人材の多面評価は離職防止にも 「データドリブン人事」の必要性とは
人事制度が年功序列から成果主義に変化していく中で、人事評価の形も変わりつつあります。
企業にさまざまな価値観の人材が集まるにつれ、さらに客観性が求められる評価制度が重要視されるようになっているのです。
そこで近年注目されているのが、データという客観的なもので人事評価を実施する手法です。従業員の意識も変わるうえ、適材適所の配置に繋がる手法でもあります。
また、離職防止にもつながることも期待されています。
データを用いた人事評価とはどのようなものなのか、ご紹介していきます。
「強い企業」キーエンスを支える人事評価
キーエンスといえば、「日本屈指の強い企業」と言える存在でしょう。
2023年3月期の営業利益率は54.1%という驚異の数字を叩き出し*1、また、社員の平均年間給与は2000万円を超えるという結果を出しているキーエンスが、日本企業の中で先立って導入していたのが人事の「360度評価」というものです*2。
360度評価とは、評価される人物に対して、上司からだけでなく部下、同僚、といった関係の違う立場の人からも性格や普段の行動についてアンケートなどに回答してもらい、結果を本人にフィードバックするというものです。
人材育成がおもな目的ですが、多方面からの評価によって被評価者が自分を客観的に知ることができる、という効果が期待されています。
キーエンスの場合、これを中間管理職に適用し、そのマネジメント能力を開発していくという目的で360度評価が利用されています。マネジメント層に自信の行動が周囲からどのように受け止められているかを日々の行動を「見える化」することで認識させ、リーダーとしての最適な行動をマネジャーみずから模索するのです*3。
多様化する評価手法と現状
近年では、さまざまな人事評価制度があります。それぞれの導入率は下のようになっています(図1)。
(出所:「人事評価制度と目標管理の実態調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/personnel-evaluation.html
MBO(各従業員が目標を掲げる管理制度)やOKR(チームや個人単位でも目標や必要な目標を設定する制度)を始め、さまざまな手法があります。
上図を見ると特にMBOの導入が進んでいるようですが、従業員から見た場合、さまざまな課題があるようです(図2)。
(出所:「人事評価制度と目標管理の実態調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/personnel-evaluation.html
「定量化するのが難しい」「部署によって目標の難易度が違う」など、共通の指標がないことが大きな課題といえます。
人事の潮目に大きな変化も
また、世界的コンサルティング会社であるPwCは、現代の人事の潮目が変わりつつある中で、従来の人事評価制度について次のように指摘しています。
変化の一つ目は、「従業員の多様化」と「勘と経験に基づく意思決定の限界」である。これまでの日本企業では、相手が自分と同じ価値観を持っているという前提の下で「勘と経験」に基づくマネジメントが行われるケースが比較的多かったと考えられる。しかしながら、女性や高齢者の活用、ビジネスのグローバル化、さらにはミレニアル世代の台頭などにより人材の多様化が進む現在においては、各人が持つ価値観もさまざまであるため、「勘と経験」による意思決定が難しくなってきており、事実やデータに基づいたマネジメントが求められているのである。
<引用:「ピープルアナリティクスサーベイ2017調査結果」PwC>
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2018/assets/pdf/people-analytics-survey2017.pdf p6
いずれにせよ、人事評価にあたっては、客観的な指標が必要であるというというのが現代のトレンドなのです。
多方面からの「データ」で人材を管理する手法
その前提に立って近年注目されているのが「ピープルアナリティクス」です。
筆者の会社員時代に、このようなことがありました。
自分の後輩にあたるある男性社員は、筆者が異動してきたときには「ぱっとしない」雰囲気の持ち主でした。
周囲は彼のことを「できない」とまでは言わずとも「のんびりした子」という印象を持っていました。しかし彼が別部署に異動してしばらく経った時、彼はその部署で重要な仕事を任せられ、後輩からも「頼れる先輩」になっていたのです。
彼は、日々分単位でニュースに対応しなければならない部署よりも、じっくりと根気よく取材を重ねる現場のほう方が合っている人材だったことが異動によってわかった形です。
また、彼の趣味がマラソンというスポーツ派だったことも、のちに知りました。これまで筆者らが知らなかった一面を彼はどんどん見せていったのです。
もちろん、さまざまな部署を経験することで得られる学びもありますが、そこにミスマッチに近い状況が生まれていたのは事実です。
ひとつの部署内だけで評価が下されるのは、それほど勿体無いことだということでもあります。
上司も人間である以上、どうしても「贔屓の部下」は出てきてしまいます。それは決して平等で正当な評価ではないのです。
「ピープルアナリティクス」によって生まれる「評価の公平性」
その中で注目されているのが「ピープルアナリティクス」です。一例ですが、以下のような項目が「データ化」され客観視できるようになります(図3)。
(出所:「ピープルアナリティクス」PwC)
https://www.pwc.com/jp/ja/services/consulting/analytics/human-capital-analytics.html
客観的な評価によって従業員の納得感が増す上、個人のスキルに見合った人事配置、キャリアプランの計画に役立てられています。いわゆる360度評価よりもさらに多くの視点から人材を見ることができ、かつ従業員の希望も反映できます。
先に紹介したPwCの指摘にもあるように、多様な価値観を持つ人材であっても「統一の指標」によって評価されることは、モチベーションの維持のためにも重要でしょう。また、人事データを部署ごとではなく全社的に一本化することで、「今は評価は高くないかもしれなくても、うちの部署ではほしい人材」ということも生まれます。筆者の後輩のように、ミスマッチしている部署での「飼い殺し」を防ぐことができるのです。
離職防止の観点からも注目されるピープルアナリティクス
また、ピープルアナリティクスは離職防止のためにも役立てられています。全社的な退職率、退職者の属性、その要因を分析することができるのです(図4)。
(出所:「人材データ活用の最前線ーHRデータからピープルデータへー」PwC)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2020/assets/pdf/people-analytics-survey2019.pdf p7
データ活用が成熟するにつれ、「現在の離職率」を知るだけでなく、レベル4により離職の要因は何かを分析し、改善策に繋げることができます。そしてレベル5になればその改善策がどこまで有効で、数年後にどう反映されるかを測ることができるのです。そして、これらのデータ活用に取り組む企業は年々増加していることがわかります。
離職者は本音を言わない
人手不足感が強まる中、社員の離職は多くの企業にとって課題になっていることでしょう。
ただ、離職する個人の内面はさまざまです。
エン・ジャパンの調査によれば、転職にあたって本当の理由を会社に伝えなかった、という人は4割にのぼっています(図5)。
(出所:「『エン転職』1万人アンケート(2022年10月)『本当の退職理由』実態調査」エン・ジャパン)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2022/31043.html
よって、離職者から得られる情報は正確かつ十分な量ではないということもわかります。
従業員を様々な視点から分析し、離職者の傾向を客観的に知るためのデータによる人材分析は、評価だけでなく自社の傾向を知るためにも有用といえます。また、最新のトレンドを知り、柔軟な組織運営を進めるにあたっても重要なものになることでしょう。
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。
*1
「経営指標」キーエンス
https://www.keyence.co.jp/company/financial-info/
*2、3
「キーエンス、圧倒的に早かった『360度評価』 90年代から」日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC032H20T00C23A4000000/