社員が能力を十分に発揮し、生き生きと働くためには、それぞれの社員がやりがいや働きがいをもって、主体的に業務に取り組むことができる環境が欠かせません。
ところが、有名な世界ランキングでは、日本企業の従業員エンゲージメントは最下位レベルに留まっています。
経済産業省が2022年5月に公表した「人材版伊藤レポート2.0」には「社員エンゲージメントを高めるための取り組み」が掲げられ、その取り組みを有益なものにするためには、社員のエンゲージメントレベルを把握することが必要だと指摘されています。
本記事では、同レポートが提唱する方策を押さえた上で、エンゲージメントレベルの把握を活用した人事システムによって成果を上げている企業の取り組み事例をご紹介します。
従業員エンゲージメント(以下、「エンゲージメント」)の指標としてよく知られているのが、Gallup社による分析です。
同社によるエンゲージメントの定義は「従業員が仕事や職場に関わり、熱意を持っていること」。*1
では、「エンゲージメントがある」従業員の割合はどのくらいでしょうか(図1)。*2
出典:経済産業省「未来人材ビジョン」(2022年5月)p.33
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf
トップクラスのアメリカ・カナダが34%、世界平均が20%なのに対して、日本はわずか5%と、東アジア各国の中でも最下位です。
Gallup社は50年以上にわたる従業員エンゲージメントの調査から、従業員エンゲージメントがなければ、ビジネスの成果を上げるのは難しいと結論づけています。*1
経済産業省は2022年5月、「人材版伊藤レポート 2.0」を公表し、目指すべき人事戦略を示しました。
同レポートでは、社員が能力を十分発揮するための重要な要素として、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境整備を挙げています。*3:pp.20-21
では、どうしたら社員のエンゲージメントを高めることができるのでしょうか。
同レポートには、そのために必要な取り組みとして、以下の5点が示されています。
本稿では、このうち、取り組みの第一歩である「エンゲージメントレベルの把握」にフォーカスします。
「人材版伊藤レポート 2.0」では、エンゲージメントを向上させるためには、そのために役立つ取り組みを継続的に試行錯誤することが必要だと述べられています。*3:pp.65-66
同レポートがそのための取り組みとしてまっ先に挙げているのが、エンゲージメントレベルの把握です。従業員の満足度を測る調査をすれば、満足度がわかるだけでなく、課題を抱えている社員を把握し、その要因を分析することも可能になります。
エンゲージメントレベルを把握する際の方向性として同レポートが示しているのは、対象に応じた2通りのやり方です。
まず、会社全体や部門単位での検討を目的とする場合には、エンゲージメントレベルに影響を与え得る要素を分析するために、質問を精緻に設計する必要があります。
一方、課長やマネージャーが個人単位で社員のエンゲージメントレベルを把握し、早急に改善を図るためには、簡単な質問表を使って、こまめに繰り返し調査することが有益です。
エンゲージレベルが把握できたら、社員へのフィードバックをしますが、その前に組織としてどう対処すべきか検討します。
個人へのフォローアップだけでなく、組織に共通する課題をみつけ、経営陣にその課題を提起して改善を図ることも必要です。
そうした業務を担う担当者を設けるのも有益でしょう。
エンゲージメントレベルを把握し、それを人事に活かして成果を上げている企業の取り組み事例をみていきましょう。
まず、様々な人事施策に取り組んだ結果、「働きがいがある」と答える社員が87%に上っている企業の取り組みをご紹介します。*4
株式会社サーバーエージェントでは、コンディション把握ツール「GEPPO」を使って、全社員のエンゲージメント状況を毎月定量的に把握しています。*5:p.41
社員は「GEPPO」で設定された様々な質問に対して「快晴・晴・曇り・雨・大雨」の5段階で回答することになっています。こうすることによって、主観的な個々人のコンディションを天気図に置き換えて定量化することができるからです。*4
同社はそうした定量的な情報を把握し、経年分析を通じて、部署ごとの施策検討に活用しています。*5:p.41
また、社内転職制度を設け、各事業・部門の仕事内容を社内に発信し、社員の希望による異動を促すなど、エンゲージメントが高まる社内異動も実現しています。
出典:サイバーエージェント「87%の社員が「働きがいがある」と答える環境を実現ーCHO曽山が語るエンゲージメントを高める人事施策」
https://www.cyberagent.co.jp/way/list/detail/id=27642
「GEPPO」の回答率はほぼ100%。社員からのコメント全てに社内の専任「ヘッドハンター」が返信し、社員からのサインをキャッチしています。*4
同社の常務執行役員CHO(最高人事責任者)である曽山氏も、「GEPPOのコメント、ぜひ書いてね!」と社員に伝え、実際に同氏の名前が書かれた社員のコメントには、100%自身が回答しているとのことです。
そのことが社内でシェアされ、それを知った社員は「そこまで見てくれるなら私も書こう」と思ってくれる。「打てば響く」状態をつくれば、社員は自然と応えてくれると同氏は言います。
次は、独自のアセスメントを活用している事例です。
旭化成株式会社は、2020年度にKSA(活力と成長アセスメント)を導入しました。*5:p.8
きっかけは、新型コロナの感染拡大の影響で、テレワークを導入し、それまでとは職場環境が変わったことです。*6:p.40
より多様な生き方や働き方が尊重されるようになったため、従業員が意欲的に活躍するためには、各組織のトップが従業員や組織の現状を的確に捉えて、適切な対応をすることがより一層重要になりました。
そこで、エンゲージメント調査として活用しているのがKSAです。
KSAは、「活力と成長循環モデル」(大阪大学・開本浩矢教授「組織行動論」による)に基づき、個人と組織の状態を以下の3つの指標で捉えるものです(図3)。
出典:旭化成株式会社「旭化成レポート2021」p.40
https://www.asahi-kasei.com/jp/ir/library/asahikasei_report/pdf/21jp.pdf
KSAの根底にある考え方は、社員のエンゲージメントは「組織の資源」(上司・同僚のサポート、仕事の裁量、評価・フィー ドバックなど)と「従業員個人の資源」(仕事への自信や前向きに捉える力、自己効力感など)との相乗効果によって生じるというものです。
それらを測る3つの指標とその影響度合いを確認することで、 これまでの取り組みの成果を可視化し、現在の組織の状態を把握して、次の取り組みに役立てます(図4)。
出典:旭化成株式会社「旭化成レポート2021」p.40
https://www.asahi-kasei.com/jp/ir/library/asahikasei_report/pdf/21jp.pdf
KSAで把握した内容は職場で共有し、職場のメンバー間での対話を通じて、従業員個人と組織の双方が自律的に成長していくことを目指しています。
KSAを実施した経営管理職からは、以下のような感想が寄せられたということです。
エンゲージメントは数値化が難しく、定量的に把握しにくい要素です。しかし、だからこそ、そこに目を向ける必要があるのではないでしょうか。
社員が生き生きと働きがいをもって仕事に取り組める環境を整えることが、社員の幸福度を高め、それが結果的に事業成果の向上にもつながります。
そのための第1歩として、エンゲージメントレベルの把握を検討してみてはいかがでしょうか。