「ラーケーション」をご存じでしょうか。保護者の都合に合わせて子どもが休日を自由に選ぶことができるシステムで、子どもは登校しなくても欠席扱いになりません。同時に親には有給休暇取得を促します。
「ラーケーション」は製造業の多い愛知県の「休み方改革プロジェクト」の一環ですが、有給休暇取得を促すため、「企業や個人単位で休日を柔軟に設定できる環境づくり」を推進する先進的な取り組みは愛知県以外にもあります。
「働き方改革」の実現は「休み方改革」と抱き合わせ。行政が推進する先進事例から、そのポテンシャルを探ります。
まず、有給休暇取得とワークライフバランス満足度の関係性についてみていきましょう。
内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」では、有給休暇取得日数とワークライフ満足度には一定の関係があることが指摘されています(図1)。*1
出典)内閣府「「満足度・生活の質に関する調査」に関する第4次報告書>Ⅳ 仕事と生活(ワークライフバランス)」p.32
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/pdf/report04_1_2.pdf
図1をみると、有給の年間取得日数5日未満の就業者は満足度が4.96と最も低く、21日以上
では満足度が 5.77と最も高くなっています。
日本では企業が支給する有給休暇は何日くらいで、どの程度消化されているのでしょうか。
2021年の1年間に企業が支給した年次有給休暇日数(繰越日数を除く)をみると、労働者
1人平均は17.6日で、このうち労働者が取得した日数は10.3日、取得率は58.3%でした(図2)。*2
出所)厚生労働省「令和4年就労条件総合調査の概況」(2022年10月28日)p.6
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/22/dl/gaikyou.pdf
この58.3%という有給休暇取得率は1984年以降、過去最高ですが、国は2025までに年休の取得率を70%にするという目標を掲げており、その目標とはまだ10%以上の乖離があります。*3
また、国際的にみてもこの取得率は決して高くはありません。
大手総合旅行ブランドのエクスペディアが世界の16地域を対象に行った「有給休暇の国際比較調査」によると、日本はその中でワースト2位でした。*4
対象地域の中で支給日数が日本の平均日数17.6日以上の地域をみると、香港が支給日数18日で取得率が111%、ドイツが27日90%、イギリスが27日85%、カナダ・イタリア・オーストラリア・ニュージーランドが20日75%、フランスが28日71%、アメリカが20日35%で、日本より取得率が低いのは、アメリカだけです。
次に、冒頭でふれた「ラーケーション」についてみていきましょう。
愛知県はワークライフバランスの充実を目指す「休み方改革」プロジェクトに全県的に取り組んでいます。*5
その一環として2023年度2学期から始まったのが、全国初の取り組みである「ラーケーション」。「学習(ラーニング)」と「休暇(バケーション)」を組み合わせた造語です。
届け出をした上で、保護者の休暇に合わせて子どもが学校を休み、保護者と一緒に自由に過ごすことができます。校外での自主学習活動という位置づけのため、子どもは欠席扱いにはならず、休んだ分の授業は原則、自習で補います。
保護者と一緒で「学び」の要素があれば、旅行に行ってもよく、年3日まで取得可能です。
2023年度に「ラーケーションの日」を実施する市町村は県内53市町村、実施校は公立の小学校、中学校、高校、特別支援学校など1,183校です。*6, *7
愛知県はこうした取り組みを支援するために、2023年7月から「休み方改革マイスター企業認定制度」を創設しました。*8
これは、有給休暇取得率の低い中小企業を対象とし、有給休暇の取得や多様な特別休暇の導入を積極的に導入している企業を認定し、優遇措置を実施するというものです。
また、中小企業が休暇を取りやすい職場づくりを推進するためには、取引先の大企業や親事業者の理解、協力が不可欠です。
そこで、愛知県は県内の経済・労働団体や企業に対して、大企業と中小企業の良好な関係構築を目指す「パートナーシップ構築宣言」への参画を呼びかけています。
駒沢女子大学観光文化学類教授・鮫島卓氏は、日本では観光を勤労や勉学の対極にある不真面目なものと考える人が多く、そのことが、日本の幸福度が国際的に低い要因になっているのではないかと指摘しています。そして、観光は人間が自由になる文化的技芸であり、そうした意味で、ラーケーションは「観光と勤労vs.勉学」という二項対立を融合させる画期的な制度だと述べています。*9
愛知県には土曜日に働いている人が約45%、日曜日に働いている人が約30%います。そういう家庭では子どもの休日に保護者が子どもと一緒に過ごすことが難しいという背景があります。*5
同県の経済団体も、県全体で多様な休暇の取得を推進することで合意しています。
県内では祝日も工場を動かす代わりに平日に休みを取る「トヨタカレンダー」が定着しているため、ラーケーションは地域に受け入れられるという見方もあります。*10
中部経済連合会の会長は「ラーケーションは土日に仕事がある方には非常に良く、中経連としても後押しする。愛知県にとどまらず全国に広がるのを期待している」と述べています。*11
ここでは、「企業や個人単位で休日を柔軟に設定できる環境づくり」を推進する行政の取り
組みをみていきましょう。
2017年9月に学校教育法施行令が一部改正され、「家庭や地域における体験的な学習活動その他の学習活動のための休業日」(以後、「学習活動のための休業日」)を各委員会が定めることが可能になりました。*8
鳥取県教育委員会は2022年度、県立高校や市町村教育委員会に「学習活動のための休業日」導入を働きかけた結果、94校の公立学校が導入しました。
下の図3はその導入事例です。
出所)経団連「全国知事会 休み方改革プロジェクトチーム 「休み方改革」に関する先行事例集」p.24
https://www.keidanren.or.jp/announce/2023/0803_jirei.pdf
この休業日をきっかけに休暇を取得した保護者も多く、家族で過ごす時間の確保につながりました。
しかし一方で「学習活動のための休業日」当日に休暇を取ることができない保護者も相当数いることが課題です。
そこで、同教育委員会は、この休業日の趣旨や制度を、地域や企業にまで浸透させることで、保護者が休暇を取得しやすい環境を整備しようとしています。
別府市教育委員会は、「たびスタ」を推進しています。
「たびスタ」とは、「旅」と「学習(study)」を組み合わせた造語で、別府市発の新しい学び方・休み方です。*12
対象は別府市立の小・中学校で、休暇取得日の5日前までに学校に届け出た上で、保護者と市外に旅行することを条件に、年度内に3日まで取得可能です。「ラーケーション」同様、子どもは登校しなくても欠席扱いにはならず、休んだ日の授業内容は自習で補います。
別府市は第3次産業の割合が85.4%(全国平均72.8%)と高く、特に主産業である宿泊業・飲食サービス業に携わる人の割合は10.6%(全国平均5.6%)に上っています。
そのため、祝休日に働いている保護者が多く、休日に子どもと一緒に過ごすことが難しい家庭が少なくありません。
「たびスタ」休暇はこうした状況を背景に、平日の家族旅行を推奨するとともに、閑散期の観光需要を満たし、地域経済の活性化を目指すものです。
以下の図4は、「たびスタ」休暇に期待されるさまざまな効果です。
出所)別府市「別府発の新しい学び方・休み方「たびスタ」休暇>「たびスタ休暇」保護者用リーフレット」(2023年9月5日更新) p.3
https://www.city.beppu.oita.jp/gakusyuu/kyouikuiinkai/02shisaku_tabisuta.html
これまでみてきたように、最近、地方自治体の中には、地域の状況に合わせた独自の「休み方改革」を推進するところが出てきました。
今回ご紹介した取り組みは、親の都合に合わせて子どもの休日を確保し、家族でともに過ごす時間を確保するという画期的な試みです。
そうした取り組みからみえてきたのは、行政主導の取り組みであっても、企業の協力が欠かせないということです。
こうした取り組みがどのような成果をもたらすのか、企業のどのような協力が効果的なのかを把握するためには、経験の蓄積を待たなければなりませんが、成果次第では、同様の取り組みが全国に波及していく可能性もあります。
「企業や個人単位で休日を柔軟に設定できる環境づくり」が今後定着していくのかどうか、企業の取り組みがそのカギを握っているといってもいいでしょう。