人事部の資料室

社内価値を超え市場価値が高い人材の育成を目指す 「企業内大学」の取り組みとは

作成者: e-falcon|2022/12/13

現在は経済・社会環境が急速に変化し、社内に蓄積している経験や能力・スキルでは対応できない状況になってきています。また、社員が望む働き方も多様化し、さらには労働者の職業人生の長期化も進行しています。

厚生労働省はこのような状況下で企業・労働者双方が持続的成長を図るための人材育成の指針を示しています。その中で、企業主導型の人材育成の強化を図るとともに、 労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しを促進することが、ますます重要になってきていると指摘しています。

人材育成の転換期を迎えた今、「オンライン企業内大学」を開設し、社員の学びを支援する企業も出てきました。
こうした事例をもとに、変わりつつある人材育成について考えていきます。

社員の学び・学び直しへの継続的な支援

社員の学び・学び直しを支援することは、人に対する投資ともいえます。
しかし、企業や労働者を取り巻く環境が急速かつ広範に変化しつつある現在、人材育成も新しいフェーズに入っています。
それはどのようなものでしょうか。

OJT重視の人材開発を超えて

2022年6月、厚生労働省は「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を公表し、職場における人材育成を促進すべく、さまざまな提言をしています。*1

これまで、日本の企業における人材開発は、OFF-JT(業務命令に基づき、通常の仕事を一時的に離れて社内外で実施する教育訓練)よりもOJT(日常の業務に就きながら行われる教育訓練)を重視してきました。

OJT重視の人材開発は、上司や先輩からの指導によって実際の業務に即した実践的な学びが得られます。それが「現場力の高さ」につながり、日本企業の競争力をこれまで支えてきたといえます。

しかし、時代は変わりつつあります。
DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速し、企業や労働者を取り巻く環境が急速かつ広範に変化しています。生産、販売、営業、管理などビジネスに関わるあらゆる場面でデジタル技術の活用が求められる時代です。また、経済活動がグローバル化したことによって、企業間競争が激化しています。

こうした状況下で求められているのは、企業内に蓄積している経験や能力・スキルの範囲を超える知見です。

加えて、 最近はテレワークが急速に普及し、働く時間や場所が多様化しています。
このような職場環境の変化は、上司や先輩の仕事を見て新しい能力・スキルを身に付ける機会の減少につながり、OJTによる人材開発機能の低下をもたらしている可能性もあると指摘されています。

テレワーカーを対象にしたある調査によると、「在宅ワークはキャリアアップの不安要素の1つである」と回答した社員は46.2%に上ります。*2
また、そう答えた社員の81.6%が、「今後のキャリアアップのために転職を検討している」と考えています。
さらに、在宅ワークの隙間時間で、スキルを取得したいと回答した会社員は96.2%に上ります。

この調査結果から、スキルアップに意欲的な社員の一部は、在宅ワークでのキャリアアップに不安を感じ、そのために転職を視野に入れているという状況がみえてきます。

学び・学び直しにおける労使の協働

現在は、労働者の職業人生の長期化も進行する中で、労働者の主体的・継続的なリスキリングやリカレント学習の必要性がますます高まっています。*1

前掲の「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」には、こうした状況にあって、企業は、新たな成長に向けた人材戦略や人材開発における「学び・学び直し」の重要性を十分認識することが大切であると述べられています。

また、労働者側も、主体的なキャリア形成の「軸」となる専門能力や、経験を通じて培われる能力をより確かなものにするために、自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しに積極的に取り組むことを推奨しています。 

そのためには、労使双方が、こうした学び・学び直しの意義や方向性についての認識を共有し、一体となって取り組む「協働」が重要です。

OJT は、実際の業務に即した実践的な学びです。その重要性は変わりませんが、世界的に DX 時代が到来しようとしているなかで、OJTの強化だけでなく、企業におけるOFF-JTや自己啓発支援を大幅に充実・強化する必要があるのです。

「オンライン企業内大学」

こうした状況の中、社員の育成支援を多層的に行い、「オンライン企業内大学」を創設した企業があります。その取り組みをみていきましょう。

多層的な育成支援における位置づけ

損保ジャパンの人材育成は、図1のように、「リーダー育成」「階層別」「選択型/課題別学習」「その他」と多岐にわたります。*3
出典:損保ジャパン「育成支援体系(*一部抜粋)」
https://www.sompo-japan-saiyo.com/culture/human_resources/


この中で「損保ジャパン大学」は、「選択型/課題別学習」に位置付けられ、役職にかかわらず誰でも興味のあるコンテンツに参加できる仕組みになっています。*4

設立の経緯

「損保ジャパン大学」が創設されたのは、2020年。対象は約25,000人の全社員です。*5
その経緯はどのようなものだったのでしょうか。

同社は全社員を対象に「学び」に関するアンケートを実施しました。その結果、社員一人ひとりの学習意欲は高いのにもかかわらず、学びに対する満足度は低く、ギャップが生じていることが分かりました。

そこで、場所や時間、現在の業務にとらわれることなく、さまざまな知識を得る機会を均等に提供する場として「損保ジャパン大学」を設立することにしたのです。

基本的な方向性

まず、ポリシーは以下の図2のようなものです。*4

出典:「ようこそ損保ジャパン大学へ」
https://www.sompo-japan-saiyo.com/sjcollege/


図2から、社員が「組織の枠」にとらわれずに、「なりたい自分」のイメージを大切にしながら、学びや学び直しができるような人材育成を目指していることが見てとれます。また、それが社員と企業双方の成長につながるという「互恵関係」も見えてきます。

コンテンツはオンラインで提供されるため、配属された部署や地域、家庭環境にかかわらず「いつでも、どこからでも」学べます。

コンテンツ

コンテンツは多様で、社員のステージや目的に応じて選べるように配慮されています(図3)。*4
出典:「ようこそ損保ジャパン大学へ」
https://www.sompo-japan-saiyo.com/sjcollege/


まず、「SOMPO LIVE」は社内外から著名講師を招いて行われる講義形式のコンテンツです。

次に、マーケティングやデジタルなど8学部(2022年10月時点)に分かれ、半年単位で行
う「ゼミナール」は、若手からベテランまで幅広い年代の社員に好評で、参加者は2022年10月時点で、延べ850人に達したということです。*6

このゼミは通常業務での習得が難しい分野を中心に編成され、各ゼミに配置された専属の講師の下、少人数制でテーマに基づいた研究や活動を行っています。*4
こうした研究や活動は、リスキリング(今後必要となる能力を身につける、再教育)としても有用だと企画者は考えています。*7

「SOMPOライブラリー」は、社内SNSをプラットフォームとして、社内の教育コンテンツや社員が推薦する本を紹介し合うものです。ここで意識されているのは、自己研鑽の促進と学び合いの風土の醸成です。

情報交換の場としてのプラットフォーム「損保ジャパン大学Currents」もあります。このプラットフォームを通じて、受講者の受講後の感想や情報、さらに「SOMPO LIVE」や「ゼミナール」を主催する部署による、お薦めの講座情報などがシェアされています。

新たな人材育成のための環境づくりを目指して

最後に「損保ジャパン大学」の立ち上げ時からこのプロジェクトをリードしてきたリーダーたちの道のりをみていきましょう。*7

まず、構想は、「社員の1人ひとりが自ら学び行動し、それが成長につながって、会社の未来を担っていく」というものです。
そのためにオンラインにし、ライブ配信された講義をアーカイブ配信することで、参加人数、時間、場所の制約を解消しました。

次に、自然と能動的になれるような魅力的なコンテンツや仕組みづくりに注力しました。
しかし、せっかくコンテンツを用意しても、社員に利用してもらえなければ意味がありません。
そこで、社員にアンケートをとってニーズを探りました。そして、トライ&エラーを繰り返し、コンテンツを洗練させていくことにしました。

ところが、設立当時の社員の参加状況は芳しいものではありませんでした。
そんな中、リーダーの1人が企画したコンテンツが注目を集めます。
「SOMPO LIVE」への社長の登壇でした。社長が社員の質問に答えるという企画です。
これが大きな関心を集めたのを皮切りに、「SOMPO LIVE」はさまざまな経営陣や著名人を巻き込んで展開していきました。
それとともに、損保ジャパン大学の存在が社内に広く周知され、社員がわくわくするようなコンテンツを多数企画することで、設立からの約1年間で参加者は2万人以上に達しました。

この企業内大学での学びは、人と人のやり取りであり、そうしたインタラクティブな関わり合いによって、社員は最も深い学びが得られる。そういう意味で、この「企業内大学」は人材育成の新しい形といえるのではないか―リーダーの1人はそう語っています。

社内価値を超え市場価値が高い人材を

社員の学習意欲が高くても、組織を離れて自主的に学ぶには、時間的な制約や費用面での負担などが障壁となります。
人材育成の新たなフェーズにある現在、企業主導型の人材育成の強化は欠かせません。
社員側が自律的な学びや学び直しを継続するためには、労使の「協働」が必要なのです。

繰り返しになりますが、現在はもう従来のようにOJTだけで立ち行く時代ではありません。
本稿で取り上げた損保ジャパンの人事部も、「これからは企業の社内価値だけではなく、市場価値が高い人材が育つ環境作りが重要だ」と述べています。*6
そうした観点からみても、同社の「オンライン企業内大学」は示唆に満ちた取り組みといえるのではないでしょうか。