「優れた採用は優れたマッチング」 ネットフリックスの人材戦略を支える5つのポイントとは
ネットフリックスの社員は「Aプレーヤー」ばかりだといわれています。しかし、同社の元最高人材責任者は、格付けを思わせる「Aプレーヤー」という言葉が大嫌いだと述べています。
では、彼女はどのようにして「優秀な人材」を採用していたのでしょうか。
彼女の説く人材採用のポイントをみていきましょう。
優れた採用活動とは優れたマッチング
1998年から2012年までの14年間、ネットフリックスで最高人材責任者(CTO:Chief Talent Officer)を務めたパティ・マッコード氏は、さまざまな人事担当者からいつも次のように聞かれていたといいます。*1:p.5
「ネットフリックスはどうやってAプレーヤーばかり雇うことができたのですか」
しかし、マッコード氏は、「Aプレーヤー」という言葉が本当に嫌いだと述べています。なぜなら、この言葉は、「あるポジションに誰が最も適任かを決める格付けシステム」を思わせるからだというのです。
実際に、ネットフリックスでは力を発揮できないまま辞めた人も、別の仕事では実力を発揮した例がたくさんある。本当は、あらゆるタイプの人が仕事で成果を出す可能性があると彼女は述べています。
では、採用において何が大切なのでしょうか。
それは優れたマッチングだと彼女は断言します。
優れたマッチングにつながる5つのポイント
マッコード氏が提唱する「人材採用を成功させるための5つのポイント」をみていきましょう。
経歴や履歴書に隠れた部分を見極める
彼女は「水面に隠された部分を見極める」ことの大切さに関して、次のようなことを書いています。*1:pp.7-9
あるとき彼女はインターネット関連企業の、あるグループから相当数の人員を採用しようとしました。ネットフリックスが必要とする技術業務を行っていたからです。
ところが、ネットフリックスの方がその企業よりずっと魅力的な職場のはずなのに、なぜか声をかけた全員がそのグループに留まることを希望しました。
その理由を尋ねると、彼らはこう言ったというのです。
「すごい上司がいるんです。あんなに優れたコミュニケータは知りません。彼の下を去るなんて考えられません」
そこで、マッコード氏はその上司であるクリスチャン・カイザー氏と面接することにしました。
カイザー氏はそのグループで25人のプログラマーを束ねていましたが、実際に会ってみると、想像した人物とは違っていました。
ドイツ訛りが激しく、しかも口ごもりながら話しますし、明らかに神経質で、話し合いは難航しました。
ところが、担当している技術業務を簡単なことばで説明するよう依頼すると、彼は打って変わって実に素晴らしい説明をします。
そこでマッコード氏は、彼が「複雑な事象をわかりやすく伝えることに長けた人」だと気づき、カイザー氏を雇いました。
カイザー氏はチームビルダーとして大活躍をしているということです。
このように、見かけや印象、経歴とその人の能力が合致しているとは限りません。したがって、人材やその履歴書の調査方法には工夫が必要です。
たとえば、ネットフリックスの技術系人材の担当者の中で最も優秀だったべサニー・ブロドスキー氏は、候補者の経歴よりも問題解決に対するアプローチの方が重要だということを心得ていました。
彼女は、優秀なデータサイエンス担当者に共通している特徴を見抜こうと努め、獲得したい人材は音楽への関心が高いことをつきとめます。
それ以来、彼女の採用チームは、音楽好きの人を探すようになりました。音楽好きは、データ分析にとって重要なスキルである、右脳と左脳の切り替えが得意だということがわかっていたからです。
採用のあらゆる段階でマネジャーを関わらせる
次のポイントは、ハイアリング・マネジャー(人材を採用しようとしている部門のマネジャー)を採用に関わらせることです。*1:pp.10-11
ネットフリックスの事業は技術的な性格が強いため、マネジャーは会社の採用アプローチやその実行方法を理解し、その採用プロセスに深く関与する必要があります。こうしたマネジャーの関与はすべての企業に求められるとマッコード氏は指摘しています。
ネットフリックスの採用担当者チームは、ハイアリング・マネジャーの1人ひとりに応じた資料を作り、面接には即興で臨むのではなく、計画を立てるようコーチングしていました。
採用のプロセスでは、マッコード氏も助言しましたが、最終的な意思決定はマネジャーが下していました。それは、チームのパフォーマンスに対する責任がマネジャーにあるからです。
社内の採用担当者を真のビジネスパートナーとして扱う
ハイアリング・マネジャーは、採用担当者をビジネス構築に欠かせない貢献者とみなし、ビジネスパートナーとして処遇しなければならないとマッコード氏は主張します。*1:pp.12-13
そのために、あるとき彼女はエグゼクティブ(上級マネジャー)に圧力をかけました。
優秀な採用担当者の1人が、エグゼクティブに電話やメール、履歴書を送っても無視されたからです。
それで、マッコード氏はその採用担当者を別の部署に配属することにし、その旨を書いたメールをエグゼクティブに送りました。
すると彼はすぐに飛んできて、猛抗議しました。
そこでマッコード氏は、こう言い放ちました。
「彼女は優れたパートナーです。あなたの役に立てるはずなのですが、そちらが必要ないと言うなら、それはそれで結構」
チームを成長させるには彼女が必要だと気づいた彼は、それ以来、態度を変え、その採用担当者に敬意を示すようになりました。
マネジャーが採用担当者を対等のビジネスパーソンとして扱わないことがあります。
マッコード氏は、人事部門の運営には、人事の専門家ではなくビジネスパーソンを雇うようにアドバイスすることが多いといいます。
なぜなら、他の部門長と同様、人事部門の責任者は、会社のビジネスの詳細や収益構造、顧客、将来の戦略を理解している必要があるからです。
常に採用について意識する
採用は重要なので、ネットフリックスのハイアリング・マネジャーはどんな会議よりも採用面接を優先します。面接があるときだけ、幹部会の欠席が認められていました。*1:pp.14-15
候補者はどこにいるかわかりません。
特に面接などの採用プロセスでは、会社に対する強烈な第一印象が刻まれます。
そこで、ネットフリックスには次のような厳格なルールがありました。
面接の順番を1人で待っているとおぼしき見知らぬ人を見かけたら、立ち止まってこう声をかけるのです。
「こんにちは、〇〇といいます。面接ですか。スケジュールを見て、面接官を確認して差し上げましょう」
社員が候補者を評価するのと同じように、候補者も社員を評価していますが、社員はそのことを忘れがちです。
ネットフリックスの目標は、面接を終えた全員が、「この会社で働きたい」と感じることでした。
「すごい経験をさせてもらったなあ。効率的、効果的で、時間厳守。質問も鋭かったし、みんな頭が切れた。敬意をもって対応してもらった」と。
採用する人員を決めたら、できるだけ素早く行動します。
経営幹部や報酬・人事部門の上層部には上げず、マッコード氏のチームとハイアリング・マネジャーが協力して、報酬や肩書などの細部を効率的に詰めました。
スピードと効率を重視すれば、他の一流企業と面接中の候補者を獲得できることも多いとマッコード氏は述べています。
その人材にふさわしい報酬を用意する
最後のポイントは報酬です。
優秀な人材を惹きつけるためには、魅力的な報酬が必要です。pp.15-18
では、その人にふさわしい報酬とはどのようなものでしょうか。
一般的な報酬制度は時代に追いついていないことが多いとマッコード氏は指摘します。
そのベースになっているのは、従業員が将来的に産む付加価値ではなく、彼らが産み出したものの過去の価値です。
現在の市場ニーズや給与調査によって、その人員が将来的にもたらすメリットを計算することはできません。他社の現在の報酬に基づいた綿密な計算はやめた方がいいというのが、彼女の主張です。
彼女が重点を置くのは、そうした次元の違うものを比べることではなく、今後期待するパフォーマンスや目指す未来に対してどれだけ支払う用意があるのか、です。
彼女はこんな経験を明かしています。
あるとき、グーグルが社内のスタッフに、ネットフリックスで提供している報酬の2倍近い額を提示しました。
非常に優秀な社員だったので、彼の上司はこれに対抗し得る額を提案したがりました。
しかし、マッコード氏はそれに承服できず、激しいやりとりをしました。
「グーグルがみんなの給料を決めるべきではない」と。
しかし、ある朝、こう考えたといいます。
グーグルが彼をほしがるのは、当然だ。彼は極めて価値の高い技術に取り組んでいて、その専門知識の高さは世界でも並ぶ者がほとんどいない。
彼は、ネットフリックスで働くことで、全く新しい市場価値を獲得したのだ。
そこで、マッコード氏は思い直し、彼が所属するチーム全員の給料を倍にしたということです。
この経験から、彼女は社内の給与幅にこだわりすぎると、会社への最大の貢献者を失うことになりかねないことに気づきました。
彼らは他の会社ならもっと稼げるのです。それなのに、会社を辞めなければ実力に見合う給料がもらえないような報酬制度は必要ない、と。
そして、社員には定期的に他社の面接を受けることを推奨しました。自社の給与レベルを知るには、それが一番、効果的で信頼できる方法だったからです。
ただし、すべてのポストに最高レベルの報酬を出せる会社は限られているでしょう。その場合には、会社の業績を伸ばす可能性が最も高いポストを特定し、そこには高い報酬を出して最適な人材を充てるのがいいと彼女は指摘します。
最高レベルの給料を払えば、2人分の仕事ができる人、あるいはそれ以上の付加価値を提供できる人を雇うことができると考えるからです。
ネットフリックスの人事施策
では、現在のネットフリックスの人事施策はどのようなものでしょうか。
同社の採用に関するサイトには、「一風変わった社員文化」について事細かに書かれており、同社が望む人材像が明確に描かれています。*2
また、同社のインターンシップのサイトをみると、夏に12週間にわたって行われるインターンシップは、同社への理想的なエントリーポイントだとして、インターンシップを希望する人へのきめ細やかなアドバイスが書かれています。*3
インターンシップ面接では、通常、自宅でのアセスメント(評価)の後、およそ3回の面接が行われ、各段階でのフィードバックに基づいて次の段階に進みます(図1)。
出典:Netflix JOBS「Intern Program」
https://jobs.netflix.com/intern-program
面接官は、応募者の技術的スキルや役割に特化したスキル、行動的スキルを評価します。
また、採用担当者は、応募者や応募者のスキルセット、そして応募者がどのような仕事に情熱を感じるかについて把握しようと努めます。
こうした選考によって、ネットフリックスのさまざまなドリームチームと応募者のマッチングが成立することになります。
「優れた採用は優れたマッチング」というマッコード氏が大切にした採用哲学がここにもみられます。
これまでみてきたネットフリックスの人事施策は、採用に関する本質的な多くのヒントを提供してくれているのではないでしょうか
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育
成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
*1
パティ・マッコード(2019)『ネットフリックスが「Aプレーヤー」だけを採用できた理由』(ハーバード・ビジネス・レビュー)ダイヤモンド社(電子書籍版)p.5, pp.7-18
*2
Netflix JOBS「Netflix Culture — Seeking Excellence」
https://jobs.netflix.com/culture
*3
Netflix JOBS「Intern Program」
https://jobs.netflix.com/intern-program