誰がどう話せば相手に正しく伝わるのか 「言語的スタイル」から探る会話術
わたしたちは日常生活でもビジネスの場でも、「言語」を使ってコミュニケーションを取っています。しかし中には、人に対する説得力がある人とそうでない人がいるのもまた事実でしょう。
この差が生まれる理由のひとつに「話し方」があることは想像に難くありません。
そこで今回は、実際に言語学の世界で観察・研究された数々の事例をご紹介します。
それら事例を通して、社内での円滑なコミュニケーションをはかる、あるいは誤解を防ぐための参考としてみてください。
「悪気はない」のに「怖い」と言われてしまう
「話し方」が人の印象を変えるのは、珍しいことではありません。 例えば、地域差によるコミュニケーションの「間合い」の違いが、職場での人間関係に亀裂を生むことがあります。
よくある事例として、関西出身者と東京出身者の会話のギャップが挙げられます。
関西の文化圏では、会話のテンポや「オチ」を重視する傾向があり、相手の話に対して「で?(それでどうなったの?)」と、先を促す相づちを打つことが日常的に行われます。これは相手の話に興味を持っているサインであり、親愛の情を含んだコミュニケーションです。
しかし、この習慣に馴染みのない地域の人にとって、この「で?」という短い切り返しは、全く別の意味を持ちます。
「話がつまらないと言われているのではないか」 「冷たく突き放された」 「怒っているようで怖い」
発話者には何の悪意もないにもかかわらず、受け手は「否定された」「攻撃された」と感じてしまう。 こうした「言語的スタイル」の相違が、知らず知らずのうちに職場の心理的安全性を損ない、人間関係の悪化を招いているケースは少なくありません。
「言語的スタイル」の相違が、人の評価を180度変えてしまう
このように、人が育った環境や触れてきた文化によって会話のスタイルが異なるのは当然のことです。
会話のペース、物事を直接的に言うか間接的に言うか、沈黙を好むか嫌うか。これらの個人によって異なる特徴的な話し方のパターンは「言語的スタイル」と呼ばれます。
アメリカの言語学の教授であるデボラ・タネン氏が、1995年の「ハーバード・ビジネス・レビュー」に興味深いコラムを寄稿しています。
コラムによるとタネン氏は、あるビジネスパーソンらについて、このような変化を観察しています*1。
例えば、デトロイト出身のボブとニューヨーク市出身のジョーの場合です。
ボブは、ジョーに会話の間合いをもっとゆっくりしてくれるという期待を抱いていました。しかしジョーの話し方の間合いはそうではなく、ジョーはボブの話の間にも割り込んで発言をしてしまいます。 これは、ジョーからすればボブが会話の間に見せる沈黙を不慣れで不快なものと感じてしまい、その沈黙を避けるために自分が話してしまうためです。単なる日常的な会話のテンポが両者で異なるために、思わず取ってしまう行動です。
しかしこの結果、ボブはジョーのことを強引で自分の発言に無関心な人であると思うようになってしまったのです。
またコラムでは、言語的スタイルの違いが、その人の評価を180度変えてしまう事例も紹介されています*1。
サリーがテキサスからワシントンDCに転居したとき、彼女はスタッフミーティングに割り込むチャンスを探し続けましたが、そのチャンスを見つけることはできませんでした。
テキサスでは彼女は外交的で自信に満ちていると見なされていましたが、ワシントンでは恥ずかしがり屋で内気であると見なされていました。彼女の上司は、アサーショントレーニング※を受講することを勧めさえしました。
※アサーショントレーニング=自分の意見を適切に伝えるトレーニング。
いずれも、会話の中で生まれるたった数秒の休止が必要か不快か、それだけのことで起きてしまったすれ違いです。 しかし「それだけのこと」が、人材の評価を誤らせ、優秀な人材のポテンシャルを殺してしまうことさえあるのです。
その「扱いにくさ」は、ただの「スタイルの違い」かもしれない
ボブとジョー、サリーの事例は、現代の日本企業でも頻繁に起きています。 特に、多様な背景を持つ若手社員を受け入れる現場において、この「見えない壁」は深刻な問題となります。
「あの中途採用者は会議で発言しない(=意欲がない)」と評価されている人が、実は「発言のタイミング(間合い)」を慎重に図っているだけの「熟考型」の人物かもしれません。
逆に、「あの上司は高圧的だ」と思われている人が、実は単に「結論から話す(直接的)」スタイルを好むだけで、悪気はないのかもしれません。
こうした「目に見えない特性(言語的スタイル)」のギャップを放置すると、若手社員は「この職場では自分は理解されない」と感じ、エンゲージメントの低下や早期離職に直結します。
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直接的か間接的かというスタイルの違いが生んだ悲劇
また、言語的スタイルの個人差として、物事を直接的に伝える傾向のある人と間接的に伝える傾向のある人が存在します。
タネン氏は、この違いが原因で起きた航空機事故を紹介しています。事故はエアフロリダの飛行機がワシントンDCの空港から離陸しようとした直後にポトマック川に墜落し、搭乗していた74人のうち5人を除く全員が死亡したというものです*2。
ブラックボックスの解析により、離陸前に操縦士と副操縦士の間に以下のようなやりとりがあったことが判明しました。
離陸前、飛行機の氷を取り除く作業の後、それでも離陸までの待ち時間が長いことを2人は心配していました。その間のことです。
副操縦士:飛行機の後ろにぶらさがっている氷の塊があることなど、全部見えますか?
操縦士:ああ、わかっているよ。
副操縦士:これは待っても無駄な抵抗かもしれませんね。安全だと勘違いさせてしまうかもしれない。
(副操縦士は離陸直前に計器の異常などを伝えていたが、ここで改めてその問題を操縦士に指摘することはしなかった)
副操縦士:あ、そんなことはないですよね、いかがでしょう?(3秒の沈黙)あ、そんなことはない、大丈夫だ。
操縦士:ああ、大丈夫だよ。
副操縦士:いや、大丈夫ではないと思いますが…(7秒間の沈黙)あ、いや、大丈夫かもしれません。
非常に曖昧な会話を交わしただけのまま、飛行機はその後離陸し、悲劇的な結果をもたらしました。
副操縦士が機器の異常などに気がつき、一度はそれを指摘していながらも、ここではそれを改めて強く発言することはなく、操縦士に行動指針を直接的に提案しないまま「沈黙」という形で操縦士の意見を間接的に否定しようとしたと考えられます。
副操縦士としてはつららがいまだ機体にぶら下がっていることを指摘し、操縦士に危険を伝えたかったのでしょう。しかし操縦士の「そんなことはわかっている」という雰囲気の返事から、態度を軟化させてしまい、自分の懸念を強く主張できなかったと考えられます。
実はこの操縦士は寒冷地に不慣れでした。副操縦士が機器の異常や自分の意見を直接的に繰り返し伝えていれば、このような悲劇は起きなかった可能性があります。
ビジネスにおいても同様のリスクがあります。「上司に直接意見するのは失礼だ」と考えるスタイル(間接的)の部下が、重大なリスクに気づいていながら、遠回しな表現しかできず、結果としてトラブルが大きくなるケースです。
内容よりも言語スタイルの理解を優先しよう
ここまで見てきたように、人の話し方は自然と身についた無意識のものであったり、衝突を避けたいという意図が働いたり、あるいは「場の空気を読む」ことに気を取られたり、といった要素で大きく異なってしまいます。 しかし、ちょっとした間合いや言葉選びによって個人本来のパフォーマンスを左右することもあるというわけです。
言語スタイルに関する他の研究では、例えばなまりや話すスピードの違いが相手に与える印象を左右したり※3、カタカナ語を多用するかそうでないかでその人が知的であるかどうかの印象が変化したりする※4といった結果も得られています。 しかし、カタカナ語が知的な印象を与えるからといって、相手に話の中身が伝わらなければ意味はありません。
これらに絶対的なルールはないと筆者は考えています。
ひとつ言えることは、相手のパフォーマンスを最大限に引き出すためには、相手にとって心地よい言語スタイルがどのようなものかを把握し、それに合った話し方をすることが重要だということです。
ビジネスシーンでは、その人が「何を言うか」が注目され、評価の対象になりがちです。 しかし、環境や話し相手によっては、それが相手の本質ではないことも珍しくはないのです。
言語スタイルの違いを理解することが相手に対する真の理解につながり、すれ違いを防ぐ大切な要素であるという事実は知っておきたいものです。
そして、特に経験の浅い若手社員にとって、この「言語スタイルの違い」は時に大きなストレスとなり、退職の原因にもなり得ます。
「なぜか話が噛み合わない」「最近、若手の元気がなく、本音がわからない」。 そうお悩みの人事・経営者様は、ぜひ調査データに基づいた「若手社員のコミュニケーション特性」を知り、組織の定着率向上にお役立てください。
若手社員のコミュニケーションからひもとく定着・退職予防のポイント
・各種調査データから見る、若手が感じる「コミュニケーションの難所」とは?
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2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。
*1、2
「ハーバード・ビジネス・レビュー」1995年9~10月号
*3
岡本真一郎「言語的スタイルが説得に及ぼす効果」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjesp1971/25/1/25_1_65/_pdf p70
*4
海上智昭、高井次郎「言語スタイルによってもたらされる”知的な印象”の構造」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cogpsy/2006/0/2006_0_029/_pdf/-char/ja p29
