試用期間中の従業員が退職したいと言い出したら|企業の対処法を弁護士が解説
試用期間は、企業にとって従業員の適性や能力を見極める期間ですが、労働者側にとっては慣れない職場環境に適応する期間でもあります。職場へ適応できず、試用期間のうちに退職を申し出る従業員も少なくありません。
もし試用期間中の従業員が退職を申し出てきたら、企業は労働法のルールを踏まえて対応する必要があります。
本記事では、
- 労働法に基づく退職のルール
- 試用期間中の従業員の退職を予防する方法
- 試用期間中の従業員から退職申入れを受けた際の対処法
などを企業の視点から解説します。
労働法に基づく退職のルール
従業員の申出による退職のルールは、民法などで定められています。無期雇用労働者か有期雇用労働者かによって、退職に関するルールには差があります。
無期雇用労働者の退職ルール
無期雇用労働者とは、会社との間で期間の定めのない労働契約を締結している従業員です。いわゆる「正社員」は、通常は無期雇用労働者に当たります。
無期雇用労働者は、退職日の2週間前までに会社へ申し入れれば退職できます(民法627条1項)。試用期間中であっても、2週間前の申入れによって退職可能です。
また、重大な健康上の理由や身内の介護の必要性など、やむを得ない事由があれば、事前の申入れをすることなく直ちに退職できます(民法628条)。
なお会社によっては、就業規則などで退職を申し入れるべき時期を前倒ししているケースがあります。1か月から3か月前の退職申入れを求めている会社が多いようです。
しかし、退職申入れの時期を前倒しする規定は、労働者の職業選択の自由を制約する側面があるため、公序良俗違反(民法90条)により無効と判断される可能性があります。
そのため会社としては、労働者の退職申入れから2週間が経過すれば、退職を認めざるを得ないと考えておくべきでしょう。
有期雇用労働者の退職ルール
有期雇用労働者とは、会社との間で期間の定めのある労働契約を締結している従業員です。いわゆる「契約社員」や「パート」などは、有期雇用労働者に当たるのが一般的です。
有期雇用労働者は原則として、労働契約の期間が1年を経過するまでは退職できません(労働基準法附則137条)。試用期間は通常3か月程度、長くても6か月程度が標準的なので、試用期間中の有期雇用労働者の退職申入れは、原則として認められないと考えられます。
ただし例外的に、重大な健康上の理由や身内の介護の必要性など、やむを得ない事由があれば、有期雇用労働者であっても直ちに退職できます(民法628条)。
試用期間中の従業員の退職を予防する方法
試用期間中の従業員に対して、会社は職場への適応を最大限サポートすることが求められます。
従業員に「この職場ではやっていけない」と感じさせてしまえば、試用期間中の退職に繋がりかねません。従業員が仕事内容や職場の人間関係に馴染めるように、できる限りこまめにサポートを行いましょう。
たとえば、会社は以下のようなサポートを行うことが考えられます。
- 1on1ミーティングを定期的に開催する
従業員の仕事の状況を具体的に確認するため、上司と1対1で話す機会を定期的に設けることが考えられます。 - メンターを割り当てる
普段仕事をしている同僚とは別の先輩従業員をメンターとして割り当て、会社における悩みなどを相談できるような仕組みを設けることが考えられます。 - 新人のサポートを部署全体に依頼する
試用期間中の従業員と同じ部署の同僚に対して、仕事を教えたり、生活上の悩みについて相談に乗ったりしてほしい旨を依頼し、部署全体でのサポート体制を構築することが考えられます。 - メンタルヘルスの相談窓口を設置する
試用期間中の従業員が精神的に不安定となった場合に、相談できる社内窓口を設けることが考えられます。 - 業務量を調整する
試用期間中の従業員については、職場にまだ慣れていないことを考慮して、業務量を調整・軽減した方がよい場合が多いでしょう。
また、従業員に対して十分な待遇を与えることも、退職を防ぐための有効な方法です。同業他社に比べて賃金水準などを高く設定し、待遇に対する従業員の満足度を高めれば、退職の防止に繋がります。
試用期間中の従業員から退職申入れを受けた際の対処法
試用期間中の従業員から退職の申入れを受けた場合、会社は以下の流れで検討や手続きを行いましょう。
- 退職申入れに必要な法律上の手続きを確認する
- 慰留するか退職を認めるかを検討する
- 退職に必要な手続きを行う
退職申入れに必要な法律上の手続きを確認する
前述のとおり、退職申入れに必要な手続き(申入れ期間)は、無期雇用労働者と有期雇用労働者で異なります。まずは従業員の雇用の種別を踏まえて、どのような手続きが必要とされているかを確認しましょう。
たとえば無期雇用労働者の場合、退職申入れから2週間が経過した時点で退職となってしまいます。慰留するにしても退職を認めるにしても、きわめて短期間での対応が求められる点に注意が必要です。
慰留するか退職を認めるかを検討する
試用期間中の従業員を引き留めたい場合は、速やかに慰留の対応に移るべきです。一方、退職を認める場合にも、退職に必要な書類などの準備へ早急に着手しなければなりません。
いずれにしても、従業員を慰留するか、それとも退職を認めるかについては、早い段階で判断する必要があります。従業員の能力や、社内における人員配置などの状況を踏まえて、どちらの方針で臨むか適切に判断しましょう。
退職に必要な手続きを行う
従業員の退職を受け入れる場合は、退職に必要な手続きを行う必要があります。
具体的には、主に以下の手続きが必要です。
- 社会保険関係
「健康保険・厚生年金被保険者資格喪失届」および健康保険証を、退職日から5日以内に年金事務所へ提出 - 雇用保険関係
「雇用保険被保険者資格喪失届」と「雇用保険被保険者離職証明書」を、退職日から10日以内にハローワークへ提出 - 所得税関係
退職後1か月以内に、従業員に対して源泉徴収票を交付 - 住民税関係
「給与支払報告に係る給与所得異動届書」を、退職日の翌月10日までに従業員が居住する市区町村へ提出
上記のほか、会社システムのアカウントの処理や退職届の受理など、社内規程に従った手続きも必要となります。
従業員の退職時にどのような対応が必要となるかは、あらかじめマニュアル等にまとめておくことが望ましいでしょう。
まとめ
試用期間中であっても、退職の意思が固い従業員を会社が引き留めるのは難しいケースが多いでしょう。
会社が退職の申入れを受けた場合、スピーディに対応方針を検討しなければなりません。また、退職手続きについても迅速な対応が求められるため、あらかじめマニュアルなどを整備しておきましょう。
もちろん、試用期間中の従業員が定着するように、良好な職場環境を整えることが望ましいです。職場に不慣れな従業員のサポート体制を構築し、若手従業員の離職をできる限り防ぎましょう。
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。
https://abeyura.com/
https://twitter.com/abeyuralaw