「女性枠」は逆差別? マイノリティに「ゲタを履かせる」意味を考える

    「私、もし男だったら、医者になってたと思います」
    「私も」
    そう言ったのは、ある国から来た留学生2人。

    「どうして諦めたの?」
    「医大を受けたんですけど、3点足りなかったんです」
    「私は5点」
    「でも、男性なら受かってました」
    「どういうこと?」

    彼女たちの国では医大入試の合格点は男性より女性の方が高く設定してあるそうです。それは多くの男性を入学させるための仕組みとか。

    そういえば、日本でも数年前に、某医科大学入試で、以前から女性に不利益な合否判定が行われていたことが発覚しました。
    第三者委員会の最終報告書では、その背景には、結婚や出産による離職率が男性に比べて高い女性の入学者を、できる限り少なく抑える必要があるとの認識があったと報告されています。*1, *2

    一方、最近では、男女間格差を是正する手段として「女性枠」を導入する組織が増えてきました。メンバー構成が男性に偏る分野や組織で女性を増やすための方策で、「ポジティブ・アクション(積極的改善措置)」の一種です。

    ただ、「女性枠」をめぐっては賛否両論があります。
    「女性枠」は必要な手段なのでしょうか。それとも不平等な手段なのでしょうか。
    マイノリティに「ゲタを履かせる」ことの是非について考えます。

    「ポジティブ・アクション」


    そもそも「ポジティブ・アクション」とは、どのようなものでしょうか。

    定義

    「ポジティブ・アクション」は「アファーマティブ・アクション」とも呼ばれるもので、以下のように定義されています。*3

    「過去における社会的・構造的な差別によって、現在不利益をこうむっている集団(女性や人種的マイノリティー)に対して、一定の範囲で特別な機会を提供すること等により、実質的な機会均等を実現することを目的とした、暫定的な措置」

    日本では、1999年6月に制定された「男女共同参画社会基本法」の第一章総則で、以下のように定義しています。*4

    「男女間の格差を改善するため必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対し、当該機会を積極的に提供すること」

    さまざまな手法

    1990年、国連では、指導的地位に就く女性の割合を、1995年までに少なくとも30%にまで増やすという数値目標を設定しました。

    その目標を達成するために、諸外国では「ポジティブ・アクション」として、政策・方針決定、雇用、政治活動、教育などさまざまな分野で、法制化を含めた以下のような取り組みが行われています。*3

    • クオータ制:参画すべき女性の比率や数を定め、これを強制する割当制
    • 一定の目標と達成期限を設定して女性の参画を自主的に促進する取り組み
    • 女性の能力に対する社会の意識啓発、情報の優先的提供

    次に、「ポジティブ・アクション」の各種取り組みをみていきます。

    クオータ制


    まず、クオータ制についてみていきましょう。

    女性議員

    クオータ制は政治分野で導入が進んでいます。

    列国議会同盟(IPU)によれば、2023年10月1日時点で、日本の国会議席に占める女性議員の割合は、衆議院10.4%(2021年10月の選挙による)、参議院25.8%(2022年7月の選挙による)で、各国議会の女性議員ランキングでは190か国中164位でした。*5

    上智大学法学部教授の三浦まり氏は、世界的にみて日本の女性議員の割合が低い要因として、日本がクオータ制を導入してこなかったことを挙げています。*6

    なんらかの形でクオータ制を取り入れているのは世界で140以上の国・地域に上る一方で、日本では政党に対して、所属する男女の公職候補者の数について、目標を定めるよう努力義務を課すに留まっているのです。*7

    クオータ制の意義については、後ほど考えます。

    日本弁護士連合会の副会長

    日本弁護士連合会は、2018年度から副会長に占める女性会員の割合を計画的に高めていくためのポジティブ・アクションとして、「女性副会長クオータ制」を導入しました。*8

    この制度は、現在の副会長の人数を2人増員して15人とした上で、副会長のうち2人以上は女性が選任されなければならないとするものです。

    投資先に対する要求

    これはまだクオーター制とまではいえませんが、ファンドが投資先の企業に対して女性役員の登用拡大を要求するという動きがあります。

    ロイターの報道によると、2023年8月、ノルウェーの政府系ファンド「SWF」の最高ガバナンス・コンプライアンス責任者は、「私たちは今年、(企業に対して)『取締役会に1人も女性がいなければ、私たちは反対票を投じる』と伝えた。来年はこの動きを一段と強化する」と話しています。*9

    SWFは単体としての株式投資額が世界最大で、運用資産は1兆4,000億ドル規模です。
    同ファンドは2021年以降に企業の取締役会に占める女性の数を増やすように要求し、女性取締役が30%未満の場合は目標設定を検討するように求めてきました。

    日本では2023年6月に公表された「女性版骨太の方針2023」で、プライム市場上場企業に対して、「2025年までに女性役員を1名以上選任するよう努める」「2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す」としていますが、SWFの幹部は「日本でも(企業に求める女性役員の最低)枠を1人から2人に増やすことは可能だ」と述べています。*10, *9

    女性枠


    次に女性枠についてみていきましょう。

    大臣表彰

    大臣表彰の中には、女性への表彰を増やす観点から、女性の候補者は別枠で推薦を認める仕組みを設けているものがあります。*11

    「建設マスター」(優秀施工者国土交通大臣顕彰)は2014年度から、女性候補者については、各推薦団体の推薦可能人数を超えて別枠(上限なし)で推薦できることになっています。
    また「現代の名工」(卓越した技能者厚生労働大臣表彰)は2016年度から、都道府県や団体が女性候補者を推薦する場合には、推薦数を1名増やすことにしています。

    大学入試

    学生や教員の募集に 「女性枠」を設ける動きが、全国の理系の大学を中心に広がっています。*12

    たとえば、東京工業大学では2024年4月入学の入試から総合型選抜と学校推薦型選抜で、1,028人の定員のうち58人の女子枠を導入する予定で、2025年にはさらに女性枠を広げ、143人の枠を予定しています。これは、1学年の募集人員の約14%にあたります。

    教員の採用でも 「女性限定公募」の導入が進んでいます。東北大学工学部・工学研究科では、2023年4月、3人の女性の教授が誕生しました。東京大学でも2027年度までに女性の教授・准教授を約300人採用する計画を掲げています。

    こうした「女性枠」の背景には、革新的な科学技術の開発には多様性が欠かせないという危機感があります。男女両方の発明者がいるチームのほうが男性だけのチームよりも特許の経済価値が1.54倍高いという調査結果もあるのです。

    ところが、日本では大学・大学院で理系分野を専攻する女子学生の割合が低いだけでなく、科学技術分野の女性研究者の割合も国際的にみて低いという現状があります(図1)。*13
    図1 専攻別女性学生の割合(左図)・科学技術分野の女性研究者の割合(右図)
    出所)内閣府男女共同参画局「男女共同参画の視点を取り込んだ理数系教科の授業づくり~中学校を中心として~」p.6
    https://www.gender.go.jp/c-challenge/pdf/keihatsu.pdf


    しかし、これまでみてきたクオータ制や「女子枠」は男性に対する「逆差別」だという反発もあります

    ポジティブ・アクションは逆差別?


    クオーター制や「女性枠」に対する反発は、一見もっともです。
    同じ得票数・点数でも、自分では選択できない性別によって合否が意図的に操作され、女性と同じ得票数・点数であっても、男性だけ落選・不合格になる可能性があるからです。
    そのことについて考えてみましょう。

    クオーター制の意義

    クオーター制について、「女子差別撤廃条約」では、こうした「暫定的な特別措置は差別にあたらない」と明記されています。*3
    なぜでしょうか。

    上掲の三浦氏は、クオータ制が必要とされる背景として、女性が議員になるためにはさまざまな障壁が存在し、それを1つひとつ取り除くのにはあまりに時間がかかることを挙げています。*14

    そこで発想を逆転させ、まずは枠を設けて女性議員を増やし、その後に障壁の除去など環境を整備した方が早く成果が得られるというのです。
    こうした側面から、クオータ制は「ファスト・トラック」(急速な軌道)と呼ばれています。

    「女性枠」は不平等か

    では、理系の大学入試における「女性枠」はどうでしょうか。

    理工系分野を専攻する女子の割合が低い背景には、環境要因が存在するといわれています。*13
    日本の女子の科学的リテラシー・数学的リテラシーの点数は、日本の男子に比べると同等もしくは低いものの、国際的に見ると、むしろ諸外国の女子ばかりでなく、男子よりも高いのが現実です。

    しかし、たとえば、「理工系の進路・職業選択は、主に男性がするものである」という固定概念があり、その固定概念の存在する教育環境や、教員や保護者による女子への声かけなどに影響されて、女子が理数系の教科を敬遠するようになり、やがて成績にも男女差が生まれる要因になっているといわれています。

    また、女子にとってのロールモデルの少なさや、理工系分野のコミュニティに女性が少ないことによる帰属意識の持ちづらさも、こうした状況につながっていると指摘されています。

    このことを「公平(エクイティ)」という観点から考えてみましょう。

    「平等」と「公平」は違う

    タイバーシティ&インクルージョンを推進するボストン大学のウエブサイトには、@restoringracialjusticeによる次のようなイラストが載っています(図2)。*15
    図2 「現実(reality)」「平等(equality)」「公平(equity)」「正義(justice)」
    出所)ボストン大学「Inequity, Equality, Equity, and Justice」
    https://www.bu.edu/diversity/resource-toolkit/inequity-equality-equity-and-justice/


    このイラストは、「現実(reality)」「平等(equality)」「公平(equity)」「正義(justice)」の違いを表しています。

    • 現実:一方は必要以上のものが得られる一方で、もう片方は必要なものが十分に得られない。こうして巨大な格差がうまれる。
    • 平等:どの人も同じサポートによって恩恵が受けられるのが前提で、これは平等な扱いとみなされる。
    • 公平:誰もが必要としているサポートが受けられ、それが公平性を産みだす。
    • 正義:不公平の原因が解消されたため、3人ともサポートや調整なしで試合を観戦できる。全体におよぶ障壁は取り除かれている。

    「ポジティブ・アクション」は、「現実」から「正義」に至るまでのプロセスとして暫定的に必要な「公平」に関わる手段であることがわかります。

    そして、それは、女性にかかわらず、マイノリティがこれまで社会的・構造的に置かれてきた不公平な状況を速やかに解消するために必要な手段だと捉えることが、「正義」の実現に近づくカギとなるでしょう。

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    著者:横内 美保子
    博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
    高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育
    成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
    パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

    *1
    出所)学校法人東京医科大学第三者委員会「第二次調査報告書」(2018年12月21日 )p.25
    https://www.tokyo-med.ac.jp/news/media/docs/20181229SurveyReport2nd.pdf

    *2
    出所)学校法人東京医科大学第三者委員会「第三次調査報告書 (最終報告書)」(2018年12月28日 )pp.16-17
    https://www.tokyo-med.ac.jp/news/media/docs/20181229SurveyReportfinal.pdf

    *3
    出所)公益財団法人日本女性学習財団「ポジティブ・アクション/アファーマティブ・アクション(積極的改善措置)」
    https://www.jawe2011.jp/cgi/keyword/keyword.cgi?

    *4
    出所)内閣府男女共同参画局「男女共同参画社会基本法(平成十一年六月二十三日法律第七十八号)」
    https://www.gender.go.jp/about_danjo/law/kihon/9906kihonhou.html#anc_chapter1

    *5
    出所)列国議会同盟(IPU)「Monthly ranking of women in national parliaments」
    https://data.ipu.org/women-ranking?month=10&year=2023

    *6
    出所)三浦まり「クオータ制と日本の課題」(『国際女性』 No.27(2013)」p.96
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaijosei/27/1/27_96/_pdf

    *7
    出所)内閣府男女共同参画局「諸外国における政治分野の男女共同参画のための取組」p.5, p.4
    https://www.gender.go.jp/policy/seijibunya/pdf/pamphlet.pdf

    *8
    出所)日本弁護士連合会「日弁連における男女共同参画推進特別措置(女性副会長クオータ制)の導入に当たっての日弁連コメント」
    https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2017/171208_2.html

    *9
    出所)ロイター「ノルウェー政府系ファンド、投資先に女性役員増を要求」(2023年8月19日12:12 午前)
    https://jp.reuters.com/article/norway-swf-esg-idJPKBN2ZT145

    *10
    出所)内閣府男女共同参画局「女性版骨太の方針2023(女性活躍・男女共同参画の重点方針2023)(原案)概要」(2023年6月5日)
    https://www.gender.go.jp/kaigi/danjo_kaigi/siryo/pdf/ka70-s-1.pdf

    *11
    出所)内閣府賞勲局「女性の活躍・人目に付きにくい分野」(2016年4月18日)p.2 https://www8.cao.go.jp/shokun/jihenkon/20160418/shiryo1.pdf

    *12
    出所)NHK「広がる理系の“女性枠” 多様性が研究発展につながる!」(2023年4月27日)
    https://www.nhk.or.jp/minplus/0029/topic116.html

    *13
    出所)内閣府男女共同参画局「男女共同参画の視点を取り込んだ理数系教科の授業づくり~中学校を中心として~」p.6
    https://www.gender.go.jp/c-challenge/pdf/keihatsu.pdf

    *14
    出所)三浦まり「1.政治分野におけるクオータ制導入の意義」(『国際女性』 No. 31(2017))p.111
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaijosei/31/1/31_111/_pdf

    *15
    出所)ボストン大学「Inequity, Equality, Equity, and Justice」
    https://www.bu.edu/diversity/resource-toolkit/inequity-equality-equity-and-justice/