人事部の資料室

定年後再雇用の基本給に最高裁が判断 考慮すべきは「性質や支給目的」

作成者: e-falcon|2023/08/08

人手不足が今後も続くと予想される中、高年齢者の再雇用を重要な戦力と考える企業は少なくないことでしょう。
その際、嘱託社員、契約社員、パートタイム、といった様々な雇用形態が考えられますが、再雇用で働く多くの人の給料や待遇が大きく下げられている現状があります。

名古屋市内の自動車学校で定年後に嘱託社員として勤務していた男性らが、定年前と同じ仕事をしているのに再雇用となって基本給を半額以下にされたことを不当だとして訴えた裁判について先般、最高裁がひとつの判断を示しました。

再雇用のあり方や「同一労働同一賃金」の本質にも関わる議論ですので、ここで概要をご紹介したいと思います。

定年後再雇用「給料4~6割」が過半数

日経ビジネスが2021年に、40~74歳を対象に定年後の就労に関する意識調査を実施しています*1。

それによると、実際に定年後に働いている、あるいは働いた経験のある人の65.3%が「引き続き同じ会社」であり、子会社やグループ会社で働いているケースと合わせると全体の7割を超えています。また、雇用形態は正社員か契約社員がほとんどでした。

そして働き方と待遇について、このような調査結果が得られています。
勤務時間や日数については63.5%が、業務量については47.9%が、「定年前と同水準」と答えています。「定年前より増えた」とする人もいます。

一方で年収はほとんどの人が減っています。「定年前の6割程度」という回答が20.2%と最多で、「5割程度」が19.6%、「4割程度」が13.6%と続いています。
定年前と同等、もしくはそれ以上となっているケースは1割にも満たない状況です。

裁判の経緯

では、今回の裁判の経過を見ていきましょう。
1審の名古屋地裁の判決文によると、訴えを起こした2人の元嘱託社員の基本給はこのように変化していました*2。

A氏)定年退職時18万1640円 → 嘱託社員1年目8万1738円、その後7万4677万円
B氏)定年退職時16万7250円 → 嘱託社員1年目8万1700円、その後7万2700円

A氏は定年退職時の45%以下、B氏は48.8%以下になっていて、若い正社員の基本給を下回っています。
名古屋地裁は、

  • 正社員の基本給は年功的性格を含むが嘱託職員の基本給は年功的性格を含まない
  • 嘱託職員は今後役職に就くことも予定されていない
  • 嘱託職員は、定年となった際に退職金の支払いを受け、それ以降は用件を満たせば、高年齢雇用継続基本給付金及び高齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定される

といった事情と、そして今回原告となった職員2人がこれらを受給していたことは基本給の違いを「不合理でない」と評価しうる事実であるということは考慮しつつ、一方で、

原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

<引用:「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p34


との判断を示し、自動車学校側に対して元嘱託社員らに差額の給与などを支払うよう命じています。
ただ、「60%」という数字についての根拠は明らかにしていません。

二審の名古屋高裁もこの判決を支持しましたが、双方が判決を不服として上告し、最高裁での審理に至ったのが今回のケースです。

最高裁の判断「支給の目的を踏まえるべき」

しかし今回、最高裁は一審・二審判決を破棄し、名古屋高裁に審理の差し戻し=裁判のやり直しを求める、という判断を下しました*3。
二審ではじゅうぶんな審理がなされていない、としているのです。

その理由を、最高裁は判決文で以下のように示しています。

その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである

<引用:「令和4(受)1293  地位確認等請求事件」裁判所>下線は著者加筆
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/208/092208_hanrei.pdf p4-5


原審では基本給について、一部の人の勤続年数に応じた金額の推移を見て「年功的性格」があったとしているだけであり、他の性質や「支給の目的」を検討していない、とも最高裁は指摘しています。

なお、正社員とそれ以外の雇用関係にある従業員との間に基本給の違いが生じることは否定していません。

支給するお金の「目的」を考慮した判例

実は、従業員にお金を支払う「目的」を根拠とした最高裁の判例は過去にも示されています。

非常にわかりやすい判例としては、運送会社の契約社員が無事故手当や作業手当などの諸手当について、正社員と同様の仕事をしているのに自分に手当が支払われないのは不合理として会社側を訴えた事件があります(平成28年(受)第2099号,第2100号 未払賃金等支払請求事件)。

これについて最高裁は、手当ひとつひとつについて不合理、不合理ではないと異なる判断をしています(図1)。

(出所「改正後のパートタイム・有期雇用労働法で求められる企業の対応について」厚生労働省資料)
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/301129_siryou_part.pdf p7


唯一、不支給が「不合理ではない」としているのが住宅手当についてです。その理由は、正社員は転居を伴う配置転換が予定されているが契約社員にはそれがなく、正社員のほうが住宅に要する費用が多額となる可能性がある、というものです。

他の手当に関しては、支給目的に照らせば、同一労働をしている契約社員に支払われていないことは不合理である、と判断しています。

基本給に「目的」を持たせる制度設計を

さて今回最高裁が求めているのは、基本給に関する議論では「性質や目的」を十分にも考慮せよ、ということです。
諸手当とは異なり、基本給について「性質や目的」を考える機会は、多くの企業にとってあまり考えることがなかったことかと思います。

ただ現在は、年功序列によらない賃金制度を持つ企業も少なくはありません。また、今回の裁判について、判決としては破棄されたものの一審の名古屋地裁で、

「原告らの基本給にこれほどの減額が生じることに対し、配慮やこれを緩和する工夫を行った形跡はなく、原告らの所属する労働組合との間で、嘱託職員の労働条件について労使交渉を行った事実もない」*4

と指摘されていることは注目すべきポイントです。

基本給の算出方法について明確な規則を設け、かつ労働組合との間で誠実な合意をすることが、再雇用などにあたっての労使トラブルを防ぐためには重要になっています。
多様な雇用形態がさらに混在するであろう中、それぞれに合理的な基準が必要とされます。
今後差し戻しの裁判でどのような点が争われるかに注目したいと思います。