国は東京証券プライム市場の上場企業を対象に、女性役員の比率を2030年までに30%以上とする目標を掲げていますが、2022年度の割合は低水準に留まっています。
その要因の1つに、女性社員の昇進意欲の低さが挙げられます。役員や管理職を目指す女性の割合が低いのは、昇進する上での不安が男性よりも強いことが影響しているという指摘があります。
そこで、経済産業省は2023年6月、企業横断型メンター制度実施のためのマニュアルを公表しました。また、女性を対象とした社外メンターのマッチングサービスを行う企業も登場しています。さらに、メンター(助言者)とメンティ(支援・助言を受ける人)を他企業同士で組み合わる「クロスメンタリング」を行う企業も出てきました。
社外メンター制の背景と仕組み、取り組み事例をご紹介します。
2023年6月に公表された「女性版骨太の方針2023」には、東京証券プライム市場の上場企業を対象に、女性役員比率の数値目標が設定されています。それは、2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努め、2030 年までに女性役員の比率を30%以上にするというものです。*1
男女共同参画は国の重要な方針であり、国際社会で共有されている規範でもあります。また、多様性が尊重される社会の実現や、 経済社会の持続的発展において不可欠な要素でもあります。
さらに、女性の参画を拡大することは企業価値を高めることにつながるという背景がそこにあります。
では、現状はどうでしょうか。
東洋経済新報社「会社四季報」によると、上場企業の女性の役員数は2012年から2022年の10年間で5.8倍に増加しているものの、役員に占める女性の割合は2022年7月末時点で9.1%にとどまっています(図1)。*2
出所)内閣府 男女共同参画局ホーム「男女共同参画に関するデータ集 上場企業の女性役員数の推移」
https://www.gender.go.jp/research/weekly_data/05.html
なお、OECDの調査によると、2022年、日本の女性役員の割合は15.5%と、上述の「会社四季報」による割合より高くなっていますが、そうであってとしても、諸外国の女性役員割合と比較すると、低い水準にとどまっています(図2)。*3
出所)内閣府 男女共同参画局「諸外国の女性役員割合」
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/pdf/yakuin_2.pdf
こうした状況の背景にはさまざまなものがありますが、その1つが女性の昇進意欲の低さです。
ある調査によると、女性活躍について課題を感じている企業は全体の38.8%で、そのうち「女性の昇進意欲がない」が42.4%と、もっとも大きな割合を占めています。*4
社員自身の管理職意向をみても、未婚期間では男性24.5%、女性14.0%に対して、既婚後は男性が「子なし期間」で33.6%、「末子が3歳以上未就学」時点で35.1%なのに対して、女性は「子なし期間」16.8%、「末子が3歳以上未就学」時点で14.6%です。
未婚時でも男性の方が管理職意向が高い上に、男性は既婚後さらに管理職意向が上がる一方で、女性は横ばいであるという状況が窺えます。
学生時代のリーダー役職経験はわずかに男性の方が多く女性の1.1倍ではあるものの、ほぼ
変わらないといってもいいでしょう。
しかし、管理職になる上での不安は女性の方が男性よりも強く、それが払拭されないままでは、たとえ管理職に登用されたとしても、管理職として働き続けられないリスクがあると指摘されています。
上述のような状況を打開するために、女性社員が抱えている悩みや課題に助言するメンター
を社外に求める取り組みが広がっています。
その動向を探ってみましょう。
経済産業省は、2022年度、「女性リーダー確保のためのクロスカンパニーメンタリングの実施環境整備に向けた課題調査事業」を実施しました。*5
この事業は欧米で効果がみられた、企業横断型のメンター制度を試行するもので、業種の異なる29社から役員や管理職のメンターと女性社員を集め、50人規模で実施しました。*6
当初は昇進を「望んでいる」「強く望んでいる」と答えた層は合わせて27%にとどまっていましたが、試行事業を終えた後は72%にまで上昇したということです。
また、昇進に自信を持つ層も2~3割から8~9割へと著しく増加しました。
参加したメンティからは、「社外のメンターだからこそ気兼ねなく話せた」「経営層の視点でモノを考えるようになった」といった声が上がりました。
また、メンターからも「相談できる人材や機会が女性に不足していることを感じた」といった、効果を実感する声が多かったといいます。
そこで経産省はこの試行事業の成果をもとに、多くの企業がクロスカンパニーメンタリングを実施できるよう、PLAYBOOK(マニュアル)を公表しました。*5, *7
経済産業省「クロスカンパニーメンタリング 実施に関する PLAYBOOK」
マニュアルには、「メンタリングとネットワーキングの相互作用で、昇進に向けた意欲向上を目指す」とあります。*7
内容は以下のように大きく3つに大別されています。
Mentor For社は、2018年から女性管理職育成に特化した社外メンターサービスを提供しています。*8, *9
同社は組織における女性管理職育成の大きな課題は「社内のロールモデル不在」であると捉え、多様な経験をもつロールモデル人材、たとえば不妊治療や子ども連れの海外赴任の経験者をプロフェッショナルな社外メンターとして育成し、1人ひとりの社員に合った社外メンターをマッチングしています。
「社外であれば、ロールモデルになる多様なメンターをみつけることができる」と同社の社長は話しています。
同社は社外メンターだけでなく、社内メンター制度や、組織横断型のクロスカンパニーメンタリングの導入・運用支援、女性を取り巻く(男性)管理職の意識改革トレーニングも手がけ、これまでの利用企業は84社に上ります。
メンターとメンティが他企業同士の組み合わせになる「クロスメンタリング」という先進的な取り組みを行っている企業もあります。*10
その取り組みをみていきましょう。
出光興産と東京海上日動は、両社からメンティとして部長クラスと課長クラスの女性役職者を8名ずつ、メンターとして執行役員などの経営幹部を8名(男性を含む)ずつ、計32名16組を選出し、双方の女性役職者と経営幹部がペアとなって、2023年6月から11月までの予定で集合研修やメンタリングを実施しています(図3)。
出所)出光興産株式会社「出光興産X東京海上日動「クロスメンタリング」キックオフを開催」(2023年6月14日)
https://www.idemitsu.com/jp/news/2023/230614.html
同年6月12日に開催したキックオフでは、事前研修を行った後、ペアリングの発表を行いました。
クロスメンタリングにはメンター、メンティ双方にとってさまざまなメリットがあると両社は考えています。
メンティ側は社内では話しにくい課題や悩みをより安心して自己開示し、状況を整理することで内省が進みます。
また、メンターから客観的なアドバイスや新しい視点を授かることで視野が広がり、それが昇進意欲向上や自律的なキャリア形成につながることが期待されます。
また、メンター側も女性役職者とのメンタリング(対話)を通じてジェンダーギャップ解消に積極的に関与することになり、多様な人材育成のヒントを得ることができます。それがより良い経営につながることも期待されます。
出光興産の目標は、クロスメンタリングの参画企業を拡大し、ジェンダーギャップ解消に向けたプラットフォームを構築することです。
女性管理職同士が業界を越え、ネットワーキングを通じて主体的に発信し学ぶ場を作り、後輩女性の育成を担うことによって、ジェンダーギャップ解消を実現しようとしているのです。
女性施策について、企業内には反対意見も多く存在するのが現実です。
ある調査によると、「登用や育成は実力によって行われるべきだ」が60.8%、「女性自身が望んでいないので登用は難しい」が53.4%、「女性を無理やり登用するのはおかしい」が49.6%と、女性施策に反対する声も決して少なくありません。*4
また、施策推進にあたっては、「男性/女性管理職層の抵抗」「経営層の承認」というハードルも存在します。
もちろん、すべての女性社員が一様に昇進意欲をもっているとは限りません。
一口に女性社員といってもライフステージや家庭環境はさまざまで、それぞれのキャリア観も多様でしょう。
ただ、女性社員の昇進意欲の低さは、女性がおかれている社会的な立場や環境の影響を受けているという側面もあります。
女性リーダーの育成は、企業に多くの利益をもたらす重要な取り組みです。ジェンダーギャップを埋めて組織の多様性を実現することは、組織の競争力を高めるだけでなく、社会的な責任を果たすことにもつながります。
そのような観点から、社外メンター制の動向に注視してはいかがでしょうか。