ディプロマ・ポリシーは1999年に、欧州高等教育の国際通用性強化を目的に、欧州各国政府が始めた高等教育プログラム「ボローニャ・プロセス」が起源である。
また、ボローニャ・プロセスに対する各大学側からの自立的な対応(原文は「調律」の単語を当てはめている)を「チューニング」と言う。
ディプロマ・ポリシーを語るときは、「ボローニャ・プロセス」と「チューニング」がセットで語られることが多い。*1
日本ではディプロマ・ポリシーは、「学位授与の方針」と訳される。
その意味するところはボローニャ・プロセスやチューニングの概念と完全に一致していない。
とはいえ、「学術性を基盤としながらも雇用可能性や市民性を考慮してディプロマ・ポリシー(学位授与の方針)を確定」という、欧州のディプロマ・ポリシーの基本的考え方は、日本においても異論を唱える向きはないとされている。*2
ディプロマ・ポリシーに対する日本と欧州の大きな違いは、日本が学位授与において「何を教えるか?」、翻れば、上記にあるように「雇用可能性」を意識しているのに対し、欧州では「何ができるようになるか?」という、「学術性を基にした市民性(社会貢献性、筆者補足)」に主軸を置いている点に差がある。
特に大きな違いと考えられるのは、日本では、ボローニャ・プロセスでいうところの「国際通用性」の中身が、国際基準に見合う知識や技術の高度化自体にフォーカスが行きがちな点である。
これは、「出口における質保証」の充実を求める産業界の要請*5が影響していることが推察される。
日本においては、学部の4年間で学生が卒業に必要な単位を満たせるように、教員が学生の成績評価を甘くすることが行われているという背景があるためだ。
欧州(米国も含めてよいと思われる)における「国際通用性」では、「倫理的なコミットメント」「学際的なチームワークを発揮する能力チーム」「主体性・起業家精神」などにみられるように、より人格的で心理的な個人特性*3にフォーカスが当てられる。
ここまで書いてきて、個人的な話で恐縮だが、私の母校の一つYale Univ.での卒業前のディプロマ・ポリシーに関する口頭試問が思い出された。担当教授から当たり前のように開口一番に尋ねられた一言は、「あなたは、本校の卒業生として、どのようなユニークな価値を社会に提供するつもりですか?」であった。これも、今思えば、上記の流れを汲んだものだったのだろう。*4
欧州が日本と違い、知識や技術の高度化自体を主たる目的に置かないのは、この目標自体が高等教育卒業に当たっては論じるまでもない至極当たり前のことと捉えられているからである。欧州では、教員が学生の成績評価を甘くするのではという疑義自体が存在しないことも、背景にあると考えられる。
この様に、同じディプロマ・ポリシーという語を使用していても、重視点における捉え方が日本と欧州で若干の差が見受けられる。
この違いの源は、ディプロマ・ポリシーを「出口における質保証」に位置付けた時、具体的に何をそこに期待しているのか? という点に至る。
日本のディプロマ・ポリシーを考える上で、非常に重要な考慮点であると考える。この点は、のちに改めて検討したい。
中身は一旦置いておいて、ディプロマ・ポリシーが「出口における質保証」という考え方は、ボローニャ・プロセスと変わらない。
問題は、日本におけるディプロマ・ポリシーの在り方であると考える。
大学側から見たディプロマ・ポリシーについては、当ブログの先行寄稿にある横内美保子博士の記事*6が詳しいので本稿では割愛する。
イー・ファルコン社は、20年以上にわたり、雇用市場の領域から新卒の適性診断を行ってきた。
言い換えれば、各大学の「出口における質保証」を、企業サイドから確認する仕組みを提供してきた。
したがって、イー・ファルコン社は、ディプロマ・ポリシーについて大学サイドの「(大学における)出口における質保証」と企業サイドの「(新社会人としての)入口における質保証」の双方の橋渡しを、適性検査という公平かつ客観的な統計手法(業界ではピープルアナリティクスという)を使った評価指標で、可視化してきた。
本稿では、上述の視点からディプロマ・ポリシーについて検討する。
ディプロマ・ポリシーは、「グローバル化する知識基盤社会において、学士レベルの資質能力を備える人材養成」を目的に導入されている。ここでカギとなるのは「資質能力」の具体的な中身である。
「資質」とは、「能力や態度、性質などを総称するものであり、教育は、先天的な資質を更に向上させることと、一定の資質を後天的に身につけさせるという両方の観点をもつものである」(田中壮一郎監修『逐条解説 改正教育基本法』第一法規、2007年)とされており、「「資質」は「能力」を含む広い概念として捉えられている。」*7と定義されている。
日本では、「先天的な資質を更に向上させることと、一定の資質を後天的に身につけさせる」という陶冶的な資質形成の考え方をベースにした「出口の質保証」の考え方が採用されている。
一方で、この陶冶的な資質形成は個人の特性形成の構造と酷似している。
日本におけるディプロマ・ポリシーは、先ず大学教育による個人の特性形成の内容評価を想定していると考えられる。
ディプロマ・ポリシーでは、「学生個々人の特性を弁別的に明瞭化」すべきという意向がみられる。
そしてこの方向性は、「価値創造に向けた人材の多様性確保が重要な経営課題となっており、画一的な人材を求めているわけではない」*5という経団連の意向とも軌を同じくしている。
上記からディプロマ・ポリシーの評価には、特性形成の構造モデルをベースに、個人特性を、先天的特性と後天的特性の2つを、階層的に測定・可視化できる手法とその分析法が期待されていると考えられる。
特性形成の構造モデルの一つとして、例えば、下記のように、個人特性を「個人が独自に持つ意思決定基準」の現れと仮置きする。具体的には、個人特性とは、生得的特性の基盤に、後天的特性の影響が時系列的に積み重ねた構造という、心理学上の理論体系から作られた実用診断モデルが考えられる(図1:特性診断モデル*11)。
一方で、経団連は望ましい人財として、リテラシー(数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーション力等)、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会を構想・設計する力、高度専門職に必要な知識・能力が求められることについて合意している*5 (図2:Society5.0で求められる能力と資質)。
上記を見る限りは、経団連の期待する内容は、前述した欧州におけるディプロマ・ポリシーの期待資質能力である「より人格的で心理的な個人特性」に近い傾向を示している。
事実経団連も資質を、「失敗を恐れずに挑戦する姿勢や、自己肯定感、多様な背景を持つ集団において高いパフォーマンスを発揮するうえで必要な忍耐力やリーダーシップ、多様な他者と協働して新たな価値を創造できるチームワーク、変化の激しい時代の中でスキル・専門性をアップデートするために必要な学び続ける力などが重要であると指摘など」に加える形で、「人生 100 年時代に豊かな人生を築くうえでは、知識や専門性、リテラシーとともに、飽くなき探求心やチャレンジ精神、共感を生む対話力といった資質についても、絶えず磨き続けることが肝要」と提言*5している。
これら資質は、雇用市場が前提としている学術的な知識、すなわち、リテラシー(数理的推論・データ分析力、論理的文章表現力、外国語コミュニケーション力等)、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決能力、未来社会を構想・設計する力、高度専門職に必要な知識・能力*5のみで得ることは非常に困難である。
生得的特性の基盤に、大学における弛まない能動的な学習による後天的特性の上書き的な更新化作業を、在学中にどの程度持続的かつ加速度的に実施できたかが、大学側・学生側双方に問われているともいえる。
このことは、ディプロマ・ポリシーの測定にも影響する。
学生時代において上記のような更新化作業がどの程度進んだか? ディプロマ・ポリシーの構成指標向上の進捗度を敏感にすくい取れるか? 換言すれば、確実に数値化できるディプロマ・ポリシー評価モデルが大学サイドに必要であることを示唆しているからである。
実際は、大学の学部によって提供できる資質の強みや、企業の業種によって求める資質内容には、細かな差異がある。
そこで経団連が想定する上記資質のくくりをベースに、「図3:資質検証項目群(一部抜粋)*11」のような、より細分化した測定項目設定が不可欠となる。
さらに、実際は、大学別で大学らしさを形成する測定項目を取捨選択・追加して、大学別による個別のディプロマ・ポリシー資質の想定項目を、作成する必要がある。
ただし、いたずらに測定項目を細分化することは分析を煩雑させ、その解釈・評価の精度をかえって低下させる危険がある。
指標項目は、合理的な範囲内で納める必要がある。
ディプロマ・ポリシー導入の背景には、各大学は自らの「卒業認定・学位授与の方針」を基に多様な学修成果の項目を策定していることから、大学間での比較が困難であるとの指摘があるため、より客観的な評価が可能となるよう、今後、国などで検討を進めるべきという「均一性」が求められている背景がある。*5
一方で、学位授与に関する基本的な考え方については、各大学等が、その「独自性並びに特色」を踏まえ、まとめたもの。この方針において、卒業(修了)生に身に付けさせるべき能力に関する大学の考えを示すこと*9という、独自性も併せて要請されている。
冒頭に触れたが、海外ではディプロマ・ポリシーの口頭試問では、「自分の大学の卒業生として」、社会貢献または学術貢献をどうするのかという、卒業大学ならではの成果を形にさせるような取り組みと、その最終成果をディプロマ・ポリシーで担保して送りだすことが実践されている。
昨今、大学ごとでのディプロマ・ポリシーの可視化ツールとして「ディプロマ・サプリメント」が考えられている所以でもある。海外では卒業証書とは別にディプロマ・ポリシーの独自の証明書を出す大学もある。
この様に大学としてのディプロマ・ポリシーの固有化、ひいては、ディプロマ・ポリシーを軸にした大学の差別優位性化の動きは、グローバルベースで今後進むものと考えられる。事実多くの大学の英語版HPにおいて自校のディプロマ・ポリシーの説明が、詳細化されている傾向がある。
なぜならば、本来ディプロマ・ポリシー自体が、グローバル視点を目指したものだからである。
加えて、雇用市場である産業界も、欧州のディプロマ・ポリシー視点と連動するように、グローバル視点重視の姿勢は共通している。
「出口における質保証」であるディプロマ・ポリシーの位置づけは、急速にグローバル化している。
その結果、ディプロマ・ポリシーの新しい意義が生まれつつある。
Times Higher Education社世界大学ランキング常連の海外大学は、ブランディングに非常に貪欲で、洗練した手法を持っている傾向がある。当然ディプロマ・ポリシーの活用も含まれている。*4
この様なグローバル環境下において、ディプロマ・ポリシーを通して、大学ごとの特徴/個別優位性訴求を可視化させていく必要性(カリキュラム・ポリシーとの連携は前提)は急務である。
言い換えれば、ディプロマ・ポリシーは、大学のグローバル・ブランディングの重要な要素であるともいえる。
そこで、大学のグローバル・ブランディングを含め、ディプロマ・ポリシー・マネジメントをどのように行うかが、実務上の課題となる。
この課題の解は様々な方法があると考えられる。
ディプロマ・ポリシーの進捗状況を測定しマネジメントすることは、大学の重要なブランディング活動に限らず、学校運営の一環だと捉えている。
より直接的に言えば、ディプロマ・ポリシーを数値管理して、発展進捗を可視化・透明化することは、大学運営の基盤中の基盤になりつつあるとみなせる。
事実創価大学はディプロマ・ポリシーをブランディングの中に積極的取り入れ、それを訴求している。*10
上記のような視点からディプロマ・ポリシー・マネジメントの前提となる測定・評価の仕組みづくりは、喫緊の課題となっている。
参考までにディプロマ・ポリシーの評価法に関する例を紹介する。
具体的には、「図4.ディプロマ・ポリシー評価の考え方*11」にあるように、ディプロマ・ポリシーの評価軸(主な測定領域)を、
1 校風/伝統(浸透/体現)
2 個性(性格/意思決定態度、図1:特性診断モデル参照)
3 知見/見識としての知識・技術(可視化/透明化)
4 価値創出(協働/主体性)
5 創発ポテンシャル(思考力/判断力/表現力)
6 各指標の統合(統計分析/解析)
の6指標軸に置く考え方がある。
実際には、これら6指標軸ごとにより詳細な測定項目を割り振り、体系的かつ詳細な項目測定を行い、最終的に、個人のディプロマ・ポリシー状況を一元的に1シートで整理する。
1シートでの整理は、先ほどの「ディプロマ・サプリメント」としての活用利便性を想定している。
また、大学の発行する「ディプロマ・サプリント」などのディプロマ・ポリシーの証書は、教育の質保証に取り組む大学が増えていくなかで、企業サイドの採用選考時における比重も今後増大していく可能性が高い。*5
ディプロマ・ポリシーは、日本の基準ではなく、ボローニャ・プロセス同様グローバル基準に進んでいくと考えられる。
グローバル基準の基礎は、合理的な数値の裏付けがあることである。
とはいえ、現在、ディプロマ・ポリシーの測定は性格診断主体のものが多い。
図4に代表される体系的なディプロマ・ポリシー測定をベースとした仕組みを導入している大学は少ない。
しかし、ディプロマ・ポリシー本来の目的を懸案した場合、測定領域は性格特性を含む校風や創発ポテンシャルなど、多様な確認領域の測定が不可欠となる。
加えて、統計学(ピープルアナリティクス)の力を借りて、それら異なる測定領域の結果を一元的に総合化させた、独自の総合指標の提示も必須になると考えられる。
ディプロマ・ポリシー理念が定着してきた現在、今後は、ディプロマ・ポリシーの可視化と、数値データに基づく体系的なマネジメントが浸透しつつある時代に来ていると考えている。
一方、大学も、多様なステークホルダーとの対話や連携のツールとして、自らの「教育」「研究」「社会の発展への寄与」等の状況を記した「統合レポート」を作成し、公表への機運も高まりつつある。*5
この流れを意識した場合においても、各大学がディプロマ・ポリシー(他の2ポリシーも含まれるが)の測定法と分析法に裏打ちされた、客観的で普遍性/汎用性の高い可視化情報の提示と、大学独自のマネジメント法によるブランディング強化は、両輪の関係で進化していくべきものと考えられる。