副業は、多様な働き方のひとつとして注目されながらも、かつてはスムーズな普及が難しいものでした。
しかし、厚生労働省の「モデル就業規則」の改訂やコロナ禍を契機として、企業、従業員ともに働き方に関する認識に変化がみられ、現在は優秀な人材を確保するためには副業解禁が必須ともいえる時代になりつつあります。
一方、副業・兼業を解禁している企業であっても、そのスタンスは一律ではありません。
厚生労働省は副業・兼業に取り組む民間企業11社に対してヒアリングを行い、「副業・兼業に取り組む企業の事例について」を公表しました。
各社はどのような取り組みをしているのでしょうか。
厚生労働省による事例集とガイドライン、アンケート調査の結果を参照しながら、副業・兼業に関する意識、解禁・推進する際のメリットと留意点について考えます。
厚生労働省は副業・兼業を積極的に推進していますが、そもそも、副業・兼業はなぜ解禁した方がいいのでしょうか。その根拠・理由をみていきましょう。
厚生労働省の「モデル就業規則」は多くの企業が就業規則を作る際に参考にするものです。
2018年、働き方改革の一環として「モデル就業規則」から「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」が削除され、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」が追加されました。*1, *2
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以後、「ガイドライン」)にも、
「副業・兼業に関する裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であり、各企業においてそれを制限することが許されるのは」
たとえば、以下に該当する場合だと解されている、と書かれています。*3
また、副業・兼業を希望する人は年々増加傾向にあり、コロナ禍を契機に副業・兼業を始める人が増えたという状況もあります。*4
副業・兼業を促進することには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
上述の「ガイドライン」は、そのメリットについて、以下のように指摘しています。*3
では、副業・兼業を認める、あるいは認めようとしている企業の目的はなんでしょうか(図1)。*5
出所)厚生労働省(公益財団法人産業雇用安定センター)「従業員の「副業・兼業」に関するアンケート調査結果の概要」(2023年3月)p.7
https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/001145565.pdf
最も多い目的は「多様な働き方の実現」で、「従業員のモチベーション向上」「自律的なキャリア形成」が続いています。
これらはいずれも、従業員のエンゲージメントにつながる要素といっていいでしょう。
では、副業・兼業は現在、どの程度普及しているのでしょうか。また、導入を阻む要因には
どのようなものがあるのでしょうか。
公益財団法人産業雇用安定センターが2023年6月から7月に行った調査によると、企業全体では「雇用による副業・兼業」(労働契約に基づくパートやアルバイトなど)の割合が25.7%、今後「雇用による副業・兼業」を認める予定の割合は6.2%で、合わせて31.9%でした。*5
また、「個人事業主等としての副業・兼業」(委託契約や請負契約に基づく自営業やフリーランスなど)を認めている割合は13.4%、今後「個人事業主としての副業・兼業」を認める予定の割合は3.1%で、合わせて16.5%でした。
したがって、実施形態を問わずにみると、副業・兼業を認めている、あるいは認める予定の企業割合は48.4%と、約半数に上ります。
企業規模別にみると、規模が大きい企業ほど認める割合が高いことがわかります(図2)。
出所)厚生労働省(公益財団法人産業雇用安定センター)「従業員の「副業・兼業」に関するアンケート調査結果の概要」(2023年3月)p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/001145565.pdf
では、副業・兼業の導入や促進を阻んでいる要因はなんでしょうか。
「ガイドライン」は、副業・兼業を促進する際には以下のようなことに留意する必要があると指摘しています。
副業・兼業を促進することにはさまざまなメリットがある一方で、導入・促進に際してはこのような難しい側面もあり、導入・促進を逡巡する企業もみられます。
副業・兼業を認めている企業はどのような取り組みをしているのでしょうか。
厚生労働省は2022年8月から10月にかけて、副業・兼業に取り組む企業11社に対してヒアリングを行い、その結果を「副業・兼業に取り組む企業の事例について」(以後、「事例集」)で公表しています。*6
各社はどのような取り組みをしているのでしょうか。
まず、ヒアリングしたすべての企業に一致していたのは、以下の3点です。
なお、健康確保のための取組として、本業での労働時間と副業・兼業の時間を通算して医師の面接指導の対象としている企業もありました。
これらは先にみた「ガイドライン」の留意点に合致するものです。
事例集には、副業・兼業を重視する、以下のような事例が紹介されています。
一方で、副業・兼業を認めつつも、以下のように慎重な取り組みをする企業もみられます。
このように、副業・兼業を認めている企業であっても、そのスタンスは多様です。
事例集で紹介されている11社の企業は、それぞれ独自の取り組みをしていますが、ここではトップダウンで改革を進めた、株式会社SBI新生銀行の取り組みをご紹介します。
同社では、実施形態にかかわらず、兼業希望者は申請書と誓約書を所属長と人事部に提出し、承認を受けます。承認の有効期間は1年間で、1年間を超えて兼業を行うには、改めて申請を行い、承認を受ける必要があります。
競業であっても社名だけでなく、実態も見て判断されます。
たとえば、他の銀行で融資や投資の業務に就くことは認めていませんが、人事のような事務系業務などは認められる可能性が高くなります。
兼業の時間は原則として1週20時間未満、1か月平均30時間以内を上限としており、従業員の自己申告によって、副業・兼業時間を定期的に把握しています。
同社は多様な働き方、自由時間の過ごし方の選択肢として副業・兼業を解禁していますが、副業・兼業を実施した社員からは、以下のような声が寄せられてるとのことです。
自身のもつ資格や、これまでの経験を活かした兼業・副業を実施する社員も増えています。
また、同社はデジタル人材など、外部企業からの副業・兼業人材を、情報管理のリスクも踏まえたうえで、雇用型であっても積極的に受け入れています。
同社は、働き方が多様化する将来を見据えると、デジタル人材をはじめとする貴重な人材の確保のためには、他の仕事の空き時間などの短い時間でも働ける制度を整えていくことが必要だという考えのもと、今後も兼業・副業人材の受入れを拡大していきたいと考えています。
公益財団法人産業雇用安定センターは、副業・兼業の推進を図る厚生労働省の補助事業として、2023年10月、「雇用型の副業・兼業に関する情報提供モデル事業(ビジネス人材雇用型副業情報提供事業)」を、東京・大阪・愛知で開始しました。*7
この事業は、副業・兼業を希望する中高年齢者のキャリアの情報や、その能力の活用を希望する企業の情報を蓄積し、中高年齢者に対して企業情報を提供していくものです。
こうした動向からも、副業・兼業は今後、普及していくことが予想されます。
上述のとおり、副業・兼業を導入・推進するためには、留意しなければならない点もあり、管理が難しいという側面もあります。
しかし、複数の仕事をもつことが従業員の選択肢を増やし、ポテンシャルを高めることは確かでしょう。そして、それはそのまま企業の力ともなります。
留意点も理解したうえで副業・兼業を解禁・推進することは、従業員にも企業にもさまざま
なメリットをもたらすといっていいのではないでしょうか。