混同されがちなホラクラシーとティール組織 その違いはどこにある?
現在、大半の組織では、組織階層の中間層の人々が下位層の人々を管理し、上位層は経営陣としての役割を担っています。
一方、そうした階層型組織とは根本的に異なる自己管理型組織があります。その代表的なものがホラクラシーとティール組織。
この2つは同じ文脈で語られることが多く、混同されがちですが、同じものではありません。では、どこが違うのでしょうか。
本稿ではホラクラシーとティール組織の特徴と違いについて、事例をまじえながら、わかりやすく解説します。
ホラクラシーは「組織のOS」
ホラクラシーは組織ではなく、組織の運営モデルです。そして、「ホラクラシー型組織」とは、ホラクラシーを基に運営している組織を指します。
従来のOSをアップグレードする
ホラクラシーについて説明する際、開発者の1人であるブライアン・ロバートソン氏は組織をコンピュータに喩えます。*1
コンピュータと同じように、組織にもOSが備わっている。現在はいわばそのOS市場に「独占」が起こっていて、ビジネスを営む運営方法はたった1つしかない。いくつかのバリエーションはあるものの、会社組織の中の力学や基本構造は結局、同じだ。
ホラクラシーとは、そうした従来のOSをアップグレードするのに必要だと考えられる組織運営方法です。
ホラクラシーが開発されたのは1990年代。
ロバートソン氏はそれまで働いていた会社に大きな不満を抱き、仲間2人とソフトウェアのスタートアップを立ち上げ、より良い組織づくりを目指しました。
彼らのチームは有望そうな組織形態を片っ端から試し、実験を繰り返して、懸命に試行錯誤を重ねました。
そうやって編み出されたのがホラクラシーで、現在500以上のさまざまな企業に採用されています。
これから、その手法の中核的な3つの要素をみていきますが、ポイントは「人=役職」という結びつきを切り離すことです。
組織の基本単位はチーム
ホラクラシーでは、「サークル」と呼ばれるチームが組織の基本単位です。*2
組織の基本構造はサークルによって細分化され、モジュール化されるため、組織全体にわたって、どのサークルもすぐに活動を始めることができます。
例えば、ホラクラシーを導入した最大規模の企業として知られる、通販アパレル会社のザッポスでは、ホラクラシー導入後、150あった課が500のサークルへと進化しました。
そのサークルは図1のように、入れ子型になっています。
ホラクラシーには「階層がない」わけではなく、ヒエラルキー型組織のような支配的な階層とは異なる階層が存在しているのです。
出典:イーサン・バーンスタイン、ジョン・バンチ、ニコ・キャナー、マイケル・リー 著 倉田幸信 訳(2017)『ホラクラシーの光と影』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文)pp.15-16
ただし、サークルは仕事内容の進化に合わせて、随時、追加されたり廃止されたりするため、図1はいわば一時的なスナップ写真のようなものです。
「ホラクラシー憲法」
サークルは「ホラクラシー憲法」と呼ばれるガイドラインの枠内で、自らの設計・統治を行います。
憲法は、サークルの結成と運営方法、サークルの役割の見つけ方と割り当て方、サークル間の相互関与の方法、権限委譲のプロセス、ミーティングや意思決定に関するプロセスなどを示すものです。*1、*2
ホラクラシーを開発したロバートソン氏が設立した「ホラクラシーワン」は、オープンコードでホラクラシー憲法を随時更新していますが、2019年、最新版の「ホラクラシー憲法5.0」をリリースしました。*3 このバージョンの日本語版もあります。*4
役割を決めるプロセス
では、役割はどのようにして決めるのでしょうか。
「新しい役割が必要だ」あるいは「今ある役割を修正するかなくした方がいい」と誰かが思った場合、その人は自分のサークルの「ガバナンス・ミーティング」に提案します。*1、*4
ガバナンス・ミーティングは定期的に開かれますが、サークルの誰かが要請すれば、いつでも臨時のミーティングが開かれます。
ミーティングでは、誰か1人がファシリテータを担当し、特定の人の意見が意思決定を支配しないように、以下のような「統合意思決定プロセス」を実施しなければなりません。
ちなみに、このシステムに慣れないうちは、ファシリテータを務めてくれる公認コンサルタントもいます。
- 提案の発表:提案者が問題と解決策について説明する
- 問題点の明確化:参加者が自由に提案者に質問して、問題点を整理する。この段階ではメンバーはまだ反応することは許されない。
- 反応ラウンド:参加者は誰でも提案に対して順番に1人ずつ自分の意見を述べる機会が与えられる。しかし、この段階ではまだ議論は許されない。
- 修正と明確化:提案者は提案内容をさらに詳しく説明するか、それまでの意見交換に基づいて修正する。
- 異議申し立てラウンド:ファシリテータの掛け声で、反対意見がある人はその意見を表明し、記録するが、議論は行わない。反対者がいなければ、その提案は採用される。
- 統合ラウンド:反対意見が出た場合、ファシリテータは提案者にも配慮しながら、自由な議論を通じて、なるべく反対がなくなるような修正案を作る方向に議論を導く。複数の反対意見が出た場合には、すべての反対意見がなくなるまで、この手順を踏む。
ミーティングは、このように、本来的な意味での集団的知性の上に進行していきます。
そのため、従来の階層型組織にありがちな、社内政治の駆け引きや多数派工作は不要です。
環境に応じて変わるリーダーシップ
ホラクラシーでは、リーダーシップは個人ではなく、役割ごとに割り当てられます。*2
リーダーが負う責任は、仕事の内容に応じて、あるいはチームが新しい役割を作り、定義するのに応じて移り変わります。
この移り変わりを周知するためにはテクノロジーが不可欠で、ホラクラシーでは企業向けのソフトウェアを利用して、サークルごと、役割ごとの目的、責任、意思決定権を体系化し、組織内の誰もがその情報にアクセスできるようにしています。
こうした透明性によって、チームを超えた融和が可能になり、組織の風通しがよくなります。
しっくりこない役割に就いている人がいる場合には、その役割は別の人に割り当てられますが、そうした割り当て自体がひとつの役割です。
その役割は「サークル・リード(憲法5.0で、「リード・リンク」から改名)」と呼ばれ、入れ子型組織の中の1つのサークルを、それを内包するさらに大きなサークルに結びつける責任も担います。
従来の階層型の組織では、権力者が何をすべきか、いかにすべきかを指図しがちです。
一方、以上のような3つの要素を併せ持つホラクラシー型組織は、社内の権力者の要求ではなく、仕事上の必要性に応える組織になります。
ティール組織は「進化型組織」
ホラクラシーが運営モデルなのに対して、ティール組織は組織モデルです。
では、ホラクラシーとティール組織との関係はどのようなものなのでしょうか。
ティール組織の運営方法は個々の組織によってさまざまですが、多くのティール組織で用いられているのが、ホラクラシーなのです。
ただ、ホラクラシーとは別の運営モデルを採用して成果を上げているティール組織もあります。
ホラクラシーとの相性のよさ
ティール組織は従来の階層型組織のような支配的な階層をすべて取り払い、チームに分かれ、どのチームに属している人も、会社に関する大きな意思決定のプロセスに参与することができます。*1
営業、マーケティング、調査や研究、給与、採用、人事、解雇、設備購入、地域社会との関係・・・、それらすべての意思決定に、チームメンバーとして関わることが可能なのです。
こうしてみると、ティール組織が前述のホラクラシーと相性がいいことがわかります。
特に「人=役職」の結びつきを断ち切るというホラクラシーの中核的な方策は、広くティール組織で用いられています。
人間のパラダイムと組織の進化
ティール組織は新しい概念です。
提唱者のフレデリック・ラル―氏は、新形態の組織が専門のコンサルタントで、2014年に本稿でもご紹介している書籍『ティール組織』の原著 “Reinventing Organization” を自費出版しました。*1
すると、同著はたちまち多くの言語に翻訳され、ベストセラーに。日本語版が出版されたのは2018年のことです。
ラル―氏は執筆に先だち、世界中の組織を広く調査して、さまざまな組織の価値観、慣行、構造に注目しました。
その目的は、人々の可能性をもっと引き出す組織とはどのような組織で、どうすれば実現できるのかを明らかにすることでした。
ラル―氏はそうした調査結果だけでなく、進化論や発達心理学の知見も含めた考察により、人間のパラダイムと組織の進化を関連づけました(図2)。
出典:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 』英治出版社(電子書籍版)No.6
そして、組織がこれまで段階を経て発達してきたことを示し、現在は最初の組織形態「衝撃型(レッド)」から5段階目の、新たな組織モデルが世界中で生まれ始めていると述べています。
それがティール組織なのです。
3つの突破口
ラル―氏は先駆的なティール組織の数々の事例を研究し、その3つの特徴―既存の組織モデルの限界を突破する「突破口」を明らかにしました。*1
ティール組織は、以下のいずれか、あるいはすべてを備えています。
- 自主管理:階層やコンセンサスに頼ることなく、同僚との関係性の中で動くシステム
- 全体性:誰もが仕事向けの仮面を外し、本来の、丸ごとの自分として職場に存在でき、同僚・組織・社会との一体感がもてるような慣行を実践している
- 存在目的:組織自体が何のために存在し、将来どのような方向に向かうのかを常に追求する姿勢をもつ
『ティール組織』で取り上げられている日本企業の事例をみてみましょう。
上の「全体性」に関わる事例です。
ポイントサイトを運営するオズビジョンは、社員80名のスタートアップ。*5
革新的な経営手法を次々に実験していますが、興味深い慣行があります。その1つが、「サンクスデー」について語ること。
オズビジョンでは、毎年1日、サンクスデーと呼ばれる休日をとることができますが、その日は誰かに感謝を伝えるための資金として、会社から2万円受け取ります。
感謝するのは、同僚、親、友人、隣人、しばらく会っていない恩師・・・誰でもいいことになっています。
そして、サンクスデーが終わると、誰にどのような贈り物をしたのかを皆の前で発表するのです。
なぜその人に感謝しているのか、感謝の気持ちを伝えるためにどのような準備をしたか、相手の反応はどうだったか・・・。
「全体性」という突破口があっても、職場で完全に自分自身でいること、自分の内面をさらけ出すことは、なかなか難しいことです。
そのため、ティール組織では、お互いの内面を理解し、支え合うために、こうした慣行を実践しているのです。
おわりに
以上みてきたように、ホラクラシーとティール組織は同じものではありません。
とはいえ、従来の組織の問題点を克服し、さまざまな試行を繰り返しながら理想の組織を構築しようとするティール組織と、その多くに採用されているホラクラシーには通底する価値観があります。
その価値観と真摯に向き合えば、そもそも人は何のために働くのか、そして社員の幸せのために企業はどうあるべきかという、根源的な問いへの答えがみえてくるかもしれません。
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
*1
フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.3381-3482、No.9323-9324、No.7775-7778、No.9285-9297、No.9400-9402、No.9388-9399、No.257-260、No.9335-9336、No.6、No.1570-1585、No.4601-4610
*2
イーサン・バーンスタイン、ジョン・バンチ、ニコ・キャナー、マイケル・リー 著 倉田幸信 訳(2017)『ホラクラシーの光と影』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文)pp.17-20、pp.15-16
*3
Initial beta release of Constitution v5.0(GitHub)
https://github.com/nunukim/Holacracy-Constitution
*4
ホラクラシー憲法 日本語訳(GitHub)
https://github.com/nunukim/Holacracy-Constitution/blob/v5.0-ja-dev/Holacracy-Constitution.ja.md
*5 株式会社オズビジョン「人の幸せに貢献し、自己実現する集団で在る」
https://www.wantedly.com/companies/ozvisionrecruit