人事部の資料室

「理系5割」に向けた大学の大変革 その動向と支援策は社会をどう変える?

作成者: e-falcon|2023/12/17

日本の大学構造に変革が訪れつつあります。

2022年の「教育未来創造会議 第一次提言」では理系分野を専攻する学生の割合を35%から50%程度に増やすという目標を設定しました。
こうした取り組みの背景には、数年後にはIT人材が不足するという状況があります。
そこで国は3002億円の基金を創設し、理系学部・学科の新設・転換への支援を始めました。
一方、少子化の影響で経営が厳しく、生き残りをかけて理系シフトを進めている大学もあります。

文系の学生が多かったこれまでの大学構造に押し寄せる大変革の動向を探ります。

国による理系分野拡充の推進

現在、国はデジタル・AI・グリーン(脱炭素化など)分野などの成長分野の人材育成強化を推進しようとしています。
まずその目標と背景をみていきましょう。

目標

2022年、教育未来創造会議は「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について 教育未来創造会議 第一次提言」(以降、「第一次提言」)を公表し、その中で、自然科学(理系)分野を専攻する大学生の割合を現在の35%からOECD諸国で最も高い水準である50%程度に増やすという目標を掲げました。*1
そのために今後5~10年程度の期間に集中的に、意欲ある大学の主体性を生かした取り組みを推進するとしています。

その一環として、2023年には2031年度までの工程表が示され、具体的な取り組みが始まりました。*2

背景

国がこうした目標を設定した背景には以下のような状況があります。*1

  • デジタル人材の不足:2030年には先端IT人材が大幅に不足すると試算されている
  • グリーン人材の不足:2050カーボンニュートラル表明自治体のうち、約9割で外部人材の知見が必要である
  • 高等学校段階の理系離れ:高校で理系を選択する生徒は約2割にすぎない
  • 諸外国に比べて低い理工系の入学者:学部段階でOECD平均が27%なのに対して日本は17%、うち女性はOECD平均15%に対して日本は7%にとどまる

このうち、IT人材に関する予測をみてみましょう(図1)。*3

出所)経済産業省「IT人材需給に関する調査(概要)」(2019年4月)p.2
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/gaiyou.pdf


この図から、2030年にはIT人材が最大で79万人不足すると試算されていることがわかります。

国はこうした状況をふまえ、デジタル、人工知能、グリーン、農業、観光など科学技術や地域振興の成長分野をけん引する高度専門人材の育成を推進しようとしているのです。*1

基金創設

こうした取り組みの一環として国は2022年、令和4年度第2次補正予算額として3,002億円を計上し、「成長分野をけん引する大学・高専の機能強化に向けた基金」を創設しました。*4

目的

この基金の目的は、デジタル・グリーンなどの成長分野をけん引する高度専門人材の育成に向けて、大学・高専が成長分野への学部転換などをする際の支援をすることです。

具体的には、学部または大学院を置く大学、高等専門学校の設置者、大学または高等専門学校を設置しようとするものに対し、デジタル・グリーンなどの学部設置に必要な資金に充てるための助成金を交付します。*5

支援内容

支援は以下の2種類です。*4, *5

<学部再編等による特定成長分野への転換等に係る支援(支援1)>
支援対象:私立・公立の大学の学部・学科 *理工農の学位分野が対象 
支援内容:学部再編の検討・準備段階から完成年度までに必要な経費
定率補助金額:20億円程度まで、原則8年以内、最長10年
支援受付期間:2032度まで

<高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援(支援2)>
支援対象:国公私立の大学・高専  *情報系分野が対象で、大学院段階の取り組みが必須 
支援内容:大学の学部・研究科の定員増などに伴う体制強化、高専の学科・コースの新設・拡充に必要な経費 
定額補助:10億円程度まで、最長10年支援  *ハイレベル枠(規模や質の観点から極めて効果が見込まれる)は20億円程度まで支援  
受付期間:2025年度まで

支援スキーム

基金による助成金事業は同事業の実施機関である「独立行政法人大学改革支援・学位授与機構」を介し、以下の図2のようなスキームによって実施されています。*6

出所)文部科学省「助成業務の実施スキーム」
https://www.mext.go.jp/content/20230320-mxt_senmon01-000027827_1.pdf

初回の公募での選定

助成金の初回公募は2023年4月18日~5月24日に受け付けられ、実施機関に置かれた外部有識者による委員会が審査し、計118件を選定しました。*7

上述の支援1で選定されたのは67件(公立大学13件、私立大学54件)、支援2は51件(国立大学37件、公立大学4件、私立大学5件、高専5件)でした。
このうち最大10億円が上乗せされる支援2のハイレベル枠には、北海道大学、筑波大学、滋賀大学、神戸大学、広島大学、九州大学、熊本大学の国立大学7校が選ばれています。

選定された大学には私立の女子大も何校か含まれています。
たとえば、大妻女子大学はデータサイエンス学部を、椙山女学園大学は情報社会学部を創設します。

生き残りをかけた大学

一方、大学も深刻な問題を抱えています。

少子化の影響

少子化が進行する中で、大学進学者数は2022年の約64万人をピークに、進学率の伸びを加味しても2040年は約51万人、2050年までの10年間は50万人前後で推移すると推計されています。*8

2023年9月に開催された第137回中央教育審議会では「急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について」、委員による審議が行われました。その中で、今後は学部構成や教育課程の見直し、再編・統合などを促進することが提言されています。

定員割れ

私立大学では、入学者が定員を下回る「定員割れ」が進行しています。

日本私立学校振興・共済事業団によると、私立大学の定員割れは前年度から37校増加して320校となり、大学全体に占める未充足校の割合は6.0%上昇して、53.3%に上っています(図3)。*9

出所)日本私立学校振興・共済事業団「令和5(2023)年度 私立大学・短期大学等入学志願動向」p.3
https://www.shigaku.go.jp/files/shigandoukouR5.pdf


図3をみると、定員充足率が50%以下の私立大学も29校あります。

特に私立女子大学は2020年度、7割が定員割れという深刻な状況です。*10
さらに、上述のように、理系分野を専攻する女子学生が少ないこともかねてから問題になっていました。

こうした状況から、大学は生き残りをかけ、国が推進する理系分野拡充という方向性に歩調を合わせているのです。

今後の展望

以上のような状況をみるかぎり、今後は高等教育における理系分野拡充が進んでいくものと思われます。
では、これまで文系の学生が多かった日本の大学構造はどのように変わっていくのでしょうか。

国は理系分野の拡充を図る一方で、文理横断教育の推進も掲げています。*1
文理横断による総合知の創出、STEAM教育の強化という方向性を打ち出しており、その一環として、入試問題科目を見直すと公表しています。

こうした中、必ずしも直接、またすぐに産業に結びつくとはいえない文系分野の存在意義がどう捉えられ、どのような位置づけになっていくのかに注目する必要があります。

また、高等教育における理系分野の拡充が、国の計画どおり、成長分野で必要とされている人材輩出に実際につながるのか、産業構造も見据えた状況把握や検討も必要でしょう。

いずれにせよ、現在、日本の大学には構造的な変革が訪れようとしています。
企業の構造や人事にも大きな影響を与え得るこの動向から目が離せません。