人事部の資料室

流産・死産後の復職をどう支援する? 辛い経験をした社員を支えるために必要なこと

作成者: e-falcon|2023/03/26

流産や死産は大変辛い経験です。
医療機関で確認された妊娠の約15%が流産になり、2021年の死産は約1万6,300人に上っています。*1, *2
働く女性の中にはそういう辛い経験をした人がいるのです。

流産・死産を経験した人の職場復帰はどのように支援したらいいのでしょうか。
周囲の人々やマネジャーにできること、セルフケア、活用できる制度、自治体によるグリーフケアなど、流産・死産を経験した人の復職支援について、さまざまな情報を提供します。

周囲の人々にできること

流産・死産(以降、「妊娠喪失」)を経験した人が職場に復帰することで痛みが増すのか、それとも一時的な休息が得られるのか―それは周囲の人々、特に上司がその人の喪失感を理解し、悲しみに寄り添うことができるかどうかに大きく依存する。

そう語るのは、組織行動論とリーダーシップ論の研究者であるサリー・マイトリス氏です。*3

同氏の論文と厚生労働省の報告書をもとに、周囲の人々やマネジャーにできることを、本人のセルフケアと併せてみていきましょう。

経験者のグリーフ(悲嘆)への理解

周囲の人に求められるのは、まず妊娠喪失を経験した人への正しい理解です。

妊娠喪失も含めた「子どもとの死別」は、近親者との死別の中でも特にグリーフ(悲嘆)が強く、その対応が難しいとされています。*4

妊娠喪失の経験者を対象にした厚生労働省の報告書をみてみましょう。
下の図1は、妊娠喪失後の時期ごとの辛さを表しています。*5:p.13

出典:厚生労働省「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 流産や死産等を経験した女性に対する心理社会的支援に関する調査研究 事業報告書」 p.13
https://www.mhlw.go.jp/content/000823660.pdf


妊娠喪失を経験した女性のグリーフは深く、流産・死産がわかった直後では、93.0%が「(非常に〜まあ)辛かった」と回答しています。 その後、時間の経過につれて辛さを感じる割合は緩やかに減少していきますが、6か月経ったころで 51.2%が、1年以降でも32.2%が辛さを感じていました。

このように、妊娠喪失による影響は、長期にわたります。 
また、死産の経験者は、流産経験者より辛さを感じる割合がより高く、辛さを感じる時間もより長期にわたり、「1年経って以降〜現在」でも70.0%の人が辛さを感じていました。
死産の場合は、同僚が最後に会ったとき、妊婦姿で周囲に祝福されていたかもしれません。

妊娠喪失はPTSDやうつ病、不安、睡眠障害と関連することが分かっています。*3
厚生労働省の同報告書によると、その人にとって最も辛かった時期には、67.8%が日常生活への支障があったと回答しています。*5:pp.14-15

うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発され、広く利用されているK6尺度という指標があります。
図2は、妊娠喪失の最も辛かった時期における精神的な問題の程度を、K6尺度で測った結果です。

出典:厚生労働省「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 流産や死産等を経験した女性に対する心理社会的支援に関する調査研究 事業報告書」 p.15
https://www.mhlw.go.jp/content/000823660.pdf


K6 尺度の得点が10 点以上(うつ・不安障害が疑われるに相当)は 65.0%、そのうちK6尺度の得点が13点以上(重度のうつ・不安障害が疑われるに相当)は 53.6%に上りました。

パートナーへの配慮

本人だけでなく、パートナーの苦しみにも配慮する必要があります。*3
男性は、妊娠喪失の後、パートナーのサポート役としてみられることが多く、自分自身の悲しみや嘆きを受け入れる余裕がないまま、周囲からのサポートもほとんど得られないことが調査からわかっています。

上述の報告書によると、妊娠喪失を経験した女性の73.3%は、パートナーも辛さを感じていたと回答しています。*5:p.17
しかし、パートナーはその辛さを誰かに話したり相談したりしなかったという回答が 41.7%を占めます。
一方女性が誰かにその経験を話したり相談しなかったりした割合は 30.3%ですから、男性の方が女性よりも、その辛さを1人で抱えている状況が多いことが窺えます。

セルフケアから考えるサポートの方法

周囲からのサポートは、最も重要な要素の一つであり、妊娠喪失後の職場復帰に大きな影響
を与えます。*3

「職場に戻ろうと思うことは、辛いことでした。最初は違和感がありましたが、みんなが温かく迎えてくれたので、元の生活に戻ることができました」
と、赤ちゃんを亡くした人はある調査で述べています。

では、周囲の人はどのように寄り添ったらいいのでしょうか。
その寄り添い方は、本人のセルフケアやマネジャーの役割との関連でみえてくるかもしれません。
順にみていきましょう。

妊娠喪失を経験した人たちがどの程度で仕事に復帰できるか、復帰したいか、あるいは復帰する必要があると感じるかは、人それぞれです。*3
精神的苦痛に加え、身体的苦痛が加わる場合も多く、経過観察や検診が必要な場合は、医療を受けるたびに、喪失感が蘇る人もいます。

身体的、感情的にどのような影響を受けるか、また、喪失が仕事観にどのような影響を及ぼすかにも個人差があります。

以前の日常に戻り仕事をすることが気晴らしになる人もいれば、自分の経験を理解してくれない人たちと一緒に仕事をすることに抵抗を感じる人もいます。また、経済的な理由で仕事に戻らなければならない人もいます。

妊娠喪失を経験した人は、職場に復帰する場合、そのことについて同僚に知らせたいことがあったら、それは何か決めておくことが大切です。
もし、同僚が妊娠を知らない場合は、そのままにしておくこともできますが、信頼できる上司であったら、内密に知らせておくのも有益です。職場に戻った後、さらに身体的、精神的な症状が出るかもしれませんが、そんなとき上司が事情を知っていれば、よりサポートを受けやすくなるからです。

職場の人が妊娠していることを知っていた場合、信頼できる上司や同僚にメモを送り、何が起こったのか、復帰後に役立つことは何か、職場で喪失感について話したいかどうかなどを伝えると、本人も周りも楽になることがあります。 
上司にメモの内容をチームの他の人たちにも伝えてくれるよう頼んでおけば、同じ話を何度もしなくてすみます。

職場で話したくないと思っていても、事情を知らない人から話題にされることがあります。研究によると、これは、妊娠喪失を経験した人が仕事に復帰する際に遭遇する、最も困難な状況の一つです。

そこで、聞かれるかもしれない質問にどう答えるか、あらかじめ考えておくことが有益です。
例えば、「順調ですか?」というようなよくある質問は、良かれと思ってのことだとしても傷つく可能性があるので、そのような質問に対して心の準備をしておくようにします。

そんなときは、「いいえ・・・」と答えるだけで十分です。それ以上説明する必要はありませんし、自分は大丈夫だと相手を安心させる必要もありません。

ただ逆に、相手が心を開きたい人であれば、「もっと話したい」と伝え、いつ、どこで、どのような話をしたいか伝えます。

特に妊娠喪失後しばらくは、妊娠中や最近出産したばかりの同僚と一緒にいるのは難しいかもしれません。そういう場合に席を外す必要性を理解してもらうためには、そのことを前もって伝えておけば安心でしょう。

また、本来の出産予定日や流産した日、赤ちゃんの命日などが辛くなりそうだったら、仕事を休むことを検討するのも有益です。

マネジャーができること

妊娠喪失を経験した人が職場に復帰するとき、マネジャーは大きな役割を果たすことができるとマイトリス教授は述べています。*3

妊娠喪失に遭った人から連絡がきたら、お悔やみを述べ、どのようにサポートしたらよいかを尋ねます。例えば、職場の人に伝えてほしいことがあるかどうか、また、伝えてほしいことがあるときには、それは何か、などです。

本人が同僚に知らせてほしいことがあると希望したら、同僚に回覧できるようなメモを送ることを提案し、その中に話してもいいと思う内容を書いてもらうといいでしょう。そうすれば、何度も説明する必要がなくなります。

また、段階的な復帰やスケジュールの調整など、従業員の職場復帰について柔軟に対応し、時短勤務やテレワークも視野に入れます。

復帰した後にも無理をする必要がないことを、あらかじめ本人に伝えておきます。
ただし、本人が仕事をしたくないと思っていると決めつけないことも大事です。仕事に集中することで辛い体験を乗り切る人もいるかもしれません。
本人に影響を与える決定には、すべて本人に参加してもらった方がいいでしょう。

一緒に過ごすことを避けないでふつうに会話をし、相手の様子をみながら何か必要なことはないか尋ねることは大切ですが、「運命だったんだよ 」とか、「そのうちまた子どもができるよ」などと言うのはタブーです。

このように、妊娠喪失を経験した社員を理解し尊重することは、その人が再出発に向けて動き出す助けとなります。

活用できる制度

次に妊娠喪失を経験した人が活用できる制度をご紹介します。

産後休業

事業主は、妊娠4か月以降に流産・死産した女性労働者を原則8週間就業させてはならないことが決められています。*6
ただし、本人が請求し、医師が支障がないと認めた業務に就く場合には6週間も可能です。

母性健康管理措置

妊娠の週数にかかわらず、流産・死産後1年以内の女性労働者は、医師等から出血や下腹部等への対応として一定期間の休業の指導が出されることがあります。
事業主は、健康診査を受けるための時間の確保や、医師等からの指導事項を守ることができるようにしなければなりません。*6

出産育児一時金・出産手当金

「出産育児一時金」は流産・死産・人工妊娠中絶であっても、妊娠12週を経過している場合は、通常の出産と同じ扱いで支給されます。*7, *8, *9
支給額は22週未満の場合は40.8万円、22週以上は42万円(2023年度からは50万円)です。

妊娠4か月(85日)以上の早産・死産・流産・人工妊娠中絶のために会社を休み、事業主から給与が受けられないときは、通常の出産と同様、出産手当金を受給することができます。*10

自治体によるグリーフケア

上述の厚生労働省の報告書によると、流産や死産によって感じた辛さについて、83.8%の人が「誰かにもっと話を聞いて欲しかった・相談したかった」というニーズを抱えていました。*5:p.17

また、「行政の専門の相談窓口や保健センターの保健師等、流産や死産についての知識を持った専門職や流産・死産の経験者等が相談にのってくれる場」があったら相談してみたかったと回答した人は35.0%に上りました。

そうしたニーズに応えるために、厚生労働省は、自治体による「流産・死産等の相談窓口一覧」を公表しています。*11

自治体による「流産・死産等の相談窓口」一覧

辛い経験をした社員を支えるために

筆者には妊娠喪失の経験はありませんが、流産・早産の兆候があって入院した経験が2回あります。そのときの不安感とストレスは30数年たった今でも忘れることができません。
また友人の中には、繰り返し流産を経験した人もいて、そのグリーフを目の当たりにしてきました。

働く女性の中には、そのような経験をした、あるいはこれから経験する人が一定数いるという認識やそういう人への理解を職場全体で共有しておく。さらに、そのような人が実際に職場にいた場合にどうするのか、それについても考えておく―妊娠喪失を経験した社員のグリーフに寄り添う職場は、誰にとってもやさしい職場であるに違いありません。