上場企業における女性役員の割合は次第に増えつつあり、2022年に10%を初めて突破したものの、その大半が社外登用で占められています。
こうした状況を変えるために、社内で女性役員を育てる取り組みが広まりつつあります。
それはどのようなものでしょうか。
そもそも、なぜ生え抜きの女性役員が必要なのでしょうか。
国内外の取り組みもまじえ、女性役員をめぐる最近動向をご紹介します。
「役員」とは一般的に、会社法 第三百二十九条で定めている「取締役、会計参与及び監査役」を指します。*1
ただ、これから引用する資料によって若干の違いがありますので、その都度、示すことにします。
まず、女性役員をめぐる現況についてみていきましょう。
内閣府によると、2017年から2022年の5年間で、東証プライム上場企業の女性役員数は3倍近く増え、11.4%になりました(図1)。*2:p.2
出所)内閣府「執行役員又はそれに準じる役職者」における女性割合に関する調査について」p.2
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/pdf/tyousa22.pdf
ただ、国際的にはまだまだその割合が低いことがわかっています(図2)。*3:p.58
(OECDStat, 「EMP11: Female share of seats on boards of the largest publicly listed companies」2020 年データより国土交通省作成)
出所)国土交通省「令和3年版 国土交通白書 >第1部 第2章 第3節 多様化を支える社会への変革の遅れ>世界各国との比較」p.58
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r02/hakusho/r03/pdf/np102300.pdf
また、女性役員の90%近くが社外登用で、40%弱の男性役員と比較すると、その差は歴然です(図3)。*2:p.10
出所)内閣府「執行役員又はそれに準じる役職者」における女性割合に関する調査について」p.10
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/pdf/tyousa22.pdf
こうした状況を受けて、現在では社内で女性役員を育てる取り組みが広まりつつありますが、そもそもなぜ生え抜きの女性役員が必要なのでしょうか。
そこには、社内役員と社外役員では担う役割が違うという背景があります。
2019年に会社法が改正され、上場会社等は社外取締役を置くことが義務づけられました。*4:p.13
この改正を受けて経済産業省は、「社外取締役ガイドライン」を公表し、改正の趣旨を以下のように説明しています。
「社外取締役には、少数株主を含むすべての株主に共通する株主の共同の利益を代弁する立場にある者として業務執行者から独立した客観的な立場で会社経営の監督を行い、また、経営者あるいは支配株主と少数株主との利益相反の監督を行うという役割を果たすことが期待されている」
社外取締役の役割は、このように会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上という観点からみて、経営陣による会社の経営が適切に行われているか評価・確認し、必要に応じて軌道修正を行うことです。*4:p.14
一方、会社の経営を一義的に担っているのは社内取締役をはじめとする経営陣であり、日々の業務執行は社内役員によって自律的になされるべきものです。
したがって、会社内部で経営の本流を担う社内役員は会社にとって非常に重要な存在であ
り、社内役員に女性が登用されてこそ、多様性な視点や経験、感性が会社の意思決定に活かされるという側面があるのです。
市場では、世界的な潮流として、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報を投資判断に組み込み長期的な投資リターンの向上を目指す「ESG投資」が拡大しています。*5
また、女性取締役がいる企業の方が、女性取締役が1人もいない企業に比べて株式パフォーマンスがよいという調査結果もあります(図4)。
出所)女性共同参画局「資本市場における女性活躍評価の状況」
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/jokyo.html
こうした状況から、市場では、女性の活躍に積極的な企業が評価される動きが広まっています。
それを裏付けるデータもあります。
男女参画局が「ESG投資における女性活躍情報の活用状況に関する調査研究」を実施したところ、68.9%の機関投資家が、投資判断において女性活躍情報を活用する理由として、「企業の業績に長期的には影響がある情報と考えるため」と回答しているのです。
経団連は、こうした状況を背景に、またポストコロナ時代を見据えた新成長戦略として、ダイバーシティ&インクルージョンを経営戦略の重要な柱に位置づけ、企業の意思決定機関である取締役会に着目しました。*6
そして、女性をはじめ多様な人々の視点を業務執行やガバナンスに活かす取り組みとして、「2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にする」ことを目指す「2030年30%へのチャレンジ」を掲げています。
生え抜きの女性役員を育てるということは、女性社員が入社してからの育成が必要だという
ことを意味します。
そこで、経団連は上述のチャレンジに関連して、キャリアステージに応じたサポートプログラム例を公表しています(図5)。*6
出所)日本経済団体連合「2030年30%へのチャレンジ」
https://challenge203030.com/
まず採用に関しては、理工系の場合、中高生の段階からアプローチし、採用面接時のアンコンシャス・バイアスの撤廃に務めることなどが提唱されています。
また、若手の段階では、性別に関係なく活躍できる企業文化の浸透などが、管理職の段階では、業務と家庭生活の両立サポートなどが推奨されています。
さらに、部門職の段階では、ジェンダー・バランスに配慮した役員候補者のリストアップや、関連会社の役員、社長への登用などのストレッチ・アサインメント(現時点では到達が困難だと考えられる役職に敢えて任命して成長を促すこと)などが提唱されています。
EU欧州議会は2022年11月、EU内の従業員250人以上の上場企業を対象に、一定の比率で女性の取締役を登用することを事実上義務付ける法案を正式に採択しました。*7
21年時点でEUの大手上場企業の女性取締役の比率は平均30.6%でしたが、実はフランスの45.3%からキプロスの8.5%まで加盟国の間で大きな差があります。
欧州委員会はこの法案を2012年に提案したものの、消極的な国もあり、協議は長く停滞していました。2022年になって主要国のフランスやドイツが積極的な姿勢を見せたことで前進し、採択に至ったのです。
この法案では、2026年6月末までに、日常の業務執行に携わらない社外取締役の少なくとも40%、あるいは全取締役の33%を女性が占める必要があり、基準を達成できなかった企業はその理由と対策を公表する必要があるほか、制裁金が科される可能性もあります。
最後に国内の取り組み事例をみていきましょう。
大手総合商社の双日株式会社(以下「双日」)は、女性活躍推進に優れた上場企業として、経済産業省の令和4年度「なでしこ銘柄」に選定されました。双日の選定は2016年度から7 年連続です。*8:p.1
図6は同社の女性活躍関連目標と進捗を表しています。*9:p.60
出所)双日株式会社「価値創造できる人材を輩出し続ける人的資本経営」p.60
https://www.sojitz.com/jp/ir/reports/annual/upload/ar2022j_esg_s.pdf
同社は「⼥性活躍推進法⼀般事業主⾏動計画」(2021年4⽉1⽇からの3年間)の一環として、⼥性管理職⽐率の対2020年度⽐15%アップ(5.3% → 6.0%以上)を掲げています。*10
その目標を達成するために取り組んでいるのが本社外での成⻑機会提供で、ライン⻑候補者の育成方法として、海外駐在、⻑期トレーニー(研修者)、国内出向の増加を目指しています。
以下の図7は、同社の「ジェンダーにかかわらず活躍できる環境づくり」ですが、「海外トレーニー」や「海外駐在、国内出向」は、キャリアステージでいうと、「若手~課長職候補世代」、さらに「課長職」にまたがっています。*9:p.60
出所)双日株式会社「価値創造できる人材を輩出し続ける人的資本経営」p.60
https://www.sojitz.com/jp/ir/reports/annual/upload/ar2022j_esg_s.pdf
ところが、定期的に行っているエンゲージメントサーベイの結果から、女性総合職は、第一子出産前の20代で海外勤務を希望する割合や成長意欲が高いことがわかったため、同社は女性が管理職になる上で「キャリアの先回し」が重要であると認識しました。
そのため、女性総合職の海外・国内出向経験を重要視し、20歳代の女性社員の積極的な派遣を促した結果、対象者の女性比率が25%であるのにもかかわらず、2022年3月期の派遣実績は50%が女性だったということです。
大手損害保険のMS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社(以降、「MS&AD」)では、ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みが順調に進んでいます(図8)。*11:p.5
出所)MS&AD「Diversity &Inclusion D&I推進レポート2022」p.5
https://www.ms-ad-hd.com/ja/group/value/diversity_inclusion/main/018/teaserItems1/0/file/diversitybook2022.pdf
同グループは女性の社内役員を育成・輩出するために、女性部長を関連事業会社の非常勤取締役に就任させ、経営のための経験を積む機会をつくっています。*11:p.7
また、グループ横断で「グループ女性部長の会」を設け、他社との共同研修や役員との意見交換会も行っています。
女性の社内役員を増やすことには、さまざまなメリットがあります。
その育成のためには、いつまでにどの程度の増加を目指すのか目標設定を行った上で、入社時から役員に至るまでのキャリアパスを描き、キャリアステージだけでなくライフステージにもに配慮したサポートを提供することが欠かせません。