「人生100年」と言われ長く働き続けることが前提になりつつある今、「リスキリング」が注目されています。
直訳すれば「スキルを身につけ直す」ということですが、日本だけでなく世界でも急務になっています。
世界経済フォーラムは、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」という目標を打ち出しています。
全世界で注目されている「リスキリング」ですが、その背景にあるのは、ビジネススタイルの急激な変化です。
世界経済フォーラムは2018年から3年連続で「リスキル革命」と銘打ったセッションを実施しています。
ICTやAI、ビッグデータ技術が普及する中で世界は「第4次産業革命」に突入しました。そして世界経済フォーラムは、
「第4次産業革命により、数年で8000万件の仕事が消失する一方で9700万件の新たな仕事が生まれる」
と試算しています*1。
ロボットやAIに取って代わられ消失する仕事もあれば、第4次産業革命の中核とも言えるICT、AI、データ技術やそれを使ったビジネスに携わる新しい仕事が生まれる、ということです。
そして、この変化に対応するために、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」という目標を掲げたのです。
日本語で「学び直し」と言ってしまえばリスキリングもリカレント教育も似たようなものだと捉えられがちですが、両者には違いがあります。
リカレント教育とは、総務省の情報通信白書(平成30年度版)によれば、
リカレント教育は、就職してからも、生涯にわたって教育と他の諸活動(労働,余暇など)を交互に行なうといった概念である。1970年に経済協力開発機構(OECD)が公式に採用し、1973年に「リカレント教育 -生涯学習のための戦略-」報告書が公表されたことで国際的に広く認知された。
<引用:総務省「平成30年版 情報通信白書」>
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd145320.html
とされています。
いわゆる「生涯学習」、会社に勤めながらも仕事だけでなく趣味や余暇に関する勉強を続けていき、人生を充実させるといった意味合いを持つのがリカレント教育です。会社の外でも役立つ学習を含みます。個人が自分の関心ごとに基づいてさまざまなことを学ぶ行為もまた「リカレント教育」に入ります。
一方でリスキリングは、これまで仕事で身につけた「スキル」ではなく、DX時代の担い手になれる新しいスキルを身につけていくという考え方です。
経済産業省の資料では、
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
<引用:経済産業省資料「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」>
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf p6
と表現されています。
労働以外の時間にも役に立つことを含めた学習内容が「リカレント教育」であるのに対し、「リスキリング」は今あるビジネスの変化に追いつき追い抜き、業績や価値を生み出し続けるための学習という違いがあるのです。具体的にはDXに対応したスキルを身につけることです。
じつは、日米の間ではこの「DX人材」の確保の様子が大きく違います。
情報通信推進機構が公表した「DX白書2021」は、DXの現状について日米比較を軸にしたレポートです。
まず、今後DXによる事業変革を担う人材の量や質について、日米では下のような差が出ています(図1)。
(出所:情報処理推進機構「DX白書2021 エグゼクティブサマリー」)
https://www.ipa.go.jp/files/000093705.pdf p7
DX人材として確保できている量・質ともに、日本とアメリカでは大きな差が出ていることがわかります。
これには、企業としてのDXの進行度合いが深く関係していると筆者は考えています。DXの実施度合いについては、日米で下のような大きな差が出ているからです(図2)。
(出所:情報処理推進機構「DX白書2021 エグゼクティブサマリー」)
https://www.ipa.go.jp/files/000093705.pdf p1
DXへの取り組みの進み具合と、人材確保の様子に大きな関連が見てとれます。
「会社戦略」としてDXに取り組んでいる企業の割合が高いアメリカでは、そのぶん人材確保も日本に比べればできている状況です。
アメリカでのリスキリングの先駆者と言われるのが、通信大手のAT&Tです。
AT&Tは2008年の時点で、すでに「25万人の従業員のうち、未来の事業に必要なスキルを持つ人は半数に過ぎず、約10万人は10年後には存在しないであろうハードウェア関連の仕事のスキルしか持っていない」という事実を把握していました*2。
そこで2013年にリスキリングのイニシアチブをスタートさせ、2020年までになんと10億円という巨額を投じ、10万人のリスキリングを実行しています。
そして、リスキリングプログラムに参加した従業員は、そうでない従業員に比べ
・1.1倍の高い評価
・1.3倍多い表彰
・1.7倍の昇進
・1.6倍の低い離職率
を実現しています。
また、アマゾンでは非技術系人材を技術職に移行させるなど、1人あたり約75万円の投資をし、従業員10万人をリスキリングすると発表しています*3。
日本でも大手商社が文系社員向けのデジタル研修を実施していたり、営業社員にデータ分析の研修を始める保険会社もあります*4。
営業部員が客先で事故や災害の分析データを販売できる仕組みを整えるためです。
規模の面ではまだアメリカに及びませんが、日本でもこのように少しずつ企業の取り組みが見えてきている状況です。
ただ、リスキリングに関しては注意点もあります。
まず、リスキリング=プログラミングを学ぶ、ということに限定されるわけではありませんし、デジタル技術の「使い道」を考えられる人材を育てることは重要です。
とはいえ、実際に扱えなければ意味がありませんから、デジタルについての「なんとなくの知識」があれば良い、というだけでも不十分です。
また、リスキリングはこれまでの業務の延長にあるわけではありません。自分の強みを生かす、というのとは少し異なります。
これまでになかった仕事を生み出す人材、DXの過程の中で「いまこういう人が足りない」という部分を補える人材育成を目指さなければなりません。
なによりも、DXに全社戦略が必要な通り、リスキリングもまた全社戦略によるものでなければなりません。
企業活動のDX化に紐づけられた人材育成の方針があってはじめて、リスキリングも効力を持つのです。