内定辞退を防ぐために 企業こそありのままで接する「RJP理論」とは

    学生の間で「内定辞退セット」なるものが流行しているそうです。文字通り、内定辞退を円滑に進めるためのツールです。

    企業としては内定辞退は避けたいものですが、少子化を背景にした学生側の売り手市場が続く以上、課題として残り続けることでしょう。

    そこで今回は、内定辞退の実態と、その防止のために注目されつつある「RJP理論」についてご紹介したいと思います。

    「内定辞退セット」が人気に


    数年前の話ですが、文具店などで「内定辞退セット」が人気になっている、という新聞記事がありました*1。
    「内定辞退セット」とは日本法令が売り出したもので、企業に送る内定辞退の手紙を、例文が書かれた下書きをなぞるだけで作成できるというものです。

    内定辞退を考えている学生の中には「言い出しにくい」「方法がわからない」といった理由が多いことでしょう。それを一気に解決してくれるツールということで人気商品になっているのです。

    24年卒の内定辞退率も60%超えの見込み


    リクルートの就職みらい研究所の調査によると、大学院生を除く24年卒の内定辞退率は、4月1日の段階で既に3割を超えています(図1)。
    この数字は、昨年を上回る高水準のペースとなっています。
    図1 就職内定辞退率
    (出所:「就職プロセス調査(2024年卒)『2023年4月1日時点 内定状況』)リクルート
    https://shushokumirai.recruit.co.jp/wp-content/uploads/2023/04/naitei_24s-20230407.pdf p8

    ※就職内定辞退率=獲得した内定件数に占める辞退件数の比率。

    なお昨年(23年卒)のデータを見れば、卒業時での内定辞退率は65.8%と、驚くべき水準になっています。
    学生にとっては「辞退する企業を選ぶ」作業のほうが大変になっている可能性すらあります。

    学生はなぜ内定を辞退するのか


    では、ここで学生が内定を辞退する理由を探ってみましょう。
    もちろん、体はひとつしかありませんので、複数企業から内定を得ればどこかひとつに絞らなければならないのは当然ですが、見逃してはならないひとつの傾向があります。

    マイナビが23年卒を対象に実施した調査によれば、内々定後にその企業への入社志望度が「下がった」理由としてこのようなものが挙げられています(図2)。
    図2 内々定後に就職志望度が下がった理由
    (出所:「マイナビ 2023年卒 大学生 活動実態調査 」株式会社マイナビ)
    https://career-research.mynavi.jp/wp-content/uploads/2022/06/23_0615_naiteiritsu.pdf p16


    また、22年卒を対象に実施された調査で「就活を通じて企業に改善してほしいと思ったこと」として、以下のような項目が上位にきています*2。

    • 合否の理由を教えてほしい 45.5%
    • 選考結果に関わらず、きちんと通知してほしい 42.9%
    • 会社の良い面だけでなく、悪い面の情報も提供してほしい 36.6%
    • 選考結果通知の時期を明確にしてほしい 35.0%
    • 紙のエントリーシートを廃止しWEBにして欲しい 32.9%
    • 交通費を支給して欲しい 31.3%

    このように続いていますが、注目したいのは「会社の良い面だけでなく、悪い面の情報も提供してほしい」という意見です。また、上の図2でも、「ネットでよくない評判を見て不安になった」「給与形態の説明が不十分」「モデルケースの実態の共有が皆無」「転勤無し希望だったが、内々定後に転勤の可能性があると言われた」といった項目に注目してください。

    つまり、学生側としては企業のありのままの実態を把握できないことが志望度を下げるひとつの要因になっているのです。

    また、これらの意見や感想に筆者が注目しているのには理由があります。それは、この状況のまま仮に入社にこぎつけたとしても、早期退職のリスクが非常に高いということです。いわゆる「リアリティ・ショック」が生じる大きな要因となるでしょう。

    RJP理論とは


    そこで、内定辞退を減らすために注目されている「RJP理論」についてご紹介したいと思います。

    RJPとは「Realistic Job Preview:現実的な仕事情報の事前開示」の略で、1992年に産業心理学者のワナウス氏によって広められました。
    企業が求職者に対して仕事面や待遇面など自社の情報を開示する際、自社にとって都合の悪い情報であってもありのままに求職者に伝える、というものです*3。

    RJPによる採用は、従来の伝統的な「企業の良いところを重点的にアピールする」手法とは異なる経緯をたどります(図3)。
    図3 伝統的リクルーティングとRJPに基づくリクルーティングの違い
    (出所:「ベンチャー企業の人材確保に関する調査」抽象企業基盤整備機構)
    https://www.smrj.go.jp/doc/research_case/venturejinzai.pdf p67


    両者の違いは明確です。

    RJPに基づく採用の効果

    そして、RJPに基づく採用には、以下のような効果があると言われています*4。

    1. スクリーニング効果=求職者が企業から仕事の内容や待遇面について正確な情報を得ることで、求職者が自ら企業との適合性を判断できるようになり、入社後のミスマッチが解消される。

    2. ワクチン効果=入社後の仕事内容や職場環境に対して過剰な期待を抱くことを抑制し、入社後の失望感を軽減させる。

    3. コミットメント効果=求職者にありのままの情報を開示することで、企業が求職者に対し誠実に対応していることを伝えることができ、結果的に入社後の企業に対する帰属意識の向上が見込める。

    4. 役割明確効果=企業から求職者への情報開示時に、企業が求職者に対し、業務面・人物面ともにどのような人材を求めているかを明確化することで、求職者は企業が自らに求められている内容を実施しやすくなり、仕事に対する満足度や意欲の向上に繋がる。

    いずれも、いわゆるリアリティ・ショックの緩和に繋がるのです。

    包み隠して「超優秀」な学生を狙うよりも


    一方でRJPに基づく採用では、このような出来事も発生します。「超優秀」な学生層には刺さらない可能性がある、というものです。

    しかし、「超優秀な学生を大量に採用する」というのは果たして現実的なことでしょうか。
    それよりも、「それなりの能力」がある人材を定着させ、社内で育成するという手段の方が現在の売り手市場の環境下では有効、と考えることができます。

    「超優秀」な人材は、放っておいても、好条件を求め続けて離職してしまう可能性が高いのも事実です。
    それよりも、本当に自社を気に入り、高い志望度で入社してくれる学生のほうがはるかに定着率が高いはず、と考えるのは筆者だけではないでしょう。

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    著者:清水 沙矢香
    2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
    取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

    *1
    「内定辞退セット」人気、 例文なぞるだけ、電話の仕方も」朝日新聞デジタル
    https://digital.asahi.com/articles/ASN264K1QN1XUTIL03D.html 

    *2「マイナビ 2022年卒 学生就職モニター調査 8月の活動状況」株式会社マイナビ
    https://career-research.mynavi.jp/wp-content/uploads/2021/09/s-monitor-22-8-001.pdf p18

    *3、4
    中谷嘉男「中小企業の新卒採用活動における効果的なRJPの実践手法についての検討」
    https://www.u-hyogo.ac.jp/mba/pdf/SBR/10-1/143.pdf p149、150