学校の定期試験や入学試験、資格試験など各種の試験では、しばしば「なりすまし受験(替え玉受験)」が問題となります。
自分の代わりに他人に受験させる、あるいは他人のために自分が代わりに受験するといったなりすまし行為は、犯罪として処罰される可能性があるので要注意です。
今回はなりすまし受験(替え玉受験)について、成立し得る犯罪の種類・要件・共犯関係・量刑などを解説します。
なりすまし受験(替え玉受験)については、主に以下の犯罪が成立する可能性があります。
(1)有印私文書偽造罪・偽造有印私文書行使罪
(2)建造物侵入罪
(3)偽計業務妨害罪
なりすまし受験(替え玉受験)の当事者のうち、実際に受験した者には「有印私文書偽造罪」が、本人には「偽造有印私文書行使罪」が成立する可能性があります。
「有印私文書偽造罪」は、行使の目的で、他人の印章・署名を使用して、権利義務または事実証明に関する文書・図画を偽造する行為について成立します(刑法159条1項前段)。
「事実証明に関する文書」とは、実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書をいうと解されています(大審院大正9年12月24日判決)。
判例では、私立大学の入学試験の答案が「事実証明に関する文書」に該当すると判示されています(最高裁平成6年11月29日判決)。
なりすまし受験(替え玉受験)では、学校等に提出する目的で、本人でない者が、答案用紙に本人の署名を記載します。
これは「行使の目的で、他人の署名を使用して、事実証明に関する文書を偽造する行為」であり、有印私文書偽造罪による処罰の対象です。
また、なりすまし受験(替え玉受験)によって偽造された答案用紙は、替え玉である他人を通じて、本人が学校等に提出(=行使)していると評価できます。
有印私文書偽造罪に当たる行為によって作成された文書を行使する行為は、「偽造有印私文書行使罪」による処罰の対象です(刑法161条1項)。
したがって、なりすまし受験(替え玉受験)をさせた本人は、偽造有印私文書行使罪によって処罰される可能性があります。
なりすまし受験(替え玉受験)は、「建造物侵入罪」によって処罰される可能性もあります。
「建造物侵入罪」は、正当な理由がないのに、管理者の意思に反して建造物に侵入する行為について成立します(刑法130条前段)。
各種試験会場の管理者は、受験資格を持つ本人以外の者が、受験者として試験会場に立ち入ることを認めていません。
したがって、本人以外の者がなりすまし受験(替え玉受験)の目的で試験会場に立ち入る行為は、建造物侵入罪による処罰の対象です。
なりすまし受験(替え玉受験)は、「偽計業務妨害罪」に該当する可能性もあります。
「偽計業務妨害罪」は、虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて他人の業務を妨害する行為について成立します(刑法233条)。
「偽計」とは、他人を欺き、または他人の錯誤・不知を利用することです。
本人であることを偽ってなりすまし受験(替え玉受験)をする行為は、まさに「偽計」を用いて学校などの業務を妨害する行為にほかならず、偽計業務妨害罪による処罰の対象になり得ます。
なりすまし受験(替え玉受験)は、実際に替え玉となって受験する者と、替え玉を送り込む本人の共犯によって行われます。
共犯には「共同正犯」「教唆犯」「幇助犯」の3種類があります。
このうち、なりすまし受験(替え玉受験)は「共同正犯」に該当し、替え玉と本人がいずれも犯罪全体の責任を負う可能性が高いものです。
共同正犯・教唆犯・幇助犯は、それぞれ以下のように区別されます。
(1)共同正犯(刑法60条)
2人以上が共同して犯罪を実行した場合、すべての犯人が共同正犯として処罰されます。
共同正犯の成立には、すべての犯人の間の「意思連絡」と、各犯人が果たした役割がそれぞれ重要であること(=正犯性)が必要と解されています
(2)教唆犯(刑法61条)
他人を唆して犯罪を実行させた者は、教唆犯として処罰されます。
教唆犯の法定刑は、正犯と同じです。
(3)幇助犯(刑法62条)
他人による犯罪の実行を、物理的または精神的に容易にした者は、幇助犯として処罰されます。
幇助犯の法定刑は、正犯の法定刑を減軽したものになります。
なりすまし受験(替え玉受験)は、実際に替え玉として受験する者と本人が通謀して行うものであるため、犯人間の「意思連絡」が認められます。
また、替え玉の側は有印私文書偽造・建造物侵入・偽計業務妨害、本人は偽造有印私文書行使に当たる行為を自ら実行します。
さらに、なりすまし受験(替え玉受験)を行うことで利益を得るのは本人である一方、替え玉の側は実行犯として必要不可欠な役割を果たします。
このような事情を考慮すると、替え玉・本人の両方に「正犯性」が認められると評価すべきでしょう。
したがって、なりすまし受験(替え玉受験)の当事者である替え玉と本人は、いずれも共同正犯として処罰される可能性が高いと思われます。
つまり替え玉と本人は、以下のすべての犯罪について責任を負うことになります。
(1)有印私文書偽造罪・偽造有印私文書行使罪
(2)建造物侵入罪
(3)偽計業務妨害罪
なりすまし受験(替え玉受験)をした替え玉と本人は、検察官によって起訴された後、裁判によって刑事罰を科される可能性があります。
この場合、どの程度の量刑が見込まれるのでしょうか。
なりすまし受験(替え玉受験)について成立し得る犯罪の法定刑は、それぞれ以下のとおりです。
有印私文書偽造罪・偽造有印私文書行使罪 | 3か月以上5年以下の懲役 |
建造物侵入罪 | 3年以下の懲役または10万円以下の罰金 |
偽計業務妨害罪 | 3年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
なりすまし受験(替え玉受験)には複数の犯罪が成立し得るものの、全体が「科刑上一罪」として処罰されます。
「科刑上一罪」とは、複数の罪名に該当する犯罪行為を、そのうち最も重い刑により処断することを意味します(刑法54条1項)。
科刑上一罪として取り扱われるのは、「観念的競合」と「牽連犯」の2つの場合です。
(1)観念的競合
1つの行為が2個以上の罪名に触れる場合、そのすべてが観念的競合となります。
なりすまし受験(替え玉受験)の場合、有印私文書偽造・偽造有印私文書行使・偽計業務妨害が観念的競合に当たります。
(2)牽連犯
複数の犯罪が手段・目的の関係にある場合、両者は牽連犯となります。
なりすまし受験(替え玉受験)の場合、建造物侵入と他の犯罪が牽連犯に当たります。
したがって、替え玉と本人に刑事罰を科す際の法定刑は、刑事裁判で認定された犯罪のうち、最も重いものと同じになります。
(例)
有印私文書偽造と建造物侵入で有罪判決を受けた場合
→有印私文書偽造の法定刑が適用される(3か月以上5年以下の懲役)
実際に科される量刑は、法定刑の範囲内で、犯罪の悪質性やその他の情状に応じて決まります。
なりすまし受験(替え玉受験)のケースでは、初犯であるケースが多いと考えられます。
その場合、仮に有印私文書偽造で有罪判決を受けたとすれば、量刑は「数か月~2年の懲役+1年~3年の執行猶予」程度が見込まれます。
なお、犯人が未成年者の場合、刑事裁判によって刑事罰を科すのではなく、家庭裁判所の審判手続きを通じて保護処分を行うのが原則です(少年法)。
なりすまし受験(替え玉受験)は犯罪であり、軽い気持ちで手を染めれば刑事罰を科されるおそれがあります。
言うまでもないことですが、試験は自分自身の力で乗り越えてください。