専門職不足を解消するために 「博士人材」の採用に注目しよう

    日本では博士課程の卒業者の民間での活躍が、アメリカに比べ低い水準にあります。
    高い専門性を持ちながら、一方で企業とのマッチングが進んでいないことがおもな原因です。

    一方でロボットやAIが台頭し、今後は専門職人材の不足が懸念されています。

    こうした将来を見据え、研究開発を担う人材として博士人材の獲得に力を入れる動きも出ています。

    博士人材の魅力や特徴とはどのようなものでしょうか。

    企業の間で広がる博士人材の積極採用


    国内で、博士人材を積極採用する動きが見られるようになりました。

    NECは東京工業大学と連携して院生を経済的に支援する制度を設けました。優秀な人材に修士課程の段階で内定を出し、博士号取得を前提に奨学金返済をサポートするというものです*1。

    またサイバーエージェントは、入社後も大学での研究や教壇に立つことを認めることで博士人材を確保しようとしています*2。
    また日立製作所は、博士課程の学生を対象としたジョブ型採用と組み合わせる形のインターンシップを本格的に導入しました。

    また大手機械メーカーDMG森精機は4月、博士課程を修了した新卒者の初任給を3割引き上げるという厚遇です*3。

    デジタル化やAI導入が急速に進むなか、それに対応し、かつ独自の研究・開発の成果を上げていきたいという思惑があると考えられます。

    実際、研究職における博士課程修了者の印象は「ほぼ期待通り」「期待を上回った」と回答する企業の割合は多くなっています(図1)。
    図1 研究職における博士人材の印象
    (出所:「博士人材のキャリアパスに関する参考資料」文部科学省)
    https://www.mext.go.jp/content/20211020-mxt_kiban03-000018518_5.pdf p21


    また、経年的に見ても、博士課程修了者への評価は高まっています(図2)。
    図2 博士課程修了者の評価の推移
    (出所:「博士人材のキャリアパスに関する参考資料」文部科学省)
    https://www.mext.go.jp/content/20211020-mxt_kiban03-000018518_5.pdf p21


    少なくとも研究開発という分野においては、人手不足があいまって博士課程修了者の採用に積極的になる企業が増えてもおかしくありません。

    博士人材活躍の日米差


    日本ではアメリカや中国とは違い、博士号取得者数が減少傾向にあります(図3)。
    図3 博士号取得者数の推移
    (出所:「令和4年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の処遇向上に関する調査)
    調査報告書」経済産業省資料)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa4_hakasejinzai_tyousahoukoku.pdf p15


    これは、日本では博士号を取得してもその先のキャリア形成の場所にじゅうぶんに辿り着けていないことが背景にあると考えます。
    まず、修士課程修了者とのキャリアパス全体像は大きく異なっていることがわかります(図4)。
    図4 修士課程修了者と博士課程修了者のキャリアパス(出所「博士人材のキャリアパスに関する参考資料」文部科学省)
    https://www.mext.go.jp/content/20211020-mxt_kiban03-000018518_5.pdf p2


    そして2018年度では1万5578人の博士課程修了者が誕生していますが、その行き先は

    • 医師、保健師等 2770人
    • 留学等 85人
    • 進学者 123人
    • その他、不明、死亡 3974人

    となっています。

    この「その他、不明、死亡」の約4000人の専門知識や能力を産業界で活用しない手はありません。

    なお、博士課程修了者の就職の様子を見てみると、日米で大きな開きがあることもわかります(図5)。
    図5 日米での博士課程修了者のキャリアパスの違い
    (出所:「事務局資料 令和3年12月7日」経済産業省)
    https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/mirai_jinzai/pdf/001_04_00.pdf p27


    特に物理・地球科学、数学、コンピューターサイエンスの部門では6~7割の博士人材が民間・産業界に就職しています(図6)。
    図6 アメリカでの博士人材の分野別就業状況(2019年セクター)
    (出所:「令和4年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の処遇向上に関する調査)
    調査報告書」経済産業省資料)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa4_hakasejinzai_tyousahoukoku.pdf p16


    一方の日本では、博士人材と企業のマッチングがうまく行っていないのが現状です。

    日本での博士人材活用状況


    マッチングがうまく行っていないのには、さまざまな要因があります。

    まずひとつは「必要とする分野の博士人材が見つからない」などの事情です(図7)。
    図7 研究開発者として博士人材を採用しない理由
    (出所:「博士人材のキャリア(趣旨・概要)」内閣府
    https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20230119/siryo1-1-1.pdf p11


    他には「企業内外での教育・訓練のほうが効果的」「特定分野の専門的知識を持っていても自社ですぐには活用できないから」という回答が目立ちますが、専門職人材を使いこなす力はいずれ経営には求められることと筆者は考えます。

    博士人材の強み・弱み

    このような調査結果もあります。
    博士人材の強み・弱みをそれぞれの立場の人がどう感じているかというものです。

    まず「強み」の部分から見ていきましょう(図8)。
    図8 博士人材の強み
    (出所:「令和3年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の活躍実態調査)調査報告書」経済産業省資料)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/reiwa3_hakasejinzaityousa_houkokusyo.pdf p49


    「最先端の知にアクセスする能力」「自ら課題を発見し設定する力」「自ら仮説を構築し、検証する力」これらについての印象は企業、本人、大学ともに考えは一致しています。
    特に課題発見力、検証能力は今の若い人材が苦手とするところであり、いまそして今後のビジネスシーンの中で、よき先輩となることが期待されます。

    一方、「弱み」の部分です(図9)。
    図9 博士人材の弱み(出所:「令和3年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の活躍実態調査)調査報告書」経済産業省資料)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/reiwa3_hakasejinzaityousa_houkokusyo.pdf p50


    「一般的なコミュニケーション能力」「マネジメント能力」「ビジネスに関する知識」においては劣るという感想を企業と本人は持っていますが、大学はそれを認識していないという現状があります。

    ただ、博士人材本人が認識しているのなら、育成の余地はあることでしょう。
    またこの点に関しては、大学との連携で解決していけそうです。

    博士人材を対象にしたアンケート調査では、産業界での活躍の一助となったものとして「実際に産業界で活躍している卒業生等との対談の機会」「企業人を招いた講義やマッチングの場の提供」が役立ったという回答が多く見られます*4。

    早い段階から企業と大学が手を組むことの重要さを示していると言えるでしょう。

    博士人材は「お金がかかる」?


    マッチングさえうまく行けば、専門知識とビジネスの知識を併せ持つ強い人材ができるというのが博士人材の特徴と言えます。

    ただ、企業としては待遇が気になることでしょう。

    じつは、産業界で働く博士人材では、給与水準に満足している人が少ないわけではありません(図10)。
    図10 博士人材の満足度
    (出所:「令和3年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の活躍実態調査)調査報告書」経済産業省資料)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/reiwa3_hakasejinzaityousa_houkokusyo.pdf p17


    3割は「修士号取得者と同様の待遇であるが満足している」と回答しているのです。

    海外流出を防ぐためにも


    つまるところ博士人材を採用するかしないかは、「採用してから専門性を学ばせる」のか「もともと専門性を持った人材を採用する」のかの違いといった部分があると筆者は考えます。

    もちろん前者のほうが、自社に必要な部分だけを学ばせることができるので効果的と考えられても不思議ではありません。

    しかし近年、フリーランスの活用が珍しいものでなくなり、「外の風」を持ち込むことへの期待も高まっています。
    そのような意味合いでは、博士人材には魅力があります。「学び方を自ら知っている人たち」でもあるからです。

    「何を学ぶのか」はその場だけのものになってしまいますが「どう学ぶか」を身につけているというのは魅力です。
    そもそも博士号ともなると、最先端のものに対する好奇心はもともと強く、かつ自分で仮説を立てて実証し、論文にまとめる(標準的には英語)、という一連の作業を当たり前のように、教えなくてもこなす習性があります。

    採用や人材育成に関する企業のスタンスはそれぞれにあることでしょうが、博士課程を経た人材の特徴や魅力に触れてみるのはいかがでしょうか。

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    著者:清水 沙矢香
    2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
    取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

    *1、3
    「『博士』不遇の時代、復権への秘策はあるのか」読売新聞オンライン
    https://www.yomiuri.co.jp/science/20230412-OYT1T50210/ 

    *2
    「博士課程の人材獲得が活発に 企業の研究開発人材の不足で」NHK
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230123/k10013957201000.html 

    *3
    「令和3年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の活躍実態調査)調査報告書」経済産業省資料https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/reiwa3_hakasejinzaityousa_houkokusyo.pdf p51