス株式会社
    人事センター人材開発部
    シニアプランナー 奥田英二 氏
  • 聞き手 株式会社イー・ファルコン
    代表取締役社長 志村日出男

※登場する方の所属企業、役職等は当時のものとなります。

40年の時を越えた“テーマとの再会”

志村:「成長の因果」の解明に基づく、理論化と実践化を目指して、当社が活動を開始してから2年。その内容は、時代的な重要さをいよいよ増していると実感しています。本日は、そのモデルとなられた奥田さんにお越しいただいての新春対談です。あらためまして、今日はよろしくお願い致します。

奥田氏:こちらこそ、よろしくお願いします。

志村:まず、調査のモデルとなって下さった背景について伺います。
忘れもしない、ちょうど一年前の1月、ソニー本社にてご協力のお願いをした際、奥田さんは間髪入れずに「分かりました。いつからやりますか?」と、仰られました(笑)
ご本人に対しては約10時間に渡るインタビューを、さらには、ご自身をよく理解する周囲の方々にも、数時間のインタビューを要するといったように、多大なご負担をおかけするにも関わらず、なぜ二つ返事で御承諾下さったのでしょう?

奥田氏:ずいぶんと時を遡ることになるのですが、1970年代後半、私が大学に入った頃、ちょうどベトナム戦争が終結し、アメリカが完全に敗退します。

そして1978年、ロバート・デニーロ主演の「ディアハンター」という作品が公開になるのですが、それは、ベトナム戦争に対する反戦を主張する作品であり、それまでのアメリカ自体の価値観が大きく揺らいだ、一つの象徴でもありました。

ちょうどこの頃、私が所属する大学の級友たちに、ある傾向が広がりました。それは、皆がユング(Carl Gustav Jung:1875~1961年)に傾倒していったのです。私はたまたま、小林秀雄の著書を通じてユングを知っていたことから、友との話の輪に入るためにも読み始めました。

それまで、科学を至上としていたアメリカ人は、ユングが嫌いだったのです。「あれはサイエンスではない、アナログだよ」と。ところが、そのアメリカの既成の価値観が揺らぎ、ユングが読まれるようなると共に、それが日本にも波及してきたのでした。

当時の大学の授業も、人間の発達に関する研究のほとんどが、高校生や大学生になるところで終わりになっていたのです。今日でこそ、成人発達論とか生涯発達論といった分野があるけども、あの頃はほとんど存在しませんでした。しかし、それでは人間の一生が寂しいし、実につまらない・・・でもユングは違ったのです。彼は、実に人間の一生を扱っており、人間は最後の最後まで成長し続けられる、という考えを持っていました。まだ感受性の強い学生時代に、彼から受けた影響は大きかったと思います

そして21世紀になり、モノの時代から心の時代へと、社会の価値基準がシフトしていく中、学生時代の過去に置き忘れていたものが、私の中に甦ってきていたんですね。

そのような背景があって、一年前に貴社から協力要請を頂いた時、表現は違うけれど“これはまさに、自分のテーマそのものだ”と思ったのです。

志村:当時、ユングの“成長観”や“人間観”を、鮮烈に刻み込まれた奥田さんにとって、奇しくもこの取り組みのお願いが、実に40年ぶりのテーマとの再会となったのですね・・・これまで奥田さんには、かなりの時間をインタビューしてきましたが、これは今日、初めて伺ったお話です。

“個別を通して普遍を見る”というアプローチ

奥田氏:そもそも、貴社がこの取り組みに着手されたのは、いかなる理由からだったのでしょう?

志村:今から12年ほど前、あるグローバル企業から、特定のハイスキルエンジニアの育成に関する相談がありました。それが知識供与や技術訓練だけでは、とても実現できないスキルの水準であったことから、モデルとなるエンジニア達がいかなる特性を持ち、またそれがいかなる体験によって獲得されたものなのか、調査を行ったのでした。

しかしPJのオーナーからは、棚卸しの対象は“入社以後”の体験だけに留めてもらい、対象者にとって機微な情報に関わる“入社以前”の体験には、触れないでくれとの条件が示されたのです。

それらのエンジニア達は、入社以後、時には能動的な、また時には受動的な体験・・・これを総じて「インシデント」と呼ばせてもらいますが、その特定のインシデントが“原因”となり、それを通じて力を開花させ、現在に至ることが明らかとなります。それと同時に、この人たちは入社時、既に特定の特性を保持していたことが分かったのです。しかし、前述の条件によって、それらの特性が、なぜ入社以前に獲得されたのかという“原因の原因”は、掌握できないままだったのでした。

奥田氏:あぁ・・・機微な情報に触れ難いという事情はよく分かるのですが、実にもったいないですね。

志村:それから時を経ること8年。先の会社とは異なるグローバル企業において、製販ともに海外依存度が高まる一方、海外拠点へ赴任できる候補者が乏しいことから、それらの人材を計画的に育成するための支援要請を受けました。

この要請に対して、我々は、社内のグローバル・リーダーシップの不足を嘆くのではなく、既に海外で高水準のコミットメントを果たしている人材をモデルにして、それらのパフォーマンスを発揮している“原因”を明らかにすべきだと提案しました。それは、入社から赴任するまでに積んだ原因、また赴任してから現在に至るまで積んだ原因、そして、入社前に既に積んできた原因・・・そこに通底する要因を見出そうと。

そして通常、こうした調査では、スタンダードなコンピテンシーや経験学習論等、既説の理論を用いると、対象の理解が容易になるように思えるのですが、それは同時に、企業の固有性の上に成り立つ要件を、見落とす危険性を高めることからも、我々は、敢えてそうした定説を排して臨んだのでした。

その結果、海外拠点の中でも、まず「北米拠点」で成果を出した人材には、彼らが未だ幼少の頃、保護者から“一度やると決めたことは、どんな事があってもやる”といった「簡潔なポリシーのしつけ」を施されたという“入社以前”の共通要件が見出されました。

そこから「北米拠点では、シンプルなルール遵守の上に、自己責任に基づく成果が評価される。そこでは、幼き日のしつけが基礎となり、自発的な機会の探索と挑戦を通じて、自らの活動領域を広げ、伸ばしてきた人材が活躍している」との考察を導いたことから、我々はそれを“法治文化”において、優れたパフォーマンスを発揮していく「自己拡張的な人材」とタイプ命名しました。

次に「中国拠点」で成果を出している人材には“入社直後”に “心底から尊敬できる上司等に感化され、育成された”という「師匠との出会いと薫陶」という共通要件が見出されました。

そうしたことから「北米に比べ、歴史が浅い中国拠点は、人材も組織も未成熟な段階にある。そこでは、若き日に、師とも仰ぐ存在から受けた薫陶が基礎となり、現地の従業員を忍耐強く指導すると共に、彼らの成長の確認を通じて、自らの智恵を深めてきた人材が活躍している」との考察を導き、“人治文化”において、優れたパフォーマンスを発揮していく「自己深化的な人材」とタイプ命名しました。

この2つのタイプは、一見、全く異なるようにも見えるのですが、人生の初期の段階で何らかの基礎が形成されつつ、その上に積まれるインシデントによって、人間の内面が拡がったり深まったりしながら、パフォーマンスが成立しているという、人間の内面に通底する“重層性”に関して、仮説的な視座を得たのでした。

奥田氏:なるほど、実に面白いです。

志村:この視座に立ち、成長の原因と結果の関わりを見つめ、そこに決定的な影響を与えるインシデントを解明することにより、偶発的な人材の出現を待つのではなく、より確かな根拠をもって、計画的・意図的に人材を育成できるのではないか。そしてさらには、現在を“過去の結果”と見て、それが未来へ続いていくという「固定的な人間観」から、現在を“未来の原因”と捉え、積極的に未来をつくるという「創造的な人間観」へと、その転換が実現できるのではないかと協議しました。

こうした目的観に基づき、2年前に「成長の因果」の解明PJをスタートさせた直後、ご縁あって、奥田さんとお目にかかり、調査のモデルとして指名させて頂いたのでした。

奥田氏:素晴らしいですね。

まず結果を伺っていて、サンプル数はまだそれほど多くないようですが、まるで典型的なアメリカ人と中国人を調査したような印象を受けました。

旧来のパーソナリティのセオリーから論じてみると、実はアメリカのマジョリティは、「価値観へのこだわり」を持ち、自分を「拡張・発展」させようという傾向が強い。つまり“秩序の外側”に出ていかないと、喜びや自由を感じない国民と言えます。

ところが、一方の中国のマジョリティは、アメリカと同じ「価値観へのこだわり」を持つと共に、そのアメリカと対極である、自分を「保全・維持」しようとする傾向が強い。つまり“秩序の内側”を充実させて、その中で喜びや自由を感じる国民なのです。

こうした両国民の傾向と、先ほど紹介された両国でコミットを果たしているモデルが、極めて近似していることに、驚きを禁じえません。

よく、統計上の信頼性や妥当性云々と言う人がいるのだけれど、その中に「基準関連妥当性」という尺度があります。例えば、既説Aと新説Bの間に、非常に強い相関があったとします。そうすると、そこに相関があるのだったら、既に様々な学者たちが調査・検証を終えて、既説Aが正しいと立証した知見があるのだから、新説Bにその成果を流用して、妥当性を検証しようということです。そうした角度からも、貴社の分析結果は、大変高い信頼性・妥当性を持つものであると直感しています。

志村:奥田さんは、我が国における有数のパーソナリティのプロファイラーであると共に、大学を卒業なさった後、今日に至るまで、毎日一冊づつの本を読了されてきました。その叡智の存在が、我々の成果を認めて下さることが大変嬉く、また光栄に思います。

これまで、私どもが徹してきたスタンスを、あえて一言で表現すれば、それは「個別を通じて普遍を見る」という表現に集約できると思います。

ともすると我々は、普遍的と言われる定説など、フィルターを通して人や組織を見ようとします。そしてその瞬間、それまで複雑に見えていた現実が、一見、整理されたように思える時があります。

しかし、そこでは“個別”という、瑞々しい現実の有り様が、我々の目や耳に届かなくなっている・・・だからこそ我々は「現実そのものに目を向け、そこから普遍的な法則を導く」という姿勢を貫いてきました。また、それは「あらかじめ用意された普遍的な法則で、現実を割り切る」という姿勢と、一線を画す歩みであったと、言い換えることもできます。

ともあれ、そうした経緯から、あの時に生まれ視座が、現在の活動のグランドデザインになっているのですが、この活動において、私たちは大きく3つの取り組みを行ってきました。

その一つ目が、「成長」に関する、社会的な既成理論の整理です。実は「成長」をベースにした理論は、世の中にはもの凄くあります。我々は、その中でも特に中心的なの70個程の理論を・・・その分野は、哲学、心理、人材開発、遺伝、経営学、あるいは最近の脳科学や認知科学と言われる領域にまで広がりますが、その先行する研究を整理しました。

そこで分かったことは、人間成長の“原因”の研究では、多くの場合、それがあったら未来にどんなパフォーマンスが発揮されるのかという、成長の“結果”を説明しきれていないことが、逆に、複雑な成長の“結果”を整理したものは、なぜそうなったのかという“原因”までは踏み込めていないことが、見えてきたのです。

つまりそれは、成長の“原因と結果”の関係を明らかにしている「理論」が、わずかしか存在しないということを、また確からしさを持って、未来の“結果の原因”を刻むための「実践」も、ほとんど存在していないことを意味するものでした。

次に二つ目が、弊社が保有する100万件の適性検査のデータ分析により、人間のパーソナリティの世界を、二次元で表現するマップを作成しました。それによって、パーソナリティには、大別すると8つのタイプが存在すると共に、4つの象限ごとに発揮されている、社会的価値の方向を抽出することができたのでした。

そして三つ目ですが、5名の方に長時間のインタビューを行いました。そして、そこで採用した方法は“ナラティブ方式”という、生誕からこれまでの出来事を“物語”として語って頂くものでした。そうすることによって、数百にも上るインシデントと、その間に存在する関係性や連続性を理解しながら、その人が、一体どこを人生の出発点として、どこを経てここまで辿り着いたのかを、また、それによって発揮できるようになった社会的価値とは、一体何であったのかを克明に探っていきました。

そして、何よりも大切になるのが、調査の“モデル”となる方々の選定なのですが、持続的な成長の軌道を歩んでおられる方、つまり“成長し続けていく人”を探す上で、我々は二つの条件を定めました。

それは、①特定の職務において目覚しい成果を生んだ上で、後進の育成・・・つまり、人を育む活動に傾注なさっている方であること。そして、②現在、所属なさっている企業組織を卒業された後、後半生における活動が、今よりさらに拡張・深化するビジョンやプランを描き、既に準備に入っておられる方であること。この二つの観点から、選定と指名を行ったのです。

人生を決定づけた“インシデント”の存在

志村:そこで、そのモデルとしてご協力を得たお一人が、奥田さんであったわけですが、ここでご本人の承諾の上、その御来歴と当時のエピソードを紹介して頂きます。

1957年、東京都杉並区で誕生した奥田さんは、ご幼少の頃、周りの友達が面白いと思っていることに、まったく興味が持てないことが多い子だったそうです。ところが、そんな奥田少年に、後の人生に決定的な影響を与えるインシデントが訪れてきます。

以下、時間の経過に沿って挙げさせて頂きますと・・・

①小学校3年生の担任であった「勝木先生」との出会い。
②小学校6年生の時、オーストリアの指揮者「ヘルベルト・フォン・カラヤン」との出会い。
③高校2年生の時、皆から怖れられていた国語教師の元で、初めて読んだ批評家「小林秀雄」の文章。
④大学時代、心理学者の「ユング」が論じた世界観との出会い。
⑤1982年、沖電気工業株式に入社され、北米から帰任後の「運動会等レクリエーションの運営」
⑥40歳を契機にソニー株式会社へ転職され、「統合的人事システム」を独力で開発。

・・・さらにその後、人材開発部部長に就任なさった奥田さんは、現在、シニアパートナーのお立場で、年間1,500名に上る後進育成の研修講師を担われ、受講者評価では常にトップランクでいらっしゃいます。

それではまず、①「勝木先生」とのエピソードから。幼い頃の大きな転換点と伺いました。

奥田氏:はい。小学校の2年生まで、私は学校の半分を病欠していたんですね。自分はダメな人間なんだと思っていました。しかし、この勝木先生は厳しかった。真冬だろうが半袖・半ズボンを強いられた上に、毎朝30分早く来て校庭を5周走りなさいと・・・ところがそれがきっかけで、私は風邪をひかない体になってしまったんです。本当に頑丈になって、やればできるんだってことを身体で教えてくれた。そういう意味で、好きか嫌いかは別にして(笑)自分にとってもの凄くありがたい先生でした。

志村:次に、②「カラヤン」については?奥田氏病弱だった頃、家でラジオを聞くしかなかったんですね、当時、FM東海っていう実験放送局で、クラッシックを流してたんですよ。そこでカラヤンの演奏が紹介され、写真を見てもカッコイイ人だなと。

そして、中学校になって彼の伝記を読むと、やっぱり凄い人でした。例えば1950年代、米国では白人と黒人の洗面所やトイレが分けられていた時代に、黒人の歌手を起用した。また、ベルリンフィルの終身常任指揮者になった時、奏者が全員男性だったところに女性を招き入れた。つまり60年以上も前にダイバーシティを実現していた等々・・・全てにおいて、リーダーシップの先頭を走る人であり、心から尊敬していました。

志村:ありがとうございます。続いて、③「小林秀雄」について。

奥田氏:子どもの頃、私は国語が大嫌いで、本を読まなかったんです。そんな高校2年の時、ライオン丸というあだ名の、怖い国語の先生に会いました。ある授業で、私が指されて読めって言われたのが小林秀雄の著作で、宮本武蔵の「独行道」に関するものでした。 私は、そこにあった一節を「我(われ)ことにおいて後悔せず」と読みました。そしたら「お前、何で予習してこなかったんだっ!」って怒鳴りつけられたんです。そこは著者が「我(わ)がことにおいて後悔せず」と読ませたかったところだったのです。

“われ、ことにおいて”と“わがことにおいて”では、全く意味が違う。普通は、前者の読み方で、「私は慎重に行動してきたから、世の中の人のように後悔なんかしない」と捉えるのですが、著者は、「武蔵が綴ったのは、そんな薄っぺらな意味じゃない。昨日を後悔する人間には、どうせ今日を後悔する明日がやってくる。そして失敗する度に“反省しました、昨日の自分じゃない自分に生まれ変わります”と。しかし一生、生まれ変わっていたら、一体いつ、本当の自分に出会うんだ。甘ったれるんじゃない!昨日の自分も、今日の自分も、明日の自分も、行為は別でも、そこにかけた命は一つだろう。その“命の持続性”を、もっと真剣に捉えなさい!」と、述べている文だと教わったのです。これが今の自分にも、決定的な影響を与えています。

志村:それでは、本日冒頭でも登場した、④「ユング」についてお願いします。

奥田氏:ユングとの出会いも、小林秀雄がきっかけです。彼の著書に4回だけ、ユングが登場します。それがきっかけでユングを読み始めました。彼は“世の中は、二律背反で出来上がっている”ことを発見します。光と影、陰と陽など・・・人間はいつも陰陽の“陽”ばかり見ようとするけれど、“陰”の部分も見ないとダメなんだと。それらの統合を大切にした人であり、今でもやっぱり影響を受けています。

志村:はい。それでは社会に出た後の体験として、沖電気で、⑤「運動会等の運営」のお話を。

奥田氏:赴任先の北米から戻った時、私は勤労係長であり、運動会でも盆踊り大会でも実行委員長だったんですが、近所からの騒音に対するクレームが凄く、実行委員たちのモチベーションも大変下がっていました。

私はその対策として「スピーカーを、去年よりもワット数を増やし、スピーカーの数を4倍に、そしてボリュームを4倍にしろ!」と逆のことをやったんです。つまり「苛立ちが問題であって、騒音が問題ではないのだ!」と。そしてご近所には、事前に焼き鳥や焼きそばの食券を配って案内する作戦に出ました。渉外担当を先頭に、私も100件以上を回って。

さらに、写真部を15人くらい集めて、ビデオカメラと写真で、裏方の実行委員たちを撮ってくれと。終了後の反省会の時、映画音楽をBGMにして20分間流したんですよ。そうしたら鬼のような労働組合委員長が、そのビデオを見てワンワン泣いたんです。日本人は、特に存在承認がものすごく大事で。前年の参加者は1,500人だったのですが、社員の家族にもダイレクトメールを送り、ぜひ来てくださいと・・・その年は、3,500人の方々を結集しました。

志村:続いてソニー時代、⑥「統合的人事システム」を開発したエピソードについて。

奥田氏:どこの会社でもあることですが、給与や評価など、それぞれのシステムがバラバラで効率が悪かったことから、それらを統合しようという動きがあったんです。ところが当時、ベンダーに託すと、最低でも4億かかると言う。そこで「それはおかしい!・・・私は、その1/10の予算でやってみせましょう」とコミットしたんです。ハードの統合は難しいけれど、それぞれのデータは、所詮“01信号”に過ぎないのだから、それを一ヵ所に集めてソフト的に統合したんです。だから1/10どころじゃなく、1/50の値段で、できちゃったんです。

それに加えて、当時、NECの人に言わせると日本初だったそうですが、1万5千人ほどの従業員が、1週間の間に何千文字という情報を入力する、WEBベースの自己申告システムを独力で完成させました。それを共通DB化として、コンテンツとそれを使いこなす教育の、三位一体としての統合的な人事管理システムの仕組みを作ったのでした。

志村:そして、この時に開発したシステムが、1999年からこれまで実に17年間に渡り、ソニーで活用・運用されていることも伺っております。

・・・以上、ナラティブ・アプローチによって明らかになった、数百にも上るインシデントの中から、特に、奥田さんの人生を決定づけてきたと考えられる、最も重要なエピソードを抽出して語って頂きました。

「生涯成長」の可能性を求めて

志村:これまでの取り組みによって、見えてきたことがあります。 まず、当社保有の適性検査・100万人のデータ分析から、パーソナリティマップが作成されました。

このマップは、二つの軸・・・「能動(自ら働きかける)⇔受動(働きかけられて応じる)」という縦軸と「自尊(自分を重視する)⇔他尊(他者を重視する)」という横軸で成り立っており、左上象限が<能動×自尊>の「A.課題提起エリア」、左下象限が<受動×他尊>の「B.価値探求エリア」、右上象限が<能動×他尊>「C.おもてなしエリア」、右下象限が<受動×他尊>の「D.具現化エリア」と、4象限ごとに発揮される価値が、異なることも明らかになりました。

そこで、このマップを用い、一人の人物がどこを人生の出発点として、どこを経てここまで辿り着いたのか、その人生の軌跡をトレースする試みを行いました。

ある人物がポジショニングされているエリアによって、発揮しやすい価値が特定される一方、その本人にとってみれば、それ以外エリアの価値発揮は決して容易ではなく、特に対極に位置するエリアは、本人の弱みとなる傾向があります。

また、本人がいるエリアにおいても、価値の発揮には“質的なレベル”があり、そのポジショニングであるとはいえ、誰もが必ずしも、最高レベルの価値を発揮できているとは限りません。

以上を前提としつつ、これまでに調査協力を得た、5名のモデルの皆さんの人生の軌跡を追ってみると、皆さんが、それぞれ異なるエリアを出発点としながら、決定的なインシデントを積みつつ内面を拡張させ、発揮する価値のエリアを広めてきたと共に、出発点のエリアにおける価値発揮の質的レベルを、向上させていったという共通性が見えたのでした。

そして、そのモデルのお一人である奥田さんの人生をトレースさせて頂きますと、まず人生の出発点の特定・・・これは、実のところ大変難しい作業であり「はい、あなたはココでしたね」と、簡単に決められるものではないのですが・・・幼少期の保護者たちとの関わりや、学校等でのインシデントを伺った結果、左下象限<受動×他尊>の「B.価値探求エリア」が、奥田さんの人生の出発点でいらしたと、我々は推察しております。

そこから、先ほど伺ったカラヤンや小林秀雄等との出会いによって、<能動×自尊>の「A.課題提起エリア」へと、そしてさらには、社会に出た後のインシデントによって、実に、人生の出発点の対極に位置する、右上象限<能動×他尊>の「C.おもてなしエリア」まで、その内面を拡張なさってきたのではないかと考察しております。

・・・あらためて振り返って頂き、いかがでいらっしゃるでしょうか?

奥田氏:もう、まったくそのとおりですね(笑)。 既説のユング系心理学の観点から言うと、私のメインのパーソナリティは、自分の頭の中で過去や未来を行ったり来たりする「内向直観」タイプであり、まさに先ほどの出発点に関する考察と、極めて一致しています。

次に13歳~18歳にかけては、第二番目のパーソナリティであり、論理的に語って周囲に問題提起するという「外向思考」機能が開花するんですね。

しかしこの段階では、まだ第三番目のパーソナリティである「感情」機能が芽生えていないんですね。それは40歳以降になって、やっと他人のことも意識するようになってきたわけですね。

・・・ただ、大変驚かされるのは、貴社の分析が、相変わらず既説のセオリーと、極めて一致していることなのです。ですから、これは突然降って涌いたりしたような理論などではなく、これまでの歴史上の先行研究とも、決して相矛盾するものではないのだろうと思います。

志村:ありがとうございます。加えてもう一つ、見えてきたことがあります。このPJを通じて、調査のモデルとなられた方々の、個別のインシデントを統合したところ、全部で13個の因子が抽出されました。この対談の文面上、全ての因子を公開することはできないのですが、実感のある因子があれば、幾つか挙げて頂きたいと思います。

奥田氏:そうですね。まずこの「優れたものから謙虚に学ぶ」というのは、小さな頃からずっとそうでしたね。社会に出た後も、上司が正しいと思ったら常に学びました・・・逆に、どんなに地位の高い人間でも、間違っていると思ったら受け入れなかったですね。

また、「事実の前提を疑う」というのは、私も結構、事実とかデータを調べ上げるんですよ。でも実は、ものすごく面倒くさいと感じることなのです。だけどそれ以上に「本当はどうなんだろう?」という気持ちが勝ってしまう。真実を知りたいという願いが優先されてしまうから、苦手な事実の収集もやってしまうんです。

あともう一つ、あるとすれば「異質な相手と世界を広げる」ですね。さっきの理論でいうと「感情」の機能に相当するものですね。それまで、人の気持ちを考えなかったわけではないのですが、積極的に気持ちに深く入り込み、思いやろうという姿勢になれたのは、40歳を過ぎてからですね。

志村:そこに行かれた理由や、きっかけは?

奥田氏:先ほどの統合的な人事システムを、開発・導入させた時の強引なやり方で、多くの人から反感をかった体験があったと思います。理屈では正しいけれど、そうじゃないものもあるよなと、頭ではなく、身をもって受け止めたということでしょうか。

そして、もう一つ言及すれば、私の場合、最も劣っている弱点は“社交性”だと思います。言い換えれば「外向感覚」の機能。それは、今、この場で実際に起こっていることを、五感で捉える機能なんです。だから私は、こういう話をしていても、急に内面の世界に入っちゃって、外の世界が見えなくなってしまうことがあるんです。別にボケーッとしているわけじゃなくて。だから「今、聞いてないでしょう」と、よく言われちゃう(笑)だからもっと感知しないといけない。そうれば、もっと多くの人の表情が見えて、社交的になれるんじゃないかと思うんです。

志村:私が申し上げるのも、何なのですが・・・今、こうして還暦に近づかれた奥田さんが、弱点を自覚され、明言もなさった上で、更なるご自分の拡張に取り組んでおられる姿は、他でもなく、持続的な成長の軌道を進んでおられる貴い証左であり、仮に何歳になったとしても、人間は変化へと能動的に挑めるという勇気を、多くの人に与えるものと感じています。

そして、これまで長時間にわたって半生を伺い、私が感じてきたものは、奥田さんはいつも「果たして、それは本当なのか?」と、物事の前提に対する素朴な問いをお持ちであった。そして、その問いから生じた“葛藤”を力の源泉として、“世界を問う”自分から、“世界と関わる”自分へ、さらには“世界を変えていく”自分へと、弛むことなく進んでこられた・・・そうした印象を受けています。

奥田氏:そうですか・・・かつてユングは「一生涯、人間は成長するのだ」と言いました。無論、最も劣っている機能を、死ぬまで獲得しない人もいることでしょう。でも私は、彼が指し示そうとした人間の可能性を求め、この身で証明したいと思っているのかも知れません。

諸説を統合・止揚する「成長の因果」

志村:この取り組みに関して、社会的な必要性や今後の価値の可能性について、お感じになる角度があれば、お聞かせ頂きたいと思います。

奥田氏:まず一つ目は、実際にインタビューを受けてみて、人間って意外に、自分のことを知るのは難しいなと痛感しました。ある意味で、見たくないものを見るのが自己理解だと思うんですが、誰でも見たくないものは、無意識の世界に追いやてしまう。だから自分というものが、見えなくなってしまうんじゃないでしょうかね。

志村:はい・・・他の、モデルとなって下さった方も「自分が分かれば、どこに行けばいいのか分かる。自分がどこから来て、今ここにいるのか、それを明らかにする方法が確立すれば、その活用範囲は大きな広がりを持つ」と仰られました。

奥田さんは、今回のインタビューを通じて気づかれたことや、思い出されたことはありましたか?

奥田氏:私は、何の未来地図も持たずに生きていたと思っていたんですが、今振り返ってみると、一貫した物があったことを発見しました。それは、先ほども語って頂いた「矛盾」・・・つまりこの“矛と盾”を、常に自分の中に持っていて、葛藤を手放さなかったことを自覚したのでした。そして、自分の人生を物語として語らなかったら、きっとその自覚は得られなかったでしょう。

二つ目として、私はユングとは別の、ある優れた理論の影響も受けており、人を成長させるのはストレス反応だと、考えるようになりました。そのストレスは、強すぎても弱すぎてもよくない。例えば、トレーニングをしていない人が、突然フルマラソンを走ったら足を痛めてしまう。そして、仮に一ヵ月間もギプスをはめていたら、外した時はフラフラでしょう。つまり、強すぎても弱すぎてもダメであり、適度なストレスが人を成長させるということです。

志村:ストレスは単に悪者なのではなく、その強度と内容によって、有用な存在にもなるという捉え方ですね。奥田氏はい。ストレス学説で有名な、ハンス・セリエ博士の言葉を借りると、好ましい「ユーストレス」(eustress)と、好ましくない「ディストレス」(disstress)があります。好ましくないのは、弱すぎるか強すぎるもの。好ましいのは、適度なストレスということです。

そこで思うのは、先に拝見した13個の因子は、ある角度から言えば、成長の過程における“適切なストレス”たり得るものであり、それを活用することで、人間の内面を積極的に拡張し、発揮できる価値を高め、広げることができるのではないでしょうか。

これまでの既説の理論では、人材の個性や状況を特定することこそ可能だったものの、“適切なストレス”を与える方法論は決して十分でなく、確立しているとは言えなかった。しかし、この13個の因子は、実在するモデルの“体験”に基づいて抽出されたものであることから、一人の人間が、新たな世界へと自分を広げるための要素が凝縮されているし、日常の行動と習慣へ織り込めるリアリティをあわせ持っていると思うのです。

志村:国内でストレスチェックが義務化されましたが、そのほとんどがストレス反応の測定であり、高いストレスは“悪”で、低い方が望ましいという議論に終始しています。しかし、奥田さんが仰るように、高すぎるストレスも悪しき存在である一方、低すぎるものは人間の内面を脆弱化させてしまう。そうした意味からも、ストレスのコントロールとマネジメントこそが、今日において大変重要であるし、この「成長の因果」の理論と実践も、それを実現させるものでありたいと思っています。

奥田氏:そして三つ目として・・・これが、恐らく最も重要だと思いますが、この「成長の因果」が、これまでの心理学や人材育成に関わる多様な既説を統合し、またアウフヘーベン(止揚)させていく役割を、担える可能性を感じています。

例えば、一般的にもキャリアコンサルタントという職務において、特定の一つの理論に準拠して活動している人など一人もいないし、また一つのだけの理論に準拠すること自体、もの凄く危険なことだとも思っています。しかし、多くのセオリーを持っているだけでは、現実世界において成果を出すことはできない。そこで必要なのは、何らかの理論を根本におきつつ、それ以外の種々のセオリーを適切に位置づけたり、組み合わせたりしながら、価値的に活かしていくことなのです。

この観点に立つ時、この「成長の因果」は、人生の起点から、内面が拡張していく過程を理論化している・・・つまり、人間の存在の広がりと深みを、根拠をもって解き明かそうとしているが故に、それ以外の既説を活かしていく“根本の理論”と成り得るのではないかと思うのです。

志村:ありがとうございます。私どもの意図と願いを的確に表現して下さいました。私は、この理論と実践を通じて、人間とは今から未来に向かって、自らの人生を創造できる“主人公”であるという自覚を、取り戻すことに貢献したいと願っています。そうした意味からも、これまで先人達が、営々と築き上げてきた諸説を否定するのではなく、「人間の成長」という根本目的に基づき、それらをもう一度、正しく活かし切っていく立場を目指したいと思っています。

どれだけ望んでも“なれないもの”

志村:この対談も、いよいよ終わりへと近づいてきました。

私どもが、持続的な成長の軌道を築かれておられることを確信し、因果の解明の貴重なモデルとなって下さった、奥田さんのこれからの歩みを思うと胸が弾みます。今後のご活動のビジョンについて、是非お聞かせください。

奥田氏:私は、人事畑一筋できたので、特に組織開発が大きな関心事なのですが、組織とは、どう考えたところで人の集まりだから、構成する一人ひとりがイキイキしないと、組織自体がイキイキするわけがないのです。それでは一体、どういう時に人が人らしく躍動するのかという命題へ辿り着きます。実はこれまで、そこへの着眼が欠けていたのではないかと思うのです。

そこで大切なのは「人は皆、違うのだ」ということを認め、その違いを活かすことであり、その意味からも“人間ための心理学”を用いた、組織の開発や改善をやりたい。

この“違いを活かす”という、組織づくりのアプローチは、実に面倒だと思います。しかし、もはやそれをやらないと、日本がダメになっていく気がするのです。

志村:はい。人間とは、その瞬間、瞬間において、ある方向へと動的に変化していく存在であると思います。その一人ひとりが、どこから来て、どこへ行くのか・・・その、過去と未来の隣接点としての“今”を知って関わることが、本源的な躍動を引き出す要件ではないかと思っています。

そこで、これは奥田さんへの新たなお願いになるのですが、この「成長の因果」の解明をさらに推し進めると共に、セオリーとメソッドの完成を目指して、本年は我々のアドバイザリーとして、全面的にご協力頂きたいと思うのです。それは、奥田さんが指向される、躍動する人と組織を実現する道へと、つながるものであると思うのです。

奥田氏:ぜひ喜んで、やらせて頂きたいと思います。この理論化と実践化は絶対できると思いますし、現在の段階で、既に凄いものになりつつあると思います。それは、この対談で何度も申し上げてきたように、この取り組みが、これまでの心理学等の諸説を大きく包み込んでいける、広がりと深みを持っているからです。

志村:ありがとうございます。我々に対する深いご理解と共感に、心から感謝致します。このような力強い味方を得て、この2017年が益々楽しみになってきました!

それでは最後に、奥田さんへのインタビューの中でお聞かせ下さった言葉を紹介し、この対談を終えさせて頂きます。

小林秀雄の著述である「様々なる意匠」の一説です。

「人はさまざまな可能性をいだいてこの世に生まれてくる。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、しかし彼は彼以外のものにはなれなかった」と。

歴史上の先哲たちも、求めて止まなかった、この“自分”という存在・・・そこへ肉薄する“新たな人間観”を確立させつつ、一人ひとりの可能性を開花させる理論と実践の完成に向かって、この我々自身が、また弛むことなく進んでいきたいと思います。

≪おわり≫

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