人事部の資料室

転職に役立つだけではない「ポータブルスキル」 種類や鍛え方をチェックしよう

作成者: e-falcon|2023/02/21

「ポータブルスキル」とは、業種や職種が変わっても持ち運びができるスキルのことで、最近その重要性が認識されるようになってきました。

現在では異業種間の転職は珍しいも
のではありませんが、ポータブルスキルは転職の際に役立つだけではありません。 

社内研修に力を入れている企業の中には、ポータブルスキルを人材育成の根幹として重要視しているところもあります。

そうした先駆的な事例にも触れながら、ポータブルスキルのもたらす可能性についてみていきたいと思います。

異業種間の転職状況

ポータブルスキルが注目されている背景の1つに異業種間の転職が挙げられます。
まず、労働経済白書から、その状況をみていきましょう。

図1は、同業種・異業種間の転職の状況を表しています。*1:p.141

厚生労働省「令和3年版 労働経済の分析(労働経済白書)>第I部 労働経済の推移と特徴>第5章  第2節  産業別の状況(第1-(5)-53図)」p.141
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/20/dl/20-1-1-5_02.pdf


図1に挙げられているのは転職が多い主な10産業で、(1)は同業種・異業種からの転職者の割合(2013年から2019年までの平均)を表しています。

(1)をみると、異業種からの転職者の割合が比較的低いのは、「医療、福祉」(39.6%)、「製造業」(49.7%)、「宿泊業、飲食サービス業」(50.8%)となっています。
一方、異業種からの転職者の割合が高いのは、「サービス業(他に分類されないもの)」(73.1%)、「生活関連サービス業、娯楽業」(72.6%)、「運輸業、郵便業」(61.4%)となっています。

図1(2)は、2019年から2020年にかけての変化です。
異業種からの転職者は、「製造業」が6万人と大きく減少し、「運輸業、郵便業」と「サービス業(他に分類されないもの)」でも各3万人減少しています。
一方、「生活関連サービス業、娯楽業」では2万人、増加しています。

2020年はコロナ禍の影響からか、過去1年以内に離職した人のうち失業者や非労働力人口となる人が増加し、全体的には転職の動きが鈍っています。*1:p.139
しかし、こうした状況下でも、異業種からの転職者は、多い産業では70%以上、少ない産業でも30%台と、決して珍しくないことがわかります。

ポータブルスキルとは

厚生労働省は「ポータブルスキルとは、職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキルのこと」と定義しています。*2

厚生労働省では、ポータブルスキルを「仕事のし方(対課題)」と「人との関わり方(対人)」の2つの要素に大別しています。
「仕事のし方」は仕事における前工程から後工程のどこが得意かに関わるもので、「人との関わり方」はマネジメントだけでなく、経営層や、上司、顧客など全方向の対人スキルです。

これらのスキルをより細かく分類したのが、以下の9要素です(表1)。

出典:厚生労働省「ポータブルスキル見える化ツール(職業能力診断ツール)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23112.html


厚生労働省は、こうしたポータブルスキルをホワイトカラー職種のミドルシニア層の求職(転職)支援に活用することを想定して、キャリアコンサルタントなどの支援者向けのツールやそのマニュアルなどを提供しています。

ただし、ポータブルスキルの要素は目的によっても異なります。
次に、社員研修で活用されている例をみていきましょう。

ポータブルスキルを根幹にした社員研修

KDDIの人事部門から独立して設立されたKDDIラーニング株式会社は、KDDIグループの100%子会社で、同グループを対象とする人材育成・教育支援の研修を企画しています。*3
同社のポータブルスキルを根幹とした研修を事例としてご紹介します。

ポータブルスキルの重要性

同社の教育研修事業では学習管理システムを通じたEラーニングやソーシャルラーニング、リモート研修などを提供しています。*3

教育研修事業では、自身のキャリアを考えるキャリアプログラムや組織の活性化を推進するための組織活性化プログラムなどとともに、ビジネスを実行していく上でベースとなるポータブルスキルの研修に重点を置いています。

同社の代表取締役の松野茂樹氏は、「ポータブルスキルが人材育成の根幹であり、ときにはデジタルスキル以上に重要だ」と分析しています。

なぜなら、現在はビジネスの在り方が大きく変わろうとしているため、今後はこれまで規範とされてきたロールモデルの多くが通用しなくなると推測されるからです。
目まぐるしく変化するビジネス環境に順応していくためには、事業者も常に変化していかなければなりませんが、その推進力となるのがポータブルスキルです。

そこで同社は、Eラーニングを活用した知識のインプットによって定期的にデジタルスキルを更新しながら、DX基礎や課題解決、コミュニケーションといったポータブルスキル獲得に向けた研修を積極的に提案し、段階的に思考力を高めようとしているのです。

では、その研修とはどのようなものなのでしょうか。

研修制度に組み込まれたポータブルスキル

KDDIでは入社後、新卒採用入社者向けに4種類、キャリア採用(中途採用)入社者向けに2種類の共通研修を用意しています。

この他にも選択制で受講できるポータブルスキル研修のうち「コアスキル研修」は計45種類、「DXスキル研修」は計18種類の研修テーマが用意されています。

図2は同社の研修制度の概要です。*4

出典:KDDI「KDDIの福利厚生でよく聞かれる質問10選。採用担当がお答えします!」
https://career.kddi.com/andkddi/category/recruitment/22072502.html


図の中央の赤点線に囲まれた領域のうち、「DX基礎スキル研修(全社員向け)」と、「コアスキル研修」がポータブルスキル研修にあたります。

このうち、「コアスキル研修」は、入社年次に関係なく、自身が伸ばしたいスキルを自身で選択して研修に参加できます。

ラーニングプラットフォーム「KDDI DX University」

KDDIは2020年に「KDDI DX University」(以降、「KDU」)を設立しました。*5

KDUは、同社のコア事業となるDX事業と社内DXの推進に向けて、「DX」に特化したクオリティの高い研修体系でDX人財を育成するラーニングプラットフォームです。
KDUで育てようとしているのは、データをベースにビジネスデザインを行い、さまざまな関係者を巻き込んで新たな事業開発や社内改革を推進していく能力をもった社員です。

研修は大きく4段階に分かれていますが、ポータブルスキル研修に当たるのは、Basicの「DX基礎研修」「コアスキル集中研修」です。

出典:KDDI「求む!未来のDX人財 「KDDI DX University」を設立したKDDIのDXに懸ける本気度」
https://career.kddi.com/andkddi/category/culture/21101403.html


コースには2種類あり、一般受講コースは半年間、業務時間の約2割をベーシックレベルの研修に充てます。その後は本人の業務やキャリアに合わせて、より専門的な研修を受けるアドバンスレベルへと進み、さらに半年間の研修を受けます。 

注力育成コースは、2カ月間は業務から離れて集中的にDXに関する知識などを習得し、その後は全社横断のDX案件プロジェクトに参加して約7か月間OJT期間として経験を積み、本配属されるというものです。 

2020年の受講者数は、一般受講コース約260名、注力育成コース20名でした。

ポータブルスキル研修のカリキュラム

ポータブルスキル研修に当たる基礎研修は、事前テストの結果によって、e-ラーニングを受講した後にワークショップスタイルの講義でスキルの演習を行うなど、それぞれの受講者のレベルに合わせた柔軟なプログラム設計がなされています。*5

Basic(ポータブルスキル研修)は、以下のようなカリキュラムになっています。

出典:KDDI「求む!未来のDX人財 「KDDI DX University」を設立したKDDIのDXに懸ける本気度」
https://career.kddi.com/andkddi/category/culture/21101403.html

この中のビジネススキルには、以下のようなものが含まれています。

  • ロジカルシンキング
  • クリティカルシンキング
  • レポーティング
  • リサーチ
  • ヒアリング
  • プロジェクトマネジメント
  • プレゼンテーション
  • ファシリテーション

また、DXスキルとしては以下の3項目が挙げられています。

  • DX企画立案
  • データ分析の基礎
  • アジャイルワーク(長期間かかるプロジェクトを小さく分割して、開発とリリースを反復して短時間で効率的に業務が進める働き方)

このようなカリキュラムは同社のコア事業であるDX事業を中心にデザインされたものなので、厚生労働省が示している表1にはない、DXスキルが重要なスキルとして位置づけられています。

個人と企業のポテンシャルをともに高める

以上みてきたように、ポータブルスキルといっても、厚生労働省が示しているものとKDUが設定しているものとは、重なりもあれば、異なる部分もありますが、いずれも汎用性の高いスキルといえるでしょう。

最後に個人の事例をご紹介します。*6

東京都内の女性(27)は約3年務めたIT企業ではマーケティング担当の管理職でしたが
「若い組織の中でこれ以上成長できるのか、社会の役に立てているのか」
と疑問を感じていました。
そこで、コロナ禍で大変な思いをしている医療従事者の役に立ちたいと、医療機関の経営を支援するベンチャー企業に転職しました。

現在の仕事は、取引先の医療機関が看護師を採用する際のサポートで、採用条件や提示する待遇などを医療機関の担当者と調整します。
医療や人事の仕事は未経験ですが、IT化が進んでいない医療業界では前職で培ったスキルが活かせています。

次の事例は、2020年秋、コロナ禍で業績が悪化した航空会社から大手保険会社に転職した横浜市内の女性(28)です。
前職では空港の国際線カウンターで、乗客の荷物を預かる業務などを担当していました。顧客に対する丁寧な接客で培ったスキルを活かし、現在は営業を担当。保険契約の成績がよく、表彰されたこともあるといいます。

筆者自身、さまざまな業種・職種で複業していますが、それぞれの仕事で培ったポータブルスキルが、異業種の仕事に互いに活かせているという実感があります。
例えば、大学でのアカデミックリテラシーを指導する仕事や研究を通じて、さまざまなポータブルスキルが身につき、それらは現在のライター、編集者としての仕事にも大いに役立っています。

このように、異業種でも活かせるポータブルスキルは、異なる産業・職業へのキャリアチェンジや複業・副業に役立ちますし、逆に複業・副業がポータブルスキルの習得に役立つという側面もあります。

また、KDDIの事例でもみたように、社内の研修に組み込めば、社員の能力が高まり、それが自社の力ともなります。

ポータブルスキルは、個人のポテンシャルを高めるとともに、企業の成長にもつながる貴重なスキルなのです。