「人生100年」と言われるようになり、2021年4月からは高齢者の雇用を維持するための「改正高年齢者雇用安定法」が施行されています。
企業に対して定年の引き上げや定年廃止などの方法で、70歳まで働けるような措置を取ることを努力義務として求めるものです。
一方で、「45歳定年」という言葉も話題になりました。日本のこれまでの長い習慣である長期雇用(終身雇用)と相反する考え方です。
日本の長期雇用の現状はどのようなもので、今後どう変化していくのでしょうか。
2021(令和3)年4月1日から施行されている改正高年齢者雇用安定法では、70歳までの就業機会を確保するよう、以下のような対応を企業の努力義務としています(図1)。
(出所:「改正高年齢者雇用安定法概要」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000626609.pdf p1
そして、施行から2か月後の令和3年6月時点では、「66歳以上まで働ける制度のある企業」の内訳は下のようになっています(図2)。
(出所:「令和3年『高年齢者雇用状況等報告』厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/000955633.pdf p7
また、70歳以上まで働ける制度がある企業の割合は36.6%となっています*1。
改正法の施行と人手不足があいまって、70歳まで働ける制度を設ける企業は今後ある程度は増えていくと考えられますが、大企業の間では異なる動きが出ているのも事実です。
そのうちのひとつが、DeNAです。
DeNAでは、会社が後押しする公式なキャリアパスとして、独立・企業・スピンアウトを設けています。そのためのファンドも設立されました*2。
南場社長自らが何人かの社員に直接メッセージを送って1対1で雑談し、社長みずから起業を持ちかけ支援しています。誰にでも声をかけるのではなく「仕事ができる人材」「成果を出している人材」を対象にしています。
南場社長の目的は、組織の新陳代謝や新たなリーダーの発掘・育成です。
まさに大活躍中の人材をそそのかすので、既存事業部に短期的には恨まれることもあります(笑)。でも大黒柱を意図的に抜くのは創業期からずっとやってきたことで、後悔したことがありません。必ず次のリーダーが生まれ、組織のみずみずしい動的平衡につながります。
<引用:「組織の大黒柱はあえて引っこ抜き、起業を後押ししよう」日経ビジネス>
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00343/090100004/?P=2
また南場社長はこのようにも述べています。
辞める人は今でも勝手に辞めているのだから、特段大企業がすべきことはないと論ずる人もいるかもしれません。が、起業やスタートアップへの参加を奨励したり、出戻りを絶賛歓迎したりする姿勢を示すことは、迷って踏みとどまっている人の背中を押すことになり、チャレンジ量の10倍化に向けて大きな意味があると思います。そして経営幹部の少なくとも半分は生え抜きではなく中途採用の人材が占めるようにすることが一番です。途中乗車でメインストリームに乗れるなら、途中下車もしやすくなるわけです。生え抜きだけで改革だイノベーションだって議論をしているのは無理がある
<引用:「組織の大黒柱はあえて引っこ抜き、起業を後押ししよう」日経ビジネス>
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00343/090100004/?P=2
組織の停滞を防ぐためには、長期雇用が必ずしも良いとは限らないというスタンスです。
また、正社員を個人事業主化している事例として知られているのがタニタです。
希望する社員を「個人事業主(フリーランス化)」するという制度で、 該当者をいったん退職させ、一方で次今事業主として最低でも3年間はタニタの仕事を請け負えるように支援するというものです。
そこには、このような意図があります。
組織に利益をもたらしているのは、優秀な2割の人であり、会社が危機に陥ると、その2割の人から辞めていくとよく言われます。であればリーダーとして、優秀な人に働き続けてもらえる仕組みを作ろうと考えました
<引用:「デキる社員はフリーランスで タニタ式『働き方革命』」NIKKEI STYLE キャリア>
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO47493000Y9A710C1000000/?page=2
「令和の大リストラ」という言葉もありますが、この両者に共通するのは、「リストラ」という後ろ向きな理由ではなく社員を独立させている点です。
また、早期に社員を定年に囚われないフリーランスとして働かせることは、社員の就業人生を結果的に伸ばすということも考えられます。
一方で、長い年数働いてきたシニアを戦力として重視する企業もあります。
例えばファンケルでは、正社員だけでなくパートナー社員なども、65歳以降は「アクティブシニア社員」として勤務を継続できるしくみになっています*3。
労働力不足や高度な知識を活用したいということが背景にありますが、ファンケルならではの事情もあります。
前身の「ジャパンケミカル販売」の設立が1981年と、企業として若いという点です。
新卒採用開始も30年ほど前のことで、新卒で入社した社員が今ようやく50代になるところです。よって、アクティブシニア社員の制度は、人手不足と経験者の確保を両立できるものと言えるでしょう。
また、団塊世代の大量退職によって慢性的な人手不足にある建設業界では、高齢社員を積極活用する企業が増えているといいます*4。
体力的な負荷を懸念する人もいるかもしれませんが、今後IoTやICTの活用が進めばシニアの活用も有力な選択肢となるでしょう。
終身雇用については賛否両論があります。
ただ、日本の場合、少子高齢化の影響が今後大きくなっていくことは避けようのない事実です。
従業員を長期雇用することが企業にとって重荷になるという考えもありますが、一方で「人手不足倒産」と呼ばれる現象もあります。人手が足りないために事業を継続できなくなり、経営破綻するというケースです。
帝国データバンクによると、人手不足倒産はここのところ減少傾向にあります(図3)。
(出所:2022年は人手不足問題が再来!? 『従業員が足りない』倒産、2021年は4年ぶり低水準も…」帝国データバンク)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000407.000043465.html
しかし一方で、コロナで経済活動が大きく落ち込んだ2020年5月を底にして企業の人手不足は進んでいます。昨年末には、企業の人手不足はコロナ前の水準にまで戻っています(図4)。
(出所:「2022年は人手不足問題が再来!? 『従業員が足りない』倒産、2021年は4年ぶり低水準も…」帝国データバンク)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000407.000043465.html
さらに帝国データバンクは、2022年にはすでに人手不足問題が再燃している可能性があると分析しています*5。人手不足倒産のリスクは再び高まりつつあるという指摘です。
いずれにせよ、なんらかの形で人材確保は求められるのです。
人材確保は企業にとって負担になりすぎないようにしなければならないのもまた事実です。独立を促して企業の「関連従業員」とするのか、経験ある高年齢者を長期雇用するのかは、企業の現在の状況によって選択肢は異なると考えます。
ただ、いずれにせよ必要になっていくのは、まずは従業員の生産性の可視化です。
デジタル技術の導入によって、生産性の測り方も異なっていきます。
そして、高年齢者を今後有効活用していくには、時代にあった「リスキリング(=学び直し)」を早期から実施していくことです。
人数だけで今後の方針を判断しないといった姿勢が今後求められていくことでしょう。