人事部の資料室

8人に1人がメンタルヘルス疾患の時代 見過ごせない「マイクロストレス」について知ろう

作成者: e-falcon|2023/10/15

重要な仕事を任されたプレッシャーや長時間通勤、不条理な上司、あるいは家族の病気などは、私たちに大きなストレスを与える出来事です。

しかしこうした象徴的な出来事だけでなく、日常の「些細なストレス」が時間の経過とともに蓄積され、長期的な心身の健康に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

それ自体は重要ではないと考えてしまいがちな「マイクロストレス」はどのようなところに潜み心身を壊していくのか、一緒に見ていきましょう。

「日々生活していたら、そうなってしまったのでは」

バブソン大学のロブ・クロス准教授らは、企業のハイパフォーマーが他の人と一線を画す理由について探るため、様々なビジネスパーソンにインタビューをします。
その中で、ある製薬会社の経営幹部に話を聞いた際、彼女について思いがけないことが明らかになったと記しています*1。

彼女は仕事で優れた実績を上げ、定期的に休暇を取ることができ、プライベートでは旅行先で夫と一緒にマラソンを走れることを喜んでいました。人生の勝ち組の実例だとクロス准教授らは感じていましたが、実は彼女はかかりつけの医師から「いまの生活のままでは、体の健康を損ないかねません」という厳しい警告を過去に受けていたのです。

クロス准教授らが彼女に、なぜ自分を見失うようなことがあったのかと尋ねたところ、その答えは興味深いものでした。

「日々生活していたら、そうなってしまったのではないでしょうか」。

これをきっかけにクロス准教授らがグローバル企業30社の計380人にインタビューを続けたところ、ハイパフォーマーの多くはストレスでいまにも爆発寸前であるにもかかわらず、大半がその状態を自覚していなかったといいます*2。

マイクロストレスは「メンタルヘルスの時限爆弾」

クロス准教授らは一連のヒアリングの中で、ハイパフォーマーたちにひとつの傾向を見出しました。彼らが抱えているものは、確かにストレスではあるものの、表現する言葉を持ち合わせないようなものでした。

彼らが説明に苦慮する中で、パターンが現れた。それはけっして押し潰されそうに感じる重圧がたった一つある状況ではなかった。むしろ、気づかないような些細なことが時とともに絶え間なく積み重なり、彼らのウェルビーイングをどこまでも蝕んでいたのだ。

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2023年8月号 p21>

クロス准教授らはこれを「マイクロストレス」と呼ぶことにしました。また、世界経済フォーラムはマイクロストレスについて「メンタルヘルスの時限爆弾」とも表現しています*3。

マイクロストレスで広がる波紋

ただ難しいのは、マイクロストレスは本人でも捉えるのが難しいという点です。しかしクロス准教授らは、マイクロストレスによって引き起こされる大きな波紋について、次のような例えを用いて説明しています*4。

「リタは終業間際に、新任の上司からメールで仕事を頼まれる」。

よくある光景かもしれませんが、この出来事がマイクロストレスになって次のように心身への影響が広がっていくといいます。

1次的な影響
=リタはメールのせいで、帰宅途中にストレスを感じる。
 リタは夕方2時間かけてチームに連絡し、上司から頼まれた仕事に取り組む。

2次的な影響
=リタのチームは上司の要請に応じるため、互いに連絡を取り合わなければならない。
 翌朝に必要な資料作成のために、チームの残業時間は計20時間に上る。
 リタは新しい上司に対する部下のクレームに対処する。

3次的な影響
=リタは帰宅途中にストレスを感じたため、夫に対して無愛想になる。
 上司の要請に応えるため、リタは息子との夕食をすっぽかす。
 リタは家族をないがしろにしているのではないか、チームに無理強いをしたのではないかと不安に駆られ、よく眠れない。
 他のチームメンバーも同じようなマイクロストレスを感じる。

ないとは言い切れない出来事です。そして、こうしたマイクロストレスをきっかけに、社員がある日突然爆発してしまうことがあるのです。新任の上司はここまでのことは想定していないでしょう。

山を削る風

ニューヨーク大学の行動神経科学者であるジョエル・サリナス氏はマイクロストレスについて、「山を削っている風を想像してください」と指摘しています。

「風は大型の高性能爆弾とは違い、山に穴を開けるわけではありませんが、一度もやむことがなければ、時間とともに山全体をゆっくりと崩し、ついには小さなこぶにすることもできます」
(中略)
「マイクロストレス要因は体に悪影響を及ぼすものの、脳は脅威として十分認識してはいません」

<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2023年8月号 p24>

もっとわかりやすいストレスを感じると脳は体を保護するメカニズムを発揮するものの、マイクロストレスではそのメカニズムが働かないというのも難点だといいます*5。

マイクロストレスを溜め込みやすい人の傾向

こうしたマイクロストレス、「隠れストレス負債」とも呼べるものを抱えている人には「大丈夫です」が口癖になっている人が多いという調査結果があります*6。

自らの立場や居場所を保全したいという感覚が強く、自分が「できないこと」を周囲に知られることを恐れる傾向があるため、あるいは「周りと横並びでありたい」「恥を基調とする文化」があるため、と心療内科医の鈴木裕介氏は指摘しています*7。
また、適応力が高すぎる人についても注意が必要、むしろ危険でさえあると強調しています。

「適応力がありすぎることは危険である」というのは、強調したいです。自分にフィットしていないものに対しても適応しようとし続けると、人間というのは必ず体調が悪くなるようにできています。でも、それをミスマッチのせいではなく、自分の努力不足だと勘違いして、いろんな症状を黙殺してしまい、傷が深くなるのです。

<引用:「エリートに『突然休職する人』が意外にも多い理由」東洋経済オンライン>
https://toyokeizai.net/articles/-/474320?page=3


なんでもこなしてくれて、組織にとって使い勝手が良い=高い評価を得やすい人ほど、このような傾向があるということです。
また、責任感のあまり休むことを避ける人もいます。

異変を認識することこそ、自己管理の基本

マイクロストレスは、自分でも気づきにくいという最大の特徴を持っています。
しかし、生活スタイルが変わっているわけではないのに身体に何か変調がある、そう感じた時は何かしらのマイクロストレスを抱えているのではないかと疑う姿勢が必要です。それでもすでに遅いかもしれません。

まずそれぞれの個人が「小さな変化でも理由を探ること」を習慣とする必要があります。「軽くイラッとした」ということを「一晩寝れば忘れるだろう」と放置するのではなく、なぜイラッとしたのか、本質を見抜くために感度を高めていく必要があります。「イラッとした」事実を認め、これは誰にでもあることで、自分の器が小さいからとは限らない、と発想を変える必要があります。

また、マネジメント側はまず前述のようにメンバーの気質を把握し、「休む」ことについて前向きな印象を与える配慮をすると良いでしょう。また、違う仕事や違う環境に部下を置いた直後こそ、部下がどのような「違和感」を覚えているか把握する必要があります。
先に紹介したリタの事例のような波紋を防ぐためです。

世界経済フォーラムによると、現代では地球人の8人に1人がメンタルヘルス疾患を抱えています*8。
それほど、現代人はストレスに満ちた生活を強いられているということでしょう。
24時間いつでも他人とつながり、公私の区分もつかないような時代です。

「自分でタイミングを見て休む」「時々手を抜く」ことができるかどうかこそが、自己管理の基本だと確認する必要があります。日頃からこれができなければ結果として大きな穴を開けてしまい傷が深くなるということを、マネジメントは知らせ続けたいものです。