2018年の厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」以降、副業解禁に踏み切る企業が増えました。
ガイドラインでは、メリットと留意点が解説されていますが、実際に導入してみて初めてわかることもあります。
本記事では、筆者の実経験も踏まえつつ、注意したいポイントをご紹介します。
まず、現況を簡単に整理しておきましょう。
副業解禁の流れに拍車をかけたのは、2017年3月決定の「働き方改革実行計画」です。
2018年1月に策定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は改定が重ねられ、本記事執筆時点での最新版は、2022年7月改定となります。
最新版では、企業に対し、副業・兼業の対応状況の情報公開をはたらきかける項目が追加されました。
▼ 下線が追加された部分
出所)厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドラインの改定案について(概要)」P2
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000956491.pdf#page=3
副業・兼業の可否や条件は、
「就活生や転職者から、自社が魅力ある職場として選ばれるかどうか?」
の重要基準のひとつとして、定着しつつあります。
先のガイドラインでは、副業・兼業のメリットと留意点が、「労働者の視点」「企業の視点」の2つに分けて、述べられています。以下引用です。
▼ 労働者
メリット |
(1) 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる。 (2) 本業の所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求することができる。 (3) 所得が増加する。 (4) 本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。 |
留意点 | (1) 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管理も一定程度必要である。 (2) 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。 (3) 1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合には、雇用保険等の適用がない場合があることに留意が必要である。 |
▼ 企業
メリット |
(1) 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。 (2) 労働者の自律性・自主性を促すことができる。 (3) 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。 (4) 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。 |
留意点 | (1) 必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。 |
*2
出所)厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」令和4年7月改定 P3
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf#page=3
こうしてみると、従業員・企業の双方にとって、メリットが大きい印象を受けます。
しかし、実態としてはどうでしょうか。
筆者自身が現場で経験した副業解禁では、意外な発見もありました。3つの印象的なできごとをご紹介します。
まず感じたのは、
「社内で優秀な人材とされている人物は、副業でも売れっ子になる」
ということです。
「仕事はできる人に集まる」といわれますが、副業でも同じことが起きる印象を受けました。
副業が軌道に乗った人ほど、定時ぴったりに「お先に失礼します!」と、元気に退勤していきます。
もともと、
「定められた勤務時間を働いて、やるべき仕事が終わっていれば、それでOK」
と、割り切り型の働き方をする人が多いカルチャーではあったのですが、副業解禁によって、加速した実感がありました。
一方、まだ社会に出て日の浅い若手社員では、怪しい副業の勧誘に乗ってしまうケースが出てきました。
筆者が上司の立場で経験したことなのですが、副業を始めた部下に様子を聞いてみると、あるネットワークビジネスの社名が出てきました。
すぐにマルチ商法に関する注意喚起のサイトを教え、深入りせずに事なきを得ましたが、知識不足の若年層を狙う悪質な業者が増えています。
▼ 参考:国民生活センターのWebサイトに掲載されている事案
自社の社員がトラブルに巻き込まれないよう、注意しなければと思ったできごとでした。
離職に関してリアルな話をすると、副業をステップとして次のステージへの道筋をつけ、起業や転職に踏み切る従業員は増えました。
ガイドラインで、労働者のメリットとして、
(4) 本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。
と挙げられていたとおり、という印象です。
副業を活用して地盤を固めてから離職する従業員は、離職に対して迷いがありません。引き留める余地はない状況でした。
そういった意味では、企業のメリットとして挙げられていた、
(3) 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
には、疑問符が付くところです。
従業員にとっても、企業にとっても、幸せな結果を導くためには、どうすればよいでしょうか。
3つのポイントをご紹介します。
1つめのポイントは「オープンな副業カルチャーをつくる」ことです。
副業に対する後ろめたい雰囲気や、従業員が「会社の外での顔は、社内に知られたくない」と感じる風土は、トラブル発生リスクを高めます。
▼ 副業にまつわるトラブルの例
・秘密保持や競業避止に関わる問題で自社が不利益を被る
・従業員が副業詐欺の被害に遭う
「隠れてコソコソ副業をする」のではなく、社内で副業について明るく話せる空気感を、経営陣や管理職が意識的につくることが重要です。
“風通しのよさ”は、従業員にとっての居心地だけでなく、「会社に重要な情報が流れる速さと量」に寄与します。
2つめは「人材の流動性は高まる前提で考える」です。
先のガイドラインでは、企業にとっての副業メリットとして、以下が挙げられていました。
(3) 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
(4) 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。
しかし、「優秀な人材の流出防止」や「従業員が副業によって得る知識や人脈」に、過度な期待は禁物といえます。
人材の流動性は高まる前提で、従業員の起業や転職の可能性も、算段しておく必要があります。
3つめは「自社も外部人材の副業を受け入れる」です。
副業解禁は、従業員個人にとってはメリットが大きいですが、企業にとっては、さまざまなリスクがあるのが現実です。
しかし、自社でも副業人材の受け入れを行うと、リスクとメリットのトレードオフが成り立つと考えます。
先のガイドラインで述べられている企業にとっての副業メリットは、
「外部の副業人材を活用したときのメリット」
として読み替えれば、納得感があるのです。
(1) 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。
(2) 労働者の自律性・自主性を促すことができる。
(3) 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
(4) 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。
自社の従業員に副業を解禁すると同時に、副業人材の受け入れも前向きに考えることで、会社の利益を最大化できるのではないでしょうか。
本記事では「副業解禁」をテーマにお届けしました。
本文中でも触れましたが、筆者が個人的に懸念しているのは、副業トラブル・詐欺の横行です。
従業員個人の幸せを守るという観点はもちろん、勧誘の手法が巧みな事案では、職場に勧誘がまん延するリスクがあります。
たとえば、ランチのときに先輩から勧誘される、仲のよい社内グループがそろってセミナーに参加するなどです。
「会社」という場が、一定の閉鎖性を保持していた時代には起こり得なかった、新たなリスクも想定しておくことが求められます。