「適材適所」は、どの企業も意識することでしょう。
しかし人というのは、どのように育つのか事前に予測することは難しいものです。
社歴を重ねるにつれ、採用当初に期待した力を発揮できないこともありますし、予想外のところで頭角を現す人材も出てくることでしょう。
その人材が持つ真の能力や強み・弱みは、数回の面接程度ではわからないというのが実際のところです。また、その時のビジネストレンドによっても変化していきます。
他の場所でなら活躍できるはずの人材を違う場所に幽閉してしまうのはもったいないことです。人手不足の中、個人が持てる力を本人に適したところで発揮してもらうにはどうすればよいか。
プロ野球界が導入した「現役ドラフト」には、ひとつのヒントがあります。
プロ野球選手の移籍は、FA以外のケースではネガティブに捉えられてしまうことがあります。トレードの対象になった選手は「その球団から放出された」という印象を抱いてしまう人は少なからずいるものです。
しかし、それまで出場機会に恵まれなかった選手が移籍先で急に大活躍するようになる、というのもよくあることです。
「現役ドラフト」は2022年から始まった制度です。
高校や大学、社会人野球から新人を獲得する「ドラフト会議」とは違い、現役のプロ野球選手を対象に行われるものです。
1軍での出場機会の少ない選手の移籍活性化を狙いとして日本プロ野球選手会などが要望していました*1。
ルールはこのようになっています*2。
つまり、リストに載せた選手への獲得希望が最も多かったA球団が、自分たちの欲しい「B球団のC選手」を指名すると、次の指名権はB球団に移る、というしくみです。なお、リストアップできる対象選手は外国人でないこと、年俸5000万円以上であること、などの条件があります。
2022年は12選手の移籍が決まりました。
トレードにせよ現役ドラフトにせよ、対象となった選手の心持ちは穏やかではないかもしれませんし、ファンも複雑な思いを一度はするものです。
しかし、この現役ドラフトによって大きく開花した選手がいるのも事実です。
現役ドラフトで横浜DeNAベイスターズから中日ドラゴンズへ移籍した細川成也選手はその一人です。
「右のスラッガー」として2016年のドラフト5位で横浜DeNAベイスターズに入団した外野手ですが、DeNAでの成績は徐々に低迷していきます。もちろん出場機会の少なさも、打率や出塁率に影響することでしょう。
しかし、中日ドラゴンズ移籍後の2023年、細川選手は目覚ましい活躍を見せることになります。
細川選手の打者としての成績は、2021年には打率1割5分4厘、2022年には0割5分3厘にまで低迷していました*3。しかし中日へ移籍後の2023年は1軍で4番バッターの座を射止め、最近のデータでは打率3割1分8厘(8月6日試合終了時点)をマークしています*4。
今年はオールスターにも選出され、セ・リーグを代表する強打者としてホームランダービーにも参加するなど、すでにチームを代表する顔になっているのです。
重要な戦力として細川選手にアプローチしたものの、その後DeNAでは他にも強打者が現れていた中、一方で打撃力の補強を必要としていた中日には欠かせない補強だったのです。その凹凸が見事に一致したのです。
どの球団だって、ドラフト会議では即戦力あるいはその時点での将来設計のもとに選手を指名するものです。
しかし、必ずしも青写真通りとはいかないのも事実です。チームの戦力事情は毎年変化していきます。即戦力を獲得するのか、時間をかけて育成する選手を獲得するのか、それはひとつの人事戦略です。
しかし、その後に魅力的な選手が現れれば全力で獲得しにいくのは当然のことです。
ただその結果、皮肉なことに後から採用した選手のほうが1軍に定着してしまい、先に獲得した選手が埋没してしまうという事態は企業組織で起きてもおかしくないことです。
しかし問題は、その状況を放置していて良いのかどうかということです。いえ、中にはその状況に気づいていないマネジャーがいてもおかしくありません。「2軍で頑張って這い上がってこい」という考え方も、球界には少なからずあることですし、マネジメントとしてもただ「頑張れ」という声かけしかできないこともあるでしょう。
「這い上がってこい」とメッセージを送ることができるマネジメントははるかにマシかもしれません。特にプロ野球選手となると、首脳陣がはっきり言わずとも、選手自身が自分の立ち位置を認識しているものです。一般企業の社員もそうでしょう。コミュニケーションが希薄になるよりも良いことです。
一方でマネジメント側が目先の人材にばかり夢中になってしまい、他の社員の現在地を把握する目配りができなければ、人材の埋没を生むだけです。
そしてそれは、離職の大きな理由にもなります。
逆に、2018年にドラフト1位指名を受けて中日ドラゴンズに入団した根尾昂選手は興味深い経歴をたどっています。根尾選手は野手としての実績を認められプロ入りしていましたが、4年目に、なんと投手に転向することになります。その結果最速152キロをマークする投手になっています*5。
根尾選手の「投手」としての才能に気づくマネジメントがいなければ、彼はいずれその後に入ってきた選手に居場所を奪われ、埋没してしまっていたかもしれません。
多くの球団からラブコールを受けた強烈なイメージを持つ大型新人といえども、同じ役割ばかりを期待していては組織にとっても本人にとっても勿体無い結果になってしまう可能性は、どこにでも潜んでいるのです。
ここまで球界の現役ドラフト制度についてご紹介してきました。
現役ドラフト制度そのものにはまださまざまな意見があるところですが、一度は惚れ込んで採用した人材には、何らかの強い魅力があったはずです。
しかし新人、若い世代にばかり目が向きすぎて、せっかく自社に長年在籍してくれた社員を無条件で無碍に扱うのもまた考えものです。
採用にあたって、その人材の何に惚れ込んだのか。
人事担当者は数年単位で入れ替わってしまっても、人材は残ります。過去のどこかの段階で人事担当者がその人材に感じた魅力は引き継がれなければなりません。担当が変わったから扱いが雑になった、ということはあってはなりません。
何が魅力で採用したのか、その人物の現在地はどのような環境なのか、うまく行っていないとしたらなにが理由なのか。
その人材を今のビジネスにおける自社の現在地にどう活用していくか。潜在能力を引き出す術はないのか。
これらを考えることは、新卒にだけ飛びつくのではない、人手不足対策の新たなアプローチにもなるのではないでしょうか。