大手コンサルティング会社が日本の大企業を対象に行ったある調査によると、直近3年間で不正が発覚した企業は52%(別の調査では24%)に上るということです。
行動経済学の権威によるある実験では、「チャンス」を与えれば、大多数の人が小さな不正を犯す可能性があることが示唆されています。*1
不正は私たち自身とも無縁ではなく、私たちの隣り合わせにあるといってもいいでしょう。
では、不正を誘発する組織風土とはどのようなもので、不正はどうしたら防ぐことができるのでしょうか。
本記事では、日本企業における不正の実態を明らかにした上で、不正を招く組織風土の特徴を示し、そこから脱却するためのヒントをご紹介します。
日本企業の不正に関して、大手コンサルティング2社が大企業を対象に、継続的に行っている調査があります。
それらを基に、まず不正の実態をみていきましょう。
まず、デロイトトーマツが2022年10月に発表した「企業の不正リスク白書 2022-2024」(以降、「デロイト調査」)によると、過去3年間に何らかの不正・不祥事が発生したのは、回答した企業476社の52%に上ります(図1)。*2
出典:デロイトトーマツ「企業の不正リスク白書 2022-2024」(2022年10月)p.5
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/risk/frs/jp-frs-fraud-survey-2022-2024-executive-summary.pdf
この割合は、前回調査(2020年実施)より若干低くなっています。そのことについてデロイトトーマツは、不正・不祥事が減ったというより、コロナ禍のリモートワーク環境下で不正が発覚しづらくなったからではないかと分析しています。
それは内部通報があった企業が減少していること、今後は不正リスクが高まると予想する企業が多いことからも窺えます。
次に、KPMGが2022年9月に発表した「日本企業の不正に関する実態調査 (第7回)」(以降、「KPMG調査」によると、直近3年間で不正が発生したと回答した企業は、578社のうち137社、24%でした。*3
2018年に発表された前回調査の32%より低下しているものの、不正の発生自体が減少しているというより、コロナ下で監視機能が低下したことにより不正が発見されにくくなっているからではないかと、KPMGもデロイトトーマツと同様に分析しています。
次に不正の内容について、「KPMG調査」の結果をみてみましょう。*3
出典:KPMG(2022)「日本企業の不正に関する実態調査 (第7回)」(2022年9月)p.3
https://assets.kpmg/content/dam/kpmg/jp/pdf/2022/jp-fas-fraud-survey.pdf
最も多かったのは、「金銭・物品の着服または横流し」で、これは前回調査と同じ傾向でした。
不正の原因の1つに組織風土が挙げられます。
大企業の大がかりな不正に対する第三者委員会等の報告書には、不正を行った社員個人にだけその原因があるのではなく、企業風土にも問題があったことが明確に示されています。
例えば、「規範遵守意識の鈍磨を醸成させる企業風土」、「上司の意向に逆らうことがで
きないという企業風土」が組織ぐるみの不正を招いた原因の1つであるという指摘です。*4, *5
「デロイト調査」と「KPMG調査」を拠り所に、より詳しくみていきましょう。
「デロイト調査」では、不正・不祥事を予防し、あるいは早期発見して対応するために、組織風土上、次のような課題があるとの回答割合が示されています(図3)。*2
出典:デロイトトーマツ「企業の不正リスク白書 2022-2024」(2022年10月)p.6
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/risk/frs/jp-frs-fraud-survey-2022-2024-executive-summary.pdf
この調査で回答した多くの企業が、組織風土改善の施策が社内研修や方針の提示にとどまっていて、決定打に欠けることに悩んでいる様子が窺えるということです。また、不正・不祥事対策を担う部門の人材不足を嘆く企業も半数を超えています。
次に「KPMG調査」の結果をみてみましょう。*3
下の図4は、不正の原因として企業が回答した項目別割合です。
参考:KPMG(2022)「日本企業の不正に関する実態調査 (第7回)」(2022年9月)p.11の図を筆者加工
https://assets.kpmg/content/dam/kpmg/jp/pdf/2022/jp-fas-fraud-survey.pdf
「属人的な業務運営」を挙げた企業が最も多く、次いで、「行動規範等倫理基準の未整備または不徹底」となっていますが、これは過去の調査結果と同じ傾向だということです。
第3位の「上司や先輩などに対して意見が言い出しにくい組織風土」や「デロイト調査」の「内向き、忖度などの傾向がある」は、上述の第三者委員会で指摘されていた企業風土とも重なります。
こうしてみると、「デロイト調査」からも「KPMG調査」からも、組織風土に問題があることは認識していても、その改善の施策が決定打にかけ、なかなか機能していないことに悩んでいる様子が窺えます。
では、不正を招きがちな組織風土とは実際にどのようなもので、そこから脱するためには、どうしたらいいのでしょうか。
企業ぐるみの不正行為が行われる原因・背景に関する詳細な分析があります。社会心理学者の岡本浩一博士による実証研究です。*6
その研究から明らかになったことをみていきましょう。
博士の研究では、職場や組織での違反は、個人的違反と組織的違反の2つに分かれること、また、これらには関連性がみられないことが指摘されています。*6
このことを認識するのは重要だと博士は考えています。
現在、多くの職場では、コンプライアンスの担当部署ができ、改善に向けてさまざまな検討が行われています。しかし、それらの取り組みでは、個人的違反と組織的違反を同じものとして扱っており、個人的違反行動が減少する措置をとれば、組織的違反行動も減少すると捉えられているからです。
しかし、実際には、個人的な不正と組織的な不正とでは、それらを防ぐ措置が異なります。
さらに、組織の不祥事は基本的に個人的違反ではなく、組織的違反であるという分析も重要です。
博士はその組織的違反と強く関連する考え方を「属人思想」と呼びます。
それは、意思決定において、「その提案は自社にとってプラスとなるか否か」といった「事柄」の是非よりも、「誰の提案か」「誰の利益になるものか」「誰がかかわっているか」という「人」情報を重視する考え方です。
そして、「属人思考」が強い組織風土を「属人風土」と呼びます。
これは、上述の「KPMG調査」で原因のトップに挙げられていた「属人的な業務運営」と合致します。
同調査では、「行動規範等倫理基準の未整備または不徹底」という回答が不正の原因の第2位でした。
では、内部ルールなどの命令系統の整備(社内的なルール・規定の整備やその実行に関わるモニタリングなど)は、果たして不正防止に役立つのでしょうか。
岡本博士の研究では、そのことに関して以下の2点が指摘されています。*7
1) 命令系統の整備は個人的な違反を防ぐためには効果がある
2) 命令系統の整備は組織的違反(組織ぐるみの不正行為)を防ぐ効果はほとんど期待できず、属人的な組織風土を改革することが必要である
したがって、組織的な不正を防ぐためには、「属人風土の属人思想」を低減させる必要があるのです。
岡本博士は、組織や職場の風土が属人的になると、次のような特徴がみられるようになると指摘します。*6
では、どうしたら「属人風土」から脱することができるのでしょうか。
ここではそのためのヒントを2つご紹介します。
岡本博士らの研究を基盤としたチェックテストによって属人度を測り、社員に対してその対処法を示している書籍があります。*8
その方法をご紹介します。
まず、下のチェックテスト項目について、1~5のいずれかに〇をつけます。
1:当てはまらない、2:あまり当てはまらない、3:どちらともいえない、4:やや当てはまる、5:当てはまる
表1:「属人風土」チェックテスト項目
チェック項目 | 点数 | |
1 | 会議やミーティングでは、発言者の体面を重んじて、反対意見が出されないことがある。 | 1 2 3 4 5 |
2 | 会議やミーティングでは、提案者が誰かによって、同じ案でも通り方が異なる。 | 1 2 3 4 5 |
3 | 仕事ぶりではなく、好き嫌いで人を評価する傾向がある。 | 1 2 3 4 5 |
4 | 仕事の順位は、誰が頼んだかで決まることが多い。 | 1 2 3 4 5 |
5 | トラブルが発生した場合、「原因は何か」よりも、「誰の責任か」を優先する雰囲気がある。 | 1 2 3 4 5 |
出典:佐藤眞一・本多-ハワード素子(2013)『メガホリズム 組織に巣食う原罪』(電子書籍版)No.1428-1430を筆者加工(縦書きから横書きに)
次にすべての項目の得点を合計します。
特定が高いほど「属人風土」の度合いが高いと考えられます。
13.8点が平均点、それ以上はイエローゾーン(やや危険)、16点以上はレッドゾーン(危険)です。
イエローゾーンは、いつレッドゾーンに入ってもおかしくない状態で、組織的違反が起こる一歩手前の、ギリギリのラインです。ただし、組織のメンバーの行動次第で、違反を起こす前に引き返すことが可能です。
このゾーンの組織にあっては、誰が言っているかに気を取られず、意見の内容そのものを吟味することが大切です。
また、反対意見を感情的に判断しないこと、賛成・反対を、好き・嫌いと混同しないことにも留意する必要があります。
レッドゾーンは重篤な組織的違反が既に1件は発生している可能性があるとされています。
最も大切なことは、速やかに違反を洗い出し、それに対処することです。とはいえ、組織全体の改革は個人の力が及ぶ範囲を超えているかもしれません。
まずは周囲に働きかけて、個人的な変化の集積を目指すのも1つの方法です。
しかし、組織的違反が根深く、自分の力が及ばないと判断したら、転職も視野に入れた方がいいレベルです。
最後に、岡本博士の研究で示唆されているもう1つの要素についてご紹介します。*6
それは、職業に対する「ノブレス・オブリジェ」(高邁な使命感)の感覚です。
人が仕事に打ち込む動機として、社会的地位や経済的報酬以外に、自分の職業的役割に対する高邁な使命感をもつことが、組織的不正への抑止力になる可能性があると博士は指摘します。
博士らの研究によると、職業的自尊心は、「職務的自尊心」と「職能的自尊心」の2つに分けられます。
職務的自尊心とは、自分の職務の社会的貢献、社会的責任の重さに対して感じる自尊感情です。
一方、職能的自尊心とは、自分の職務の難度が高く、研修の必要性が高いことに対して感じる自尊感情です。
このうち、組織的な不正の抑止力となるのは、職能的自尊心よりも職務的自尊心であると博士は指摘します。
社員が自分の職務の社会的貢献、社会的責任の重さを認識しやすい職場環境、組織文化があれば、それが不正防止として機能する可能性が高いことが示唆されているのです。
企業の不正は、私たちの身近にある問題です。
その原因を不正を犯した個人の問題だと捉えずに、「属人風土」から生じる問題であることを認識し、組織風土を確認してみることが大切です。
そして、もし問題がみつかったら、経営陣が先頭に立ち、組織ぐるみでその改善を図っていくことが、不正防止に役立つでしょう。