新卒・中途を問わず、企業から内定を受けた候補者は、他の企業への就活を中止するのが一般的です。
もし企業から一方的に内定を取り消されてしまうと、内定者は重大な不利益を被ってしまいます。
そのため、企業が一方的に内定を取り消すことができるケースは、判例上かなり狭く限定されています。
今回は最高裁の判例に照らして、内定取り消しの違法性に関する判断基準などをまとめました。
「内定」とは、解約権が留保され、かつ将来に始期が設定された労働契約の締結であると解するのが判例の立場です(最高裁昭和54年7月20日判決)。
したがって「内定取り消し」とは、企業が解約権を行使して、内定者との間の労働契約を一方的に終了させることを意味します。
解約権は企業側の権利である点に注目すると、どんな場合でも解約権を行使できそうに思えるかもしれません。
しかし内定者は、ほかの企業への就職活動を中断するケースが大半です。そのため、企業による一方的な内定取り消しを無制限に認めると、内定者にとって非常に酷となってしまいます。
そこで最高裁判例では、企業側による解約権の行使(内定取り消し)を大幅に制限して、内定者の権利の保護を図っています。
最高裁昭和54年7月20日判決では、企業側が内定取り消しを適法に行うための要件として、以下の2点を提示しています。
(1)企業側にとって、内定当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実を理由とすること
(2)内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できること
上記の要件から読み取れるのは、企業側は候補者に対して内定を出すに当たり、候補者の能力・適性・人格などを、できる限りの努力を尽くして把握しなければならないということです。
軽率に内定を出した後で、「思っていたような人ではなかった」などと抽象的な理由で内定を取り消すことは控えなければなりません。
きちんと調査を尽くせば知ることができたとして、内定取り消しが無効と判断される可能性が高いからです。
内定取り消しが違法の場合・適法の場合につき、それぞれいくつか具体例を紹介します。
内定取り消しの理由として、違法となる可能性が高いものの例は、以下のとおりです。
(1)内定者の性格が、内定当時の印象とは異なると判明したこと
内定者の性格は、採用面接などの機会を増やすなどの対応をとれば、企業側にとって知ることのできた事情と考えられます。
また、人の性格は多様であり、基本的にはそのすべてが尊重されるべきところ、少々の性格の違いだけを理由に内定を取り消すことは、社会通念上不相当と思われます。
(2)内定者に軽微な犯罪の前科が判明したこと
企業側としては、内定者に前科があったとしても、それを知るきっかけがないケースはよくあります。
しかし、内定者側に前科の告知義務はないため、企業側に対して前科があることを伝えなかったからといって、内定者が非難されるべきではありません。
また、重大な犯罪であればともかく、軽微な前科であれば、本人が十分罪を償ったと評価できる場合もありますし、仕事に関する能力や適性にもほとんど影響を及ぼさないでしょう。
したがって、軽微な犯罪の前科が判明したことを理由とする内定取り消しは、社会通念上不相当と思われます。
(3)内定者が被差別地域の出身であること
伝統的に被差別地域とされている地域の出身であっても、仕事に関する能力や適性とは全く関係がありません。
また、職業安定法3条では均等待遇が定められており、何人も「社会的身分」「門地」「従前の職業」などによって、職業紹介・職業指導につき差別的取扱いを受けない旨が定められています。
したがって、被差別地域の出身であると判明したことを理由とする内定取り消しは、社会通念上不相当と思われます。
(4)内定者に自己破産の経験があること
内定者に自己破産の経験があっても、仕事に関する能力や適性とは直接関係がありません。したがって、自己破産の経験を理由とする内定取り消しは、社会通念上不相当と考えられます。
「自己破産をするようなだらしない人は採用したくない」と考えるかもしれませんが、内定者が仕事を任せることができないほど「だらしない」かどうかは、採用選考の段階で十分チェックし得る事柄です。また、自己破産に至る経緯はさまざまであり、必ずしも「だらしない」から自己破産をしたとは限りません。
これに対して、以下に挙げるような場合には、内定取り消しが適法と認められる可能性が高いでしょう。
(1)内定者が重要な職務上の経歴を詐称していたこと
内定者の職歴は、仕事に関する能力・適性を判断するうえで重要な考慮要素です。
したがって、重要な職務上の経歴に詐称があったことは、内定取り消しの合理的な理由となります。
(2)内定者が職務上必要な資格を有していなかったこと
仕事をするに当たって何らかの資格が必要な場合、その資格を保有していることは、即戦力として活躍してもらうための必須条件です。
よって、内定者が職務上必要な資格を有していなかったことは、内定取り消しの合理的な理由となります。
企業が軽率に内定取り消しを行ってしまうと、後で内定者との間でトラブルに発展し、以下のリスクを負うことになりかねません。
判例の要件を満たさない内定取り消しは無効であるため、労働契約は存続します。
この場合、もし内定者が内定取り消しの無効を主張すれば、企業側は実際に内定者を雇い入れなければなりません。人件費の増大に繋がるほか、イレギュラーな時期に雇用することで、人材配置に難儀する可能性があります。
内定取り消しが無効となる場合、労働契約の開始以降、内定者(従業員)が実際に働いていなかった期間についても賃金全額が発生します(民法536条2項)。
内定者(従業員)が働けなかったのは、違法な内定取り消しを行った会社の責任だからです。
稼働していない内定者(従業員)に対して賃金を支払うことは、会社にとって完全な人件費の無駄であり、おおきな痛手になるでしょう。
違法な内定取り消しを行った事実が行政機関や報道機関にリークされると、企業のレピュテーションが大幅に毀損されるおそれがあります。
特に、人事労務の管理がずさんな企業というイメージが付いてしまうと、将来的な新卒採用・中途採用への悪影響は避けられないでしょう。
社会による監視の目を意識することは、労務コンプライアンスの基本的事項です。レピュテーションの毀損を避けるためにも、安易な内定取り消しは控えなければなりません。
企業側による一方的な内定取り消しは、判例によって厳しい要件が設定されています。
もし違法な内定取り消しを行ってしまうと、企業は内定者を雇い入れたうえで、働いていない期間を含めた賃金全額を支払わなければなりません。
さらに、違法な内定取り消しが外部へリークされてしまうと、レピュテーションの観点からの悪影響も懸念されます。
採用活動を行う企業としては、安易な内定取り消しは違法であるという意識を持っておく必要があります。
そのうえで、後で内定を出したことを後悔しないように、候補者の能力・適性・人格などにつき、できる限りの調査を尽くしましょう。