従業員のパフォーマンスには、当然心理的要素も影響します。
そして心理学的には、良い影響を与える周囲の行動、悪い影響を与える周囲の行動の両方があります。
「ピグマリオン効果」「ゴーレム効果」「ホーソン効果」がその代表的なものです。
それぞれがどのようなものなのか、そしてどのようなメリットやデメリットがあるのか、見ていきましょう。
実は、一般的には良いとされている環境づくりにも思わぬ落とし穴があるのです。
まず、「ピグマリオン効果」からご紹介します。
ピグマリオン効果とは教育心理学の用語で、他者から期待をかけられた人の成績が向上するという現象のことをいいます。
日本でもピグマリオン効果について、大学生を被験者として6年間にわたる実験が行われています*1。
実験参加者は250名ほどの新入大学生です。
この250名をランダムに20人程度の12クラスに分け、さらに、この12クラスを年度ごとに担当教員が同じ科目で受講曜日が異なるAクラス、Bクラスに分けます。
そして各年度の初回目の授業のオリエンテーションで授業の科目概要等説明した後、片方のクラス群にのみ
「年度末に行われる学習成果全体発表会でよい報告ができるように、一年間頑張ってください。大いに期待しています」
と言語で伝えるという手法です。
どちらのクラス群にこの声をかけるか、両方にかけるのかは年度ごとに変えて、クラス全体の発表会での成績がどう推移したかを見るのです。
その結果は以下のようなものでした(図1)。
https://confit.atlas.jp/guide/event-img/edupsych2017/PD22/public/pdf?type=in
ここで注目したいのはAクラスの動向です。期待する言葉かけが無かった年度とあった年度の間で大きな違いが出ています。
「期待している」という声かけをするかしないかによって、学生のパフォーマンスに大きな影響を与えているのです。
こうした「ピグマリオン効果」は、職場でも部下のパフォーマンスを左右するものとして知られています。
また、提唱者であるローゼンタールが小学生を対象に行った実験ではこのような結果も見られています。
期待を抱くことになる生徒とのつきあいが2週間以内の教師の場合には 91%の研究でピグマリオン効果が見られたが、2週間以上のつきあいがある教師では12%の研究でしか効果が見られなかった、というものです*2。
誰が声をかけるか、もまた重要であることがわかります。
ピグマリオン効果とは逆に、上司が部下に対して期待を抱いていない場合に、部下が成績を下げてしまうというのが「ゴーレム効果」です。これには2つのパターンが考えられます。
まず、上司が部下に直接否定的な評価をすると、その部下の成績が下がってしまうというパターンです。
また、優秀であったはずの部下が、評価の低い集団に異動することによって成績を下げてしまうというパターンです。
後者については、ハーバード・ビジネス・レビューに興味深い出来事が紹介されています。
世界で総収入ランキングトップ100を示す「フォーチュン100」に名を連ねるある企業で、製造現場のスーパーバイザーとして働いていたスティーブという社員がいました。
上司からの信頼も厚く業績も高く評価されていた彼に大きな変化が訪れたのは、新しい上司ジェフのもとで働くようになった時です。
ジェフの仕事のやり方はこのようなものでした。
ジェフは品質管理で深刻な不良品が出ると、分析結果を報告書に簡潔にまとめるようにたびたびスティーブに求めた。
<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年12月号 p124>
スティーブからすれば、これまでは上司からじゅうぶんな信頼を得ており、このような報告書を作成させられること自体に割り切れない思いを抱いてしまいました。スティーブにとってジェフは「低い評価を下す」上司だと受け止めてしまったのです。
よって、スティーブは報告書の作成に力を入れなくなってしまいました。パフォーマンスが低下したとも取れる状況です。
するとジェフはますますスティーブに低い評価を下すようになります。そしてスティーブはさらにやる気をなくす、そのような悪循環に陥ってしまったのです。
当然ながらスティーブのような人とは違い、組織にはもともと成績の伸びにくい部下はいるものです。
その時に気をつけたいのは、「評価」「期待」を強く表すことです。その部下の「良い面」を見つけてそこに高い評価や期待の言葉をかけることが重要です。
他者、とくに上司からの評価や期待の言葉は、やはり何かしらの効力を持つということが、上記2つの実験や出来事から窺い知れます。
そして、もう一つ部下のパフォーマンスを左右する要素になる、として知られているのが「ホーソン効果」です。1900年代前半のことですが、労働者の感情とリーダーとの関係についての実験がアメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で実施されたことからこの名前がつけられています。
古い実験ではありますが、5年という長期に渡って実施されたものだけに、今なお注目されています。
「ホーソン効果」とは、他者から見られる、注目されることによって従業員のパフォーマンスが向上するというものです。期待に応えたいという意識が働くためと考えられます。ピグマリオン効果に似ている部分があると言えるでしょう。
しかし「ホーソン実験」は、従業員のパフォーマンスについて他の側面も明らかにしています。
一連のホーソン実験のなかに、「バンク捲線観察実験室」というものがあります*3。これは、異なる性質を持つリーダー3人をそれぞれ別の現場の監督にあてた時の労働者の心理を観察したものです。
3人のリーダーの特性はこのようなものです。
・主任A=自分が部下であったときと同様に労働者に接した
・監督B=ただグループの上にいるだけの、歳の離れた人
・課長C=同じ地位に長年とどまっているが、部下たちはCがどんな地位でどんな仕事を持っている人なのかわからない
3つのグループで労働者が示した反応はこのようなものでした。
・主任Aのグループ=労働者は「彼は部下の事をよく知っている」「彼は公平で公明正大な人だ」「彼は自分がどんな苦労をしてでも、他の人が十分に仕事がしやすくなるように努めてくれる」とAを歓迎
・監督Bのグループ=Bは部下の利害や心情とかけはなれすぎており、労働者はBに信頼を寄せるどころか、敵対心を抱いた。
・課長Cのグループ=作業員たちは向上心を失い身勝手になった。
主任Aのグループでは、ホーソン効果が見事に現れています。しかし、監督B、課長Cのグループに至っては、「見られている」ことが逆効果をもたらしています。
ピグマリオン効果同様、「誰に見られているか」が重要なのです。
さて、一般的な終身雇用型の企業では、上司の配属にあたっても不思議な傾向を持つ企業が存在しています。
それは、上司に当たる人の間での「ポスト調整」です。
「XさんとYさんは同期入社なのだから、2人には同じ地位にあたる部の長にしてあげないと不平等だ。だからYさんは経験が浅いけれどこの部署をあてがっておこう」。
こういった調整は、現場で働く部下にとっては「どうでもいいこと」であり、むしろ監督Bや課長Cのような人を生み出し、部下の生産性を下げてしまいかねません。
企業の存続は部下の働きがあってこそです。
部下の視線からの「適材適所」について考え直すことも、全社的なパフォーマンス向上には必要なことなのかもしれません。