人事部の資料室

企業価値を高めるナラティブな発想 その価値基準とは?

作成者: e-falcon|2022/10/25

ナラティブとは、未来をも内包する現在進行形の物語であり、社会全体で共有できる価値や体験を実現し提供するものです。*1

「ナラティブ作家」を自認するPRストラテジスト(PR戦略家)の本田哲也氏は著書の中で、ナラティブの「パワー」を測ることの重要性について述べています。それは、ナラティブが機能するか、つまり、人を動かす力やブランドへの貢献力があるかどうかの検証です。

その計測モデルとはどのようなものでしょうか。
優れたナラティブの事例にふれながら、ナラティブを支える発想とはどのようなものかを探っていきましょう。

ナラティブカンパニーとは

まず、「ナラティブカンパニー」とはどのような企業なのでしょうか。
上述の本田氏が挙げているナラティブカンパニーの1つ、世界的なアウトドア用品大手のパタゴニアについてみていきましょう。*1

次世代型の自主経営組織(ティール組織)としても知られるパタゴニアは、イヴォン・シュイナード氏によって1957年に設立された営利企業です。*2
同社のパーパス(存在目的)は「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」。*3-1

環境保護に取り組むパタゴニアは、2017年にトランプ政権がユタ州の国定記念物の保護地域を縮小したことに反発し、同年12月、ホームページ上に「大統領はあなたの土地を盗んだ」というシビアなメッセージを掲げました。*3-2
パタゴニアはさらに、大統領選を控えた2020年には「気候変動否定論者を落選させよう」というメッセージを掲載しています。*1

本田氏は、パタゴニアは正真正銘のナラティブカンパニーであると断言しています。
同社が展開しているのは広告キャンペーンでも広報活動でもなく、ロビイングでもない。パタゴニアは「大統領が自然保護区を盗むことを阻止する」というナラティブの下、自ら行動を起こし、そのナラティブに消費者、環境保護団体、アウトドア業界の競合他社までもを巻き込んだ。
そして、このナラティブに終わりはなく、現在進行形だというのが、その根拠です。
出典:パタゴニア ジャパン「パタゴニア対ドナルド・トランプ」
https://www.patagonia.jp/stories/patagonia-versus-donald-trump/story-109086.html


本田氏がこう述べている著書『ナラティブカンパニー―企業を変革する「物語」の力』が刊行されたのは、2021年5月。
では、パタゴニアのナラティブは、本田氏が言うようにその後も現在進行形を維持しているのでしょうか。
本稿の最後でその検証をしてみたいと思います。

ナラティブの「パワー」を測る5つの指標

次にナラティブの役割とも関連させながら、ナラティブのパワーを測るための「計測モデル」をみていきます。
優れたナラティブとは、次の指標にかなうものであり、言い換えれば、そういうナラティブをつくりだせるのが、ナラティブな発想といえるでしょう。

共感度

そのナラティブに人々が共感するかどうかという指標です。*1
物語への共感がなければナラティブは成立しません。そのためにはストーリーとして魅力を感じるかどうかを検証する必要があります。
ナラティブに接した人が、そのナラティブを自分自身に関連づけることができるかどうかも重要なポイントです。

伝播度

そのナラティブを人と共有したくなるかという指標です。*1
伝播性もナラティブにとっては重要な要素。優れたナラティブは、同じ体験をもつ同志を増やしたいという思いや、報道したいというメディアの意向を増幅させます。

社会福利度

そのナラティブは世の中のために役立ち、世の中をよくするものかという指標です。*1
社会性と将来性もナラティブの大切な要素です。
ナラティブは、社会を舞台として、未来に向けて現在進行形で続く物語です。そうである以上、このポイントが確実に担保されているかどうかは重要な意味をもちます。

認識変容度

そのナラティブは何らかの認識を変えるものかどうかの指標です。*1
ナラティブの目的は「認知」ではなく「認識(パーセプション)」です。新しいパーセプションを形成すること、あるいは既存のパーセプションを変容させることにその物語は寄与するかどうかは重要な要素です。
また、その結果、人々の行動喚起が期待できるかどうかも大切なポイントです。

例えば、トランプ大統領が誕生した選挙の翌年、パタゴニアの新入社員が「ブラックフライデー」の売上を何百もの草の根環境団体に寄付したらどうかというアイディアを思いつきました。*3-2
ブラックフライデーというのは、感謝祭の翌日で、アメリカの国民的なセールの日。小売業界にとっては最大の書き入れ時です。
しかも、新入社員のアイディアは、その日の売り上げの一部ではなく、そのすべてを寄付するというものでした。

このアイデアは会社の上部へと伝わり、それから数日以内に、パタゴニアはSNS上でその寄付を約束しました。
すると、それに共感した人々からパタゴニアへの注文が殺到したということです。

パタゴニアのナラティブが人々の共感を集めて多くの人々に伝わり、さらにそれが意識変革につながったことがわかります。

ブランド関与度

そのナラティブに企業は正統性をもって関与しているかどうかという指標です。*1
企業やブランドはナラティブの「主役」ではありません。戦略的経営の専門家、ジョン・ヘーゲル3世は、「企業が描くナラティブは、企業ではなく、顧客中心の文脈でなければならない」と述べています。*4
ナラティブの主役はあくまで消費者であり顧客です。

しかし、企業が正当な役割をもった「登場人物の1人」であることは必要です。この指標はナラティブの中に企業が違和感なく位置づけられているかを見極めるものです。

このことに関連して、ナラティブにあってはオーセンティシティが重要だと本田氏は言います。それはどういうことでしょうか。

「オーセンティシティ(自分らしさ)」の重要性

オーセンティシティとは耳慣れない言葉ですが、「ブランドが裏表なしに、自分らしくあること」です。*1
このオーセンティシティには、「信念と行動の一貫性」と「自分たちの持ち場でそれができているか」という2つの方向性があるというのが本田氏の考えです。

それぞれに該当する事例をみていきましょう。

信念と行動の一貫性

例えば、上述のパタゴニアは、どうでしょう。
同社は、製品の包装を簡易化してゴミを大幅に削減したり、衣類の素材を全面的にオーガニック・コットンに変えるという赤字覚悟の取り組みをしてきました(結果的には黒字化しています)。*2

同社は思い切ったキャンペーンを張ることでも有名で、2011年のブラックフライデーに、「ニューヨーク・タイムズ」紙に「このジャケットを買わないで」と題した全面広告を掲載しました。*3-2

まだ着られる服がクローゼットの中にあるのに新しい服を買い続けたら、生産時にも捨てるときにも環境に負荷がかかります。
同社は古い衣類を修理あるいはリサイクルすることを約束した上で、顧客には必要のない製品を買わないよう要請したのです。
すると、パタゴニアの広告は話題となり、このポリシーに共感した顧客の支持を得て、逆に収益が増加しました。

このように、パタゴニアは自社のパーパスどおりの道筋を歩み、信念と行動との完全な一貫性によって、顧客の共感と信頼を得ているのです。

自分たちの持ち場でそれをやる

次に、コロナ禍で「自分たちの持ち場で」信念と行動の一貫性ができていた事例をみてみましょう。

コロナ禍で、日本ではトイレットペーパーの買い占めが問題になりました。
ただしそれは、多くの人が「新型コロナウイルス感染症の影響でトイレットペーパーが枯渇する」というデマを信じたからではないといわれています。*5
トイレットペーパーを買いに走った人たちは、実際には「私はデマなんかにだまされない」と思いながらも、「でも、きっと世間の人々はデマにだまされてトイレットペーパーを買い占めるに違いない」という不安を抱えていたのだろうと指摘されています。

その時、イオングループはいち早くトイレットペーパーを大量に陳列して顧客を安心させる施策をとりました。*6
トラック300台超を手配し、トイレットペーパーを店頭に並べ、「在庫はある」と消費者に示したのです(図2)。

参考:日経ビジネス「ひと、社会、地球の未来をいつまでも。HEATFUL SUSTAINABLE vol.05 緊急事態下の事業継続─日本─」の図を筆者加工
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/19/hs/aeon05/


大量のトイレットペーパーが積み上げられている写真がツイッターで拡散され、事態は迅速に収束しました。*1

アメリカでも日本同様、トイレットペーパーの買い占め問題が起こりました。アメリカのトイレットペーパーブランド「コットンネル」は、顧客に安心してもらうために「#ShareASquare」というキャンペーンを打ち、100万個のトイレットペーパーと1億ドルを寄付しました。
キャンペーンの動画では、「在庫の補充を行うためにがんばっています。トイレットペーパーを貯めすぎずに、必要な分だけ家に置きましょう」というメッセージを発信し、不安に駆られている顧客に安心感を与えました。

信念と行動が一致しないと・・・

ただ、残念な事例もあります。*1
「Just do it.」で有名なナイキが、BLM(Black Lives Matter)をめぐり、SNSに「For once, Don’t Do It(今度こそはやめよう)」というメッセージを投稿したのが、ことの始まりでした。
「Just Do it.」とのコントラストから、人種差別に反対するという強い姿勢が際立ち、このコピーの完璧なクオリティに広告業界は唸ったということです。
当初は、このメッセージに共感した多くの人々もSNSで「いいね」をつけました。

ところが、この投稿には次第にネガティブなコメントがつくようになったのです。
それはなぜでしょうか。

実はこの企業の役員が白人ばかりであることがわかったのです。
コピーとしてはどれほど素晴らしくても、信念と行動とが乖離していて、オーセンティシティとはいえない。それではそのメッセージは共感を得るどころか反発を招き、ナラティブとして機能しなくなってしまいます。

ナラティブに終わりはない

最後に、パタゴニアのナラティブがその後も現在進行形を維持しているかみてみましょう。

パタゴニアがトランプ大統領への批判を公表した後、米国自然資源委員会は「パタゴニアを買うな」と、同社をボイコットするよう呼びかけました。
それに対抗して、パタゴニアはホワイトハウスを相手に訴訟を起こしています。*3-2

さらに、2022年9月14日、パタゴニアのホームページが刷新され、創業者のイヴォン・シュイナード氏の手紙が掲載されました(図2)。*3-3
それに呼応して、アメリカでは同社に関するニュースが報道されています。*7
出典:パタゴニア ジャパン「オーナーシップ:地球が私たちの唯一の株主」
https://www.patagonia.jp/ownership/

「地球が私たちの唯一の株主」と題された「手紙」の冒頭では、環境問題やCSR(企業の社会的責任)に関する同社のこれまでの取り組みが綴られています。*3-3

その上で、「株式公開に進む(Going public)」のではなく、「パーパスに進む(Going purpose)」と書かれています。
全株式(30億ドル)を、会社の価値観を守るために設立されたPatagonia Purpose Trustと環境保護の非営利団体Holdfast Collectiveに譲渡し、さらに毎年、剰余利益を環境保護活動に提供するという宣言です。

ナラティブカンパニーは、常に現在進行形でそのナラティブを紡ぎ続ける企業であり、それを支えるのはナラティブな発想なのです。