人事部の資料室

新たな人材像 デジタル時代のスペシャリスト・ゼネラリストとは

作成者: e-falcon|2023/03/14

「スペシャリスト」と「ゼネラリスト」は、対立するスキルをもつ人材として捉えられ、その関係についてさまざまな観点から議論されてきました。
例えば、どちらが優位な立場か、どちらがより貢献するか、どちらが社会的にリスペクトされるか、あるいは、どちらの仕事の方が面白いのか・・・。*1:p.22

しかし、最近は人材マネジメントの方向性が変わりつつあり、両者の捉え方にも変化が生じています。それはどのようなものでしょうか。

従来の「スペシャリスト」「ゼネラリスト」とは

まず、スペシャリストとゼネラリストとはそもそもどのような人材なのか押さえていきましょう。

スペシャリストの定義と仕事

スペシャリストとは一般に、「特定職能分野の深い専門性をもつ人材」を指します*2:p.80
スペシャリストの仕事の特徴は、知識や経験の焦点が、業務の「部分」であることです。

スペシャリストと聞いて思い浮かべる典型的なイメージは、エンジニアや理系の大学院出身者かもしれません。
しかし、スペシャリストの仕事は、もちろんそれだけではありません。

例えば、製造業では、マーケティング部門と生産部門の活動を統合する必要性が高いのにもかかわらず、両部門間にはコンフリクトが生じがちです。
両部門のマネージャーは、相手部門の活動、関心事、価値観に関する知識や経験を生かし、部門間のコンフリクトを解決します。
こうした仕事もスペシャリストの仕事の範疇とされています。

ゼネラリストの定義と仕事

一方、ゼネラリストとは、幅広いスキルの持ち主で、組織内の活動の統合や調整を役割の1つとする人材です。その仕事の特徴は、知識や経験の焦点が業務の「全体」にあること。*2:pp.80-81
例えば管理職や上層部のリーダーなどがこれにあたります。

製品、競合企業、マーケット、顧客などに関する深い知識だけでなく、企業内のさまざまな人材や手続き、企業の歴史にも通じている。ゼネラリストは組織全体にわたる広い視野を持ち、組織内のさまざまな業務に通じ、事業全体を把握している人材です。

スペシャリスト・ゼネラリストをめぐる企業の考え方

では、企業はスペシャリストとゼネラリストについてどう考えているのでしょうか。
厚生労働省の資料でみていきましょう。

企業が重視するのはどちらか

まず、企業が重視する人材・能力はどのようなものでしょうか(図1)。*3:p.111

出典:厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-」p.111
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2-1_03.pdf


全規模・全産業では、「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」の割合が39.8%と最も高く、次いで「スペシャリスト・内部人材の育成を重視する企業」が 33.2%、「スペシャリスト・外部人材の採用を重視する企業」が 15.9%、「ゼネラリスト・外部人材の採用を重視する企業」が 11.0%となっています。

業種別にみると、「製造業」は「スペシャリスト・内部/外部人材の育成を重視する企業」の割合が高い一方で、「非製造業」は「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」の割合が高いことがみてとれます。

また、企業規模が大きくなるほど「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」の割合が高くなる一方で、企業規模が小さくなるほど「スペシャリスト・ 内部/外部人材の採用を重視する企業」の割合が高くなっています。

グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」や「スペシャリスト・内部人材の育成を重視する企業」の割合が高いことが分かります。  

次に、スペシャリストとゼネラリストに要素を絞ってみると、図2のように、スぺシャリストが49.1%、ゼネラリストが50.8%とその割合は拮抗しています。*4:p.10

出典:厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について- 〔概要〕」p.10
https://www.mhlw.go.jp/content/11801000/000366656.pdf

企業が予測する今後の重要性

では、2018年時点において5年先(2023年)を見据えた際、これらの企業は従業員の能力として、スペシャリストとゼネラリストのどちらの重要性が高まっていくと考えていたでしょうか(図3)。 *3:p.111 

出典:厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-」p.111
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2-1_03.pdf

図3をみると、一番左の「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」では、引き続きゼネラリストの重要性が高まると考える企業が多いことがわかりますが、従業員300人以上の企業やグローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、スペシャリストの重要性が高まると考える企業の割合が相対的に高くなっています。 

今後、企業が従業員のどのような能力を重視するかは、企業がどのような経済活動を重視していくかといった企業戦略によって差異が生じてくるでしょう。

図3の展望が現実と合致しているかどうかについては今後の調査が待たれますが、これまで日本企業の主流であった「内部労働市場型の人材マネジメントを重視する企業」では、グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業を中心に、スペシャリストを重視する機運が高まることが窺えます。*3:p.110

新たなスペシャリスト像・ゼネラリスト像

上述のように、現在はスペシャリストとゼネラリストに対する考え方が変容しつつあります。具体的にみていきましょう。

従来の人材育成

従来、大企業は、終身雇用や年功序列といった人事政策に基づくメンバーシップ型雇用を前提にして、総合職として社員を雇用し、企業内部のジョブローテーションを中心とするジェネラリスト育成をするのが一般的でした。*1:p.2

そして、年功序列的な階層別研修やOJTを行い、ゼネラリストの中で頭角をあらわした人が幹部に登用されました。

一方、専門職は、各企業それぞれの専門職制度に基づく特有の制度によって認定された人であって、あくまでその企業における専門職でした。
多くのスペシャリストは、同一職種、同一職務で長く働き、その職務の系統を昇進していく過程で、経験を積み、熟練して能力を培ってきました。

したがって、その組織内では優れた能力を発揮し成果を上げることはできても、その専門性は、仕事や職場環境が異なる外部の世界でも通用するとはいいがたい側面がありました。

経営環境の変革

1980年代の半ばごろから、経営環境が大きく変革し、パラダイムシフトが生じました。*1:p.4
特に価値観の多様化や情報化社会の到来、少子・高齢化の進展、環境問題、そして国際競争が企業経営に大きな影響を及ぼし、そうした質的な変化に対応するために「知的経営」が注目されるようになりました。

そうした状況で、創造力、戦略力、プロデュース力とならんで、スペシャリティ(専門性)が以前にもまして重要視されるようになってきました。

新たなスペシャリスト像

このような状況から、現在では、個人的、組織的に蓄積、創造した高度な専門性が必要になっています。*1:p.6

繰り返しになりますが、スペシャリストは一般に「一定領域の高度な専門性を有し、その専門に関する仕事に従事する者」として捉えられてきました。*1:p.9

しかし、現在、スペシャリストは企業や業界内部で通用するレベルを超え、異業種や世界に通用するレベルが求められています。
そこで、現在はスペシャリストを以下のように再定義するのが妥当だという意見があります。

「専門家、特に一定領域において社外にも通用するレベルの高度な専門性を有し、その専門に関する仕事に従事する者や専門性を武器として横断的な幅広い仕事に従事する者」

このように、新たなスペシャリスト像として、専門性の高度化とともに、より広い領域での横断的な業務にも関わる人材が想定されているのです。

新たなゼネラリスト像

スペシャリストだけでなく、ゼネラリスト像も刷新されつつあります。

従来のゼネラリスト育成は、ジョブローテーションを通じて行われてきました。そこで養われたのは、組織のダイナミズムの理解や幅広い視野、現場的問題解決、組織内の人脈による調整力、手堅さやバランス感覚、そして人柄や有能さに基づく昇進などで、それらはこれまで有効に機能してきました。*1:pp.17-18

しかし、この種のゼネラリストには、2つの弱点があることが指摘されています。
1つは、組織内での問題解決には対応できる一方で、組織を超えた世界的レベルの問題解決に関しては非力であること。
そして、もう1つは専門性がないことから、その領域における組織内外のスペシャリティをプロデュースする能力に欠けることです。

そこで、高度な専門性の高さを武器とするゼネラリストが提唱されています。それは、戦略性やマネジメント能力、リーダーシップなどをあわせもつ人材であり、「総合的スペシャリスト」と呼ぶ研究者もいます。*1:p.10

今後の展望

野村総研は、国内に本社を持つ売り上げ上位企業を対象に行った調査結果をふまえ、デジタル化時代の企業のあり方を提言しています。

その中で、IT投資が業績に結びついている企業の組織風土の1つとして、「ゼネラリストよりもスペシャリストの育成に注力」することを挙げています。*5:pp.22-23

出典:野村総合研究所「日本企業のデジタル化は進んだか ~「ユーザー企業のIT活用実態調査」の最新結果から~」p.23
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/report/cc/mediaforum/2018/forum264_2.pdf


これまでのように、職種を限定せずに新卒社員を雇用し、ゼネラリストとして育てていくのではなく、専門領域に特化したスキルをもつ人材を雇用し、育成していく必要があるというのです。
そして、経営層や管理職は、マネジメントや戦略のスペシャリストであるべきだと指摘しています。

なぜなら、新技術を活用して科学的態度でデータに基づいた判断を下すためには、個々の社員に専門家としての見識が求められるからです。*6:pp.26-27
また、単なるコストカットではなく、リターンとリスクを考慮した投資を行うためには、経営層や管理職も、企業経営に関する専門知識をもつ必要があります。

上述のとおり、これまでは、職務や専門性を限定せず、白紙の状態で雇った新卒社員を「何でもこなせる人材」として育てていくという人材育成のあり方が一般的でした。
社員は複数の業務にまたがるジョブローテーションの中で、その企業固有の「仕事のやり方」を覚えます。そして、そのオペレーションに長け、現場で功績を上げた人が管理職として抜擢されます。

このような「典型的な日本企業」における専門性とは、職種に関する専門性ではなく、個々の企業のオペレーション・エクセレンス(企業がその価値創造のための事業活動の効果・効率を高めることで競争上の優位性を構築し、徹底的に磨き上げること *7)に特化した専門性であったといえます。

しかし、デジタル化による革新を実現するためには、そのようなオペレーション・エクセレンスだけでは不十分であるという指摘です。

もちろん企業経営には、スペシャリスト的能力もゼネラリスト的能力もどちらも必要であり、スペシャリストかゼネラリストかという二者択一はあり得ません。
ただ、上述のような流れをみると、現在はどちらにも業務横断的な能力と、より高い専門性が求められる時代であるのは間違いないでしょう。

自社の経営戦略にてらして、どのような人材が必要なのか、またその採用や育成はどうするのか、改めて考えてみる必要があるかもしれません。