人材採用の現場で最近よく尋ねられるのは「どうしたらIT系の人材を採用できますかね」です。
今やITサービス業以外の一般企業もDX=デジタルトランスフォーメーション(デジタル技術によるビジネスモデル開発・業務革新)を求められています。
おそらく社内にDX推進に適した人材がいないとの認識なのでしょう。採用担当者の多くがこの問題に頭を悩ませているように思われます。
経産省が発表しているDXレポートによると日本国内のIT系エンジニア不足は深刻で、推計では2025年に43万人が不足するそうです。*1
そんな最中、一般企業がどうしたらIT系人材を獲得できるようになるのでしょうか。
先にあげた経産省のレポートや国内IT業界でよく利用されているJUAS(日本情報システム・ユーザー協会)の企業IT動向調査報告書*2をかいつまみつつ、筆者のコンサルタント時代の見聞もまじえて考察していきたいと思います。
まず国内IT系人材の市場構造を見ていきます。
日本ではIT系人材の7割ほどはいわゆるIT系ベンダー、SIerなどのいわゆるITサービス業に勤めています。ITサービス業以外の一般企業に就職しているIT系人材は28%。米国ではこの比率がほぼ逆になり、IT系人材の65%が一般企業に勤めています。*3
これには日米の雇用形態の違いとIT技術導入に対する姿勢の違いが反映しているものと推察します。
まず雇用形態の違いですが、米国では国内で最近よく聞くようになった『ジョブ型雇用』*4が一般的です。
就職時には何をしてもらいたいか、どのような成果を求めているか、雇用者、就職応募者が当然、認識した上で、その仕事に見合った報酬を取り決めて就職します。
米国でもIT系人材の市場価値は高まっていますが、新卒であってもIT系人材であれば、最新の技術スキルを持っているか、どんなプログラムを作ったことがあるか、インターンの経験など、具体的なスキルの有無で判断されます。
単に理系の学部を出たというだけのポテンシャル採用で、情報システム部門に配属するようなことはまずないと言ってよいでしょう。
ひるがえって、国内のこれまでのIT系人材の新卒採用では、もともと高い技術スキルを求めて採用していませんでした。加えて、 仕事の内容も自社のシステム保守が主要業務になっていることが多いよう です。*5
高いIT系スキルを持った就活生ほど一般企業に魅力を感じないでしょう。
また米国と日本のIT技術導入に対する姿勢の違いも影響しているはずです。
国内企業では新しいシステムを導入、開発する際には、外部のITベンダーへ全面的に業務委託すること(悪く言えば丸投げ)が多いのが実態です。
結果、ITサービス業は儲かるビジネスになり、一般企業に比べて、高い報酬と良い待遇を就活者に提示することができるようになります。
結果、IT系人材が一般企業に勤める魅力はますます失われていくという構図が見えてきます。
一方、米国では外部ベンダーに丸投げするのではなく、自社メンバーが中核となり、重要な意思決定には経営層も参加し、ITシステムを短期に導入することが多いの です。*6
また日本では多くの企業で、老朽化した基幹業務システム(以下レガシーシステム)の刷新が足かせとなり、新しいビジネスモデルの開発や業務革新は思うように進んでいないことが明らかになっています。*7
レガシーシステムの刷新においては、ITスキルよりも社内を取り纏めていく調整力や交渉力が強く求められますので、なおさらIT系人材が魅力を感じる状況にありません。
それでは冒頭にあげた一般企業がどうしたらIT系人材を獲得できるようになるのかに戻ります。
これに対する答えは、逆説的になりますが、自社のDXを人事部門自ら率先するしかない、となります。
その前にDXを人事が主導したある先進的企業の事例を見ていきます。
守秘義務のため社名をあげられませんが、筆者がコンサルタント時代に関わったある企業では、自社のDXを加速するために大胆に人事制度を刷新しつつあります。
具体的にはジョブ型雇用を中途採用にだけ採り入れるのではなく、DXの一環として人事システムをリプレイスするとともに、デジタルスキルを含めた各種のビジネススキルにフォーカスした新しい人材要件を全社・全職種に採り入れる意向です。
まず自社のデジタルリテラシーが全体としてどの程度のものなのかを客観的に計測し、課題を明らかにしました。
次にデジタルスキルが高く、現業においてもパフォーマンスの高い人材を特定し、それらのハイブリッド型人材をモデルに、スキルにフォーカスした人材要件をつくろうとしているのです。
これらの情報と人材要件は新卒採用、中途採用での利用のみならず人材育成の指針にもなるものです。
この企業の人事制度刷新はVUCA時代に相応しい企業としてDX能力を獲得し、サステナビリティを実現するための経営戦略に則ったものです。急がば回れで、数年がかりのものになっていますが、人それぞれの個性を生かす、この企業の経営理念の体現ともなっています。
IT系人材の採用に苦心している人事の苦悩を知りながらも、あえて、ことは採用のみならず評価・育成を含めた人事制度を全体的に見直すこと、ひいては人事戦略そのものの刷新が求められると指摘しておきます。
まずDXのための人材採用の問題には、DXに対する全社的な取り組み姿勢がその背景に存在するでしょう。
事実上、DXを情報システム部門まかせにしたり、中途採用者中心の新設部署がやるものと、高みの見物したりしていては、上手く行くわけがありません。残念ながらこういった事例はよく見受けられる印象です。
DXとは究極、一般企業を“デジタル企業”にすることと言ってよいと思いますが、DXを人事部門と情報システム部門に丸投げのような状況になっているのは、米国とは異なる経営者のIT に対する姿勢とデジタルリテラシーの問題もあるでしょう。
とは言え、人事部門が中心になってやらねばならないことはあります。
DX推進の動機に立ち返り、デジタル企業にならなければ生き残れないのだとしたら、中途採用の人材要件のみならず、すべての職種・職務の人材要件にデジタルスキルを採り入れる必要があるはずです。
つまりは先の事例のようにDXの先にある新しい自社の姿、新しい仕事のために求められる能力、スキルを今から具体的に規定し、全社的な人事制度として採り入れることです。
このような取り組みがあって初めてIT系人材にも、自身の持つ能力を有効に発揮し、企業の目指すミッションに貢献できそうだと期待を寄せ、魅力を感じてもらえるのではないでしょうか。
最後に、当社イー・ファルコンでは、国内で高まるDXトレンドに呼応するべく、スキルにフォーカスした適性診断の開発を進めていることを付け加えさせてもらいます。