男性の育児休業は少子化対策として有益であるだけでなく、配偶者のワンオペ育児の解消に役立ち、職場復帰を促進すると指摘されています。それは社会的なメリットや個人の幸福の実現に留まらず、企業の成長にもつながることを意味します。
そのため、最近は政府も企業も男性育休を後押しする施策を次々に繰り出しています。
男性の育児休業の有用性、現行の制度の概要と取得率について説明し、企業の取り組み事例をご紹介します。
まず、男性が育児休暇を取得するとどのようなメリットがあるのかみていきましょう。
国立社会保障・人口問題研究所の調査(2021年)によると、子どもをほしいと思っている夫婦が子どもを持つ理由は、「子どもがいると生活が楽しく心が豊かになるから」が最も多く、80%に上っています。*1:p.57
しかし、夫婦が理想とする子ども数と実際に予定している子ども数の間には差があり、2021年には、理想の子ども数は2.25人である一方、実際に予定している子ども数は2.01人でした(図1)。*1:p.54
出所)国立社会保障・人口問題研究所「2021 年社会保障・人口問題基本調査 <結婚と出産に関する全国調査> 第16回出生動向基本調査 結果の概要」p.54
https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16gaiyo.pdf
では、夫婦が理想の数の子どもを持たない理由は何でしょうか。*1:p.58
もっとも選択率が高かったのは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」という経済的理由で52.6%でしたが、「これ以上、育児の心理的、肉体的負担に耐えられないから」が23.0%、「夫の家事・育児への協力が得られないから」が11.5%を占めています。
これらのことから、育児の負担や夫の家事・育児参加が、実際にもつ子ども数に影響を与えていることが窺えます。
筆者も経験がありますが、育児は大きな喜びをもたらしてくれる一方で、特に乳児の間は24時間、目が離せず、心身ともに重労働です。
夫の休日の家事・育児時間が長いほど第2子以降の出生割合が高いという調査結果もあります(図2)。*2:p.4
出所)厚生労働省「育児・介護休業法の改正について ~男性の育児休業取得促進等~ 」p.4
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000851662.pdf
ところが、6歳未満児のいる日本の夫の家事・育児関連時間は先進国の中で短く、1日あたり1時間23分、そのうち育児時間は49分に過ぎません。
出産前に働いていた女性の、第1子出産後の継続就業率は69.5%に上りますが、妊娠・出産
を機に退職した人にその理由をきくと、「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立の難し
さで辞めた」と回答した人が最も割合が高く、41.5%に上ります。*2:p.3
その具体的な理由のうち最も割合が高いのは「自分の気力・体力がもたなそうだった(もたなかった)で59.3%に上り、「配偶者・パートナーの協力が得られなかった、配偶者・パートナーが辞めることを希望した」も25.9%に上っています。
厚生労働省の調査では、実際に、夫の平日の家事・育児時間が長いほど、妻は同一就業を継続している割合が高いという結果になっています(図3)。*2:p.4
出所)厚生労働省「育児・介護休業法の改正について ~男性の育児休業取得促進等~ 」p.4
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000851662.pdf
これまでみてきたように、男性の家事・育児参加は、第2子以降の出生割合を高め、女性の職場復帰を後押しすることにつながります。
ここで男性の育児休暇の概要をみていきます。
国は、2022年、男女とも仕事と育児を両立できるように、「産後パパ育休制度」の創設や雇用環境整備、個別周知・意向確認の措置の義務化などの改正を行いました。*3:p.1
このうち、2022年10月1日に施行された「産後パパ育休(出生時育児休業)」と育児休業の
分割取得についてみていきましょう。
「産後パパ育休」は、育児休業とは別に、子の父親が子の出生後8週間以内に4週間まで、2回に分割して取得することが可能です。
育児休業も、夫婦ともに2回に分割して取得でき、さらに1歳以降の育児休業も開始時点を柔軟化することで、 夫婦が育休を途中交代できるようになりました(図4)。*3:pp.2-4
出所)厚生労働省「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内 」p.3
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf
労使協定を締結している場合に限り、 労働者が合意した範囲で休業中に就業することも可能です。
育児休業等の申し出・取得を理由に、事業主が解雇や退職強要、正社員からパートへの契約変更などの不利益な取り扱いを行うことは禁止されています。
また、妊娠・出産の申し出をしたこと、「産後パパ育休」の申し出・ 取得、同育休期間中の就業の申し出・不同意などを理由とする不利益な取り扱いも禁止されています。
事業主には、上司や同僚からのハラスメントを防止する措置を講じることが義務付けられ、2023年4月1日からは、従業員数1,000人超の企業は、育児休業などの取得状況を年1回公表することが義務づけられました。
雇用保険の被保険者は、「産後パパ育休」を取得した場合、一定の要件を満たすと「出生時育児休業給付金」の支給を受けることができます。*4:p.1, p.4, p.9
また、原則1歳未満の子を養育するために育児休業を取得した場合にも、一定の要件を満たすと「育児休業給付金」の支給を受けることができます。
支給額はそれぞれ以下のとおりです。
<出生時育児休業給付金>
<育児休業給付金>
育児休業中には社会保険料が免除されるという制度もあります。
事業主が、年金事務所または健康保険組合に申し出をすると、育児休業など(育児休業または育児休業の制度に準ずる措置による休業)をしている間の社会保険料が、 被保険者本人負担分、事業主負担分ともに免除されます。*5:p.7
また、2019年4月1日からは、厚生年金保険に加入せず、国民年金だけに加入している人でも、出産前後の一定期間の国民年金保険料が免除される制度も始まっています。
中小企業を対象にした支援事業もあります。
仕事と育児の両立支援のノウハウをもつ「仕事と家庭の両立支援プランナー」が、中小企業で働く労働者の育児休業取得や育児休業後の職場復帰を支援するために、無料でアドバイスします。
また、ハローワークでは、育児休業中の代替要員を確保したい企業に対して、求職者が応募しやすい求人条件に関するアドバイスや、求職者への応募の働きかけなどをしています。
では、男性の育児休業取得は進んでいるのでしょうか。また、男性の育児休業取得を妨げている要因は何でしょうか。
育児休業取得率は、女性は最近80%台で推移していますが、その一方で男性は、急速に上昇してはいるものの、2021年度に13.97%と、女性に比べて低い水準にあります(図5)。*2:p.5, p.6
出所)厚生労働省「育児・介護休業法の改正について ~男性の育児休業取得促進等~ 」p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000851662.pdf
また、取得期間は、女性は6か月以上が95.3%である一方、男性は2週間未満が51.5%に上っており、育児休業を取得したとしても短期間の人が過半数です。
では、育児休業を取得しなかった男性の理由は何でしょうか。*2:p.8
厚生労働省の調査から、「男性・正社員」の育児休業制度を利用しなかった理由をみると、「収入を減らしたくなかったから」が41.4%で最も割合が高く、次いで「職場が育児休業制度を取得しづらい雰囲気だったから、または会社や上司、職場の育児休業取得への理解がなかったから」が27.3%、「自分にしかできない仕事や担当している仕事があったから」が21.7%となっています。
こうした状況がある一方で、男性の育児休業取得を後押しする企業も増え、最近、相次いで新制度を導入しています。
その取り組みをみていきましょう。
花王株式会社は、2023年1月から「完全取得必須型有給育児休暇制度」を新設しました。*6
これは男性の育児参加機会の拡大を目的とするもので、「有給育児休暇」を新設し、男女ともに10日間の育児休暇を完全に取得することを必須としています。
同社は同時に「短時間勤務制度」も新設しました。この制度を利用すれば、子どもが1歳4か月の末日まで、最大1日4時間・週3日までの時短勤務をすることが可能です。
株式会社ポーラ・オルビスホールディングスは、2023年4月から2か月以上の育児休業を取得した社員に奨励金を支給する制度を導入しました。*7
同社の社員には最大35万円が支給されますが、女性社員の社外パートナーが育児休業を取得した場合にも、給付金と年収との差額を月額最大15万円、最長1年間支給します。
同社は、同社の社員とその社外パートナーを対象にしたワークショップも開催し、妊娠・出産・育児に関する情報のインプットや、パートナーと共に育児を行うマインドセットを行っています。
社員が育児休業を取得したら、その職場の(育休取得者以外の)社員全員に最大10万円の祝い金を給付するという制度を導入した企業もあります。*8
それは三井住友海上火災保険株式会社が創設した「育休職場応援手当」(2023年7月から運営)で、同一職場で複数名が育児休業を取得した場合も、複数名分の一時金が給付されます。
LGBTQ+に配慮した制度を導入している企業もあります。*9
株式会社KDDIエボルバには、同性パートナーを「配偶者」として扱い、各種手当や休暇制度などを等しく適用する「パートナーシップ制度」がありますが、法律上親権を持てない同性パートナーの子どもを社内制度上の「家族」として扱い、育児休業や各種手当などを利用できる「ファミリーシップ制度」も導入しています。
政府は2023年6月、男性の育児休業取得率の目標を「2030年に85%へ」と大幅に引き上げました。*10
男性の育児参加は少子化対策として有益であるだけでなく、ジェンダーギャップの解消にも寄与することになるでしょう。
家庭的にも、パートナーの負担を軽減し、家族の絆を深めます。
また、女性が職場復帰しやすくなり、キャリアの継続が可能になることで、企業にもメリットをもたらします。
男性の育児参加を実現する育児休業を推進することにはさまざまな意義があるのです。