日本は現在、15歳以下の子どもの数をペット(犬・猫)の数が上回り、その関係性も深まっています。猫の飼い主に「生活に喜びを与えてくれる」存在を尋ねたところ、1位が「ペット」で、「家族」はその次だったという調査結果もあります。
このようにペットの家族化が進んでいる現在、ペットに関する福利厚生に配慮する民間企業も出てきました。それはどのようなものでしょうか。
先進事例をご紹介し、その意義を考えます。
ペットフード協会の調査によると、2022年の犬の飼育頭数は約705.3万頭、猫の飼育頭数は約883.7万頭で、犬と猫を合わせると1,589万頭に上ります。*1: p.18, p.19
一方、総務省の人口推計によると、15歳未満の子どもの数は1,465万人(2022年4月1日現在)。*2:p.2
したがって、犬と猫だけに限っても、ペットの数は子どもの数を超えているのです。
数だけではなく、その関係性も濃密です。
ペットフード協会の実態調査によると、「生活に最も喜びを与えてくれること(存在)」として、犬飼育者が最も多く挙げたのが「家族」、次いで「ペット」、猫飼育者は「ペット」、「家族」の順でした(表1)。*3:p.50
出典:一般社団法人 ペットフード協会「令和3年 全国犬猫飼育実態調査 結果>2021年トピックス: ペットと飼い主の関係性」p.50
https://petfood.or.jp/data/chart2021/5.pdf
こうした傾向は、特に40~50代の飼育者、単身の人、未婚親同居者で顕著でした(図1)。*3:p.51
出典:一般社団法人 ペットフード協会「令和3年 全国犬猫飼育実態調査 結果>2021年トピックス: ペットと飼い主の関係性」p.51
https://petfood.or.jp/data/chart2021/5.pdf
ペットは飼育者やその家族にさまざまな効用を与えてくれる存在でもあります。
犬をペットにしている人は、子どもへの良い影響として「家族の絆が強まった、毎日の生活が楽しくなった、気持ちが明るくなった」を挙げています。 両親に対する影響としては、「人と会話をする量が増えた」、男性60代以上や女性40代以上では自身の「運動量が増えた」の割合が高くなっています。*4:p.51
猫をペットにしている人は、子供への良い影響として「気持ちが明るくなった」を挙げた人が多く、30代の男性は自身への効用として、「気持ちが明るくなった、ストレスを抱えないようになった」と答えている人の割合が高くなっています。
このような調査結果から、ペットは「心のよりどころ」であり、さまざまな効用をもたらしてくれる大切な存在であることが窺えます。
ちなみに欧米では、「家族」として人とより密接な結びつきがあり、正しい躾とマナー、獣医学的なケアをうけている犬・猫・ウサギを「コンパニオン・アニマル(伴侶動物)」と呼ぶのが一般的です。*5:p.14
ペット関連の福利厚生が進む欧米では、ペット同伴の出勤も珍しいことではありません。
例えば、イギリスの小動物保護団体「ブルークロス(Blue Cross)」が行った「ビッグ ペット センサス(The big pet census:ペットの大規模調査)」の結果によると、犬の飼い主の16%がペットを連れて出勤しています。*6, *7
日本の民間企業の中にも、家族としてのペットに配慮した福利厚生を導入する企業が出てきました。
国内外の取り組み事例をみていきましょう。
Amazon社が設立して間もないころ、ある夫婦がウェルシュ・コーギーを職場に連れてきました。それ以来、アメリカの同社では、社員が犬を連れて出勤するのが伝統になっており、全米の同社オフィスには、社員に連れられてきた数千頭の犬がいます。*8
同社には 「Woof Pack (狼の群れ)」というチームがあり、社員の犬同伴勤務をサポートしています。
各オフィスの受付には犬のおやつが置いてあり、本社ビルの17階には、犬が走り回れるように犬専用のデッキがあります。
同社は2019年に、社員や地域の犬が楽しめるように、犬が遊べる岩などを設置したコミュニティ・オフリーシュ・ドッグパークをオープンしました。
「Woof Pack」のマネジャーは、「職場に犬がいることで、思いがけないつながりが生まれます。毎日、ロビーやエレベーターで、犬をきっかけに社員同士が知り合うのです」と述べています。
職場でペットを飼うことは、ストレスを軽減し、士気を高めるだけでなく、犬との共生が企業文化の発展に寄与していると、同社のウェブサイトには書かれています。
では、アマゾンジャパンはどうでしょうか。
同社には「年次有給休暇」の他に、自己または家族の傷病、看護など、自己または家族のために休むことがやむを得ない場合に取得できる「パーソナル休暇」(有給)がありますが、その「家族」にはペットも含まれています。*9
日本ヒルズ・コルゲート株式会社は、最新の小動物臨床栄養学をもとに開発されたドッグフードや キャットフードなどを販売する外資系企業です。*10:pp.22-23
同社が導入しているのは、「ペット忌引き休暇」。社員が飼っているペットが亡くなると、休暇が1日与えられます。
ペットは家族の一員だという認識をもつ同社のこの制度は、当時の社長の提案で2005年に始まりました。
この制度では、申請書にペットの名前や種類を記入し写真を添付して、扶養家族として犬と猫のペットを登録します。この「扶養ペット登録」によって、人事部は社員の家族と同様に扶養ペットを把握します。
「扶養ペット登録」をした社員には一時金とペットフードが支給されます。
ペットが亡くなった場合は社員が人事部に「ペット弔事届」を提出しますが、この届け出は休暇取得後でもよいことになっています。
「ペット弔事届」が提出されると、休暇とともに弔意金が支給され、希望に応じて社長からの弔電が届けられます。
こうしたシステムは人間の家族の場合に準じて設定・運用されています。
ペットフードを扱う同社は半数以上の社員がペットを飼っています。しかし、「ペット忌引き休暇」ができる前は、多くの社員がペットのことで休むのをためらっていました。もし年次有給休暇を取るとしたら、仕事が忙しい場合には心苦しく感じるかもしれません。
この制度を利用した社員のひとりは、この制度のおかげで気兼ねなく休みを取ることができ、お葬式を行うことができたことに感謝していると述べています。
同社は、人材こそが財産であり、社内環境を大切にしてこそ質の高い企業経営が実現するという理念から、 「Best Place to Work」を目指しています。
時差出勤や短時間勤務にも積極的に取り組み、女性社員の育児休暇取得率もほぼ100%で、出産によって辞める女性社員はほとんどいません。
ペット忌引き休暇やペット扶養手当は社員のウェルビーイングを目指した、幅広い福利厚生の一環なのです。
休暇で会社の理念を示し、社員のニーズにあった休暇を導入する―同社の離職率が低いのは、こうした取り組みと無関係ではないでしょう。
同社の人事本部長は「ペット忌引き休暇」によって「Best Place to Work」という目標に近づくことができたのではないかと述べています。
次にご紹介するのは、システム開発を基盤とする企業、海外メディアでも「猫とはたらく企業」として注目されているファーレイ株式会社の取り組みです。*11
猫を飼うことを奨励している同社では、社員の半数以上が猫を飼っており、「猫手当」が支給されています。また、猫同伴出勤も奨励されています。
転職を対象としたIT企業として人気が高いのは、「猫とはたらく」ユニークな社風とそれに伴う「猫手当て」や「猫同伴出勤」などの手厚い福利厚生が評価されたためだと、同社は考えています。*12
猫の飼育に力を注ぐ目的は、シンプルに「猫助け」。猫を飼う人を増やし、野良猫となって殺処分される猫を減らすことです。*11
豊かな社会のためには動植物や自然、環境にも真っ向から取り組む必要があると同社は考えています。
その手始めに、恵まれない猫たちを助けているのです。
現在は企業の社会的責任(CSR)に対する関心が高まり、企業としてCSRを果たしていくことが世界的な潮流となってきました。*13:p.4
企業の業績や利益だけでなく、社会性や倫理性も評価され、それが企業価値につながります。
同社の取り組みは、CSRとしても意義のあるものといえるでしょう。
これまでご紹介した事例からみえてくることは何でしょうか。
それは第一義的には社員のウェルビーイングに配慮した取り組みですが、それが社員のエンゲージメントを高め、社員にとって働きやすく働きがいのある職場の実現につながることが期待できます。
それがさらに、人材の確保や離職の防止策としても有益に機能している可能性があります。
また、取り組み方によっては、社員の福利厚生に留まらず、CSRとして企業価値を高める可能性があることも示唆されています。
「ペットは家族」という現在、ペットに配慮した福利厚生は、時流に合った取り組みといえるでしょう。まずは実現できそうな方向性を考えてみるのはいかがでしょうか。