経済産業省のレポートによると、社員エンゲージメントを高めるためには、副業・兼業を解禁するなど多様な働き方を促進することが有益だといいます。また、副業・兼業とリスキリングを組み合わせることによってもエンゲージメントが向上すると指摘されています。
先端的な取り組みをする企業の中には、社外での副業や社内でのダブルジョブ(兼務)、さらに社内起業をサポートするところも出てきました。同社では、社員の自発的な学びを促進するために、オンラインを活用した学びのプラットフォームも設けています。
本稿では先駆的な取り組み事例をまじえ、社員の仕事に対する熱意を高めるための方策を探ります。
経産省は2020年9月に「人材版伊藤レポート」を公表し、「経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」について、そのための視点や方向性を提言しました。
では、その視点や方向性を、実際の経営で実践する際には具体的にどのような取り組みをしたらいいのだろうか―そうした疑問に応え、実行に移すべき取り組みと、その取り組みのためのポイントや工夫を示しているのが、「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月公表)です。*1:p.3, p.10
同レポートでは、社員エンゲージメントの重要性について、「社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境の整備が重要である」と述べられています。*1:p.65
そして、「画一的なキャリアパスではなく、多様な就業経験や機会の提供を行うことが求められる」として、5つの方策を示していますが、本稿ではその中の「副業・兼業などの多様な働き方の推進」にフォーカスします。*1:pp.20-21, pp.69-70
それは、社員の主体性を最大限尊重し、社内外の副業・兼業を含む多様な働き方を選択できるように環境を整備するというものです。
副業・兼業等を認めると、社員が自社の職務に専念できなくなるのではないかと懸念する意見もあります。しかし、副業・兼業をすれば知識や経験が蓄積し、社員のエンゲージメントも向上します。それは、中長期的にみると、自社にとっても有益なものになることが期待できると、同レポートは指摘しています。
そして、そうした取り組みをする場合の工夫として、以下の3点を挙げています。
1:社内・グループ内での副業・兼業を試行すること
2:副業・兼業を認める範囲の見直しをすること
3:副業・兼業とリスキル・学び直しを連動させること
ここでは、ロート製薬株式会社を取り上げ、社員の自発的なチャレンジを支援するためのさまざまな取り組みをみていきましょう。
同社は「プロの仕事人として自律的にキャリアビジョンを実現できるよう」多様な施策を実施しています(図1)。*2:p.23
出典:ロート製薬株式会社「ロート製薬 統合レポート 2021」p.23
https://az758474.vo.msecnd.net/cojp/IR/Well-being_Report/ROHTO_Well-being_Report_2021.11_%E9%96%B2%E8%A6%A7%E7%94%A8.pdf
これからご紹介するのは、図の左下の枠内「個人のキャリア開発支援」についてですが、それは個人の自律的な成長にかかわる領域です。それが会社の成長にもつながり、「自立した関係での共成長」を目指していることが見て取れます。
社外チャレンジワークは、複業という形で多様な働き方を認め合う制度で、土日祝・終業後の範囲で認められます。対象は、社会人3年目以上の社員です。*2:p.24
この制度の目的は、マルチジョブを通じて社員の新たな可能性を引き出すことです。
会社の枠を超えた働き方を通じて、そこから得られた知見や経験が大きな成長につながり、本業にもよい効果をもたらしています。
以下の図2はこの制度の実施人数です。
出典:ロート製薬株式会社「ロート製薬 統合レポート 2021」p.24
https://az758474.vo.msecnd.net/cojp/IR/Well-being_Report/ROHTO_Well-being_Report_2021.11_%E9%96%B2%E8%A6%A7%E7%94%A8.pdf
実践例には以下のようなものがあります。*3
この制度を活用して行政の戦略顧問・市政アドバイザーの複業に取り組んでいる社員の声をきいてみましょう。
Aさんは、食農事業やソーシャルビジネスの取り組みをする中で、行政側のことも学びたいと考えていました。ちょうどその頃、行政側でも民間の人材知見を求めていることがわかりました。
それは日本初の、兼業での行政顧問の公募でした。世の中の新しい動きに参画できると、モチベーションが高まり、応募したということです。
Aさんはこの取り組みを通じ、社会づくりと事業づくりの双方の世界を行き来しながら、その経験知見を次代への種まきに生かせていると感じているそうです。
このように、この制度を活用すれば、社内だけでは得がたい経験をすることができると、同社は考えています。*2:p.24
社内ダブルジョブは社員が自ら手を挙げ、就業時間の一部を部門の枠を越えて、他部署でも働くことができる制度です。適用されるのは、申請した上で、該当部門と協議の結果、認可された社員です。*2:p.24, *4
この制度の目的は、部署の枠にとらわれることなく働くことで、社員のスキルアップや働き甲斐を向上させるとともに、新たな可能性を引き出すことです。
同社はもともと守備範囲を限定せず、他部門と積極的に関わるスタイルを大事にしていますが、さらに一歩踏み込んで正式に兼務で仕事をすることによって、仕事の質の向上や、個人の成長を後押ししています。
図3は、この制度の実施人数です。
出典:ロート製薬株式会社「ロート製薬 統合レポート 2021」p.24
https://az758474.vo.msecnd.net/cojp/IR/Well-being_Report/ROHTO_Well-being_Report_2021.11_%E9%96%B2%E8%A6%A7%E7%94%A8.pdf
実施例は以下のとおりで、兼業の組み合わせは多様です。*3
この制度による興味深い効果が報告されています。
部署を兼務すると、部署内には「誰かが不在」という状況が生じます。すると、そのことが、周囲の人の成長を促したというのです。
社員の中から起業家を支援する社内プロジェクト「明日ニハ」の目的は、事業を興すという経験を通じて、自律・自走する人を育てることです。*2:p.24
応募条件はWell-beingにつながる事業領域であること。
社会課題に向き合い、自身の想いとアイデアをもとに起業する社員の支援を行うことで、会社の枠に捉われないマルチジョブな働き方を推進しています。*5
このプロジェクトでは、段階ごとに、経営層の承認を経てステージを移行していきます(図4)。
出典:ロート製薬株式会社「社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」でマルチジョブを推進」
https://www.rohto.co.jp/news/release/2021/0409_01/
予算は、健康社内通貨「ARUCO」を活用した社内クラウドファンディングで出資額を決定します。「ARUCO」とは、日々の歩数や早歩き時間、スポーツ実施や非喫煙など、健康的な生活習慣の実施状況に応じてコインが貯まる社内通貨です。
社員から獲得した応援ポイントに応じて、同社が初期投資費用を支援しています。
この他、挑戦者への支援として、ロート製薬の資源活用や、プロジェクト事務局による会計・法務上の知識サポート、セミナーなどの機会を提供しています。
このプロジェクトによって、2021年3月31日までに、以下のような事業内容の3社が設立されました。
この社内起業家支援プロジェクトは、同社の社員が、自身のこれまでの複業経験を活かして、仲間と共に立ち上げたものです。
同社の人事総務部副部長は、このような多様な働き方がもっと浸透していけば、全社員の働き方が変わるだろうと推測しています。
「人材版伊藤レポート2.0」では、「リスキル・学び直しのための取り組み」の中で「社内起業・出向起業等の支援」を挙げています。*1:p.63
起業した社員の経験が周囲にも良い影響を与え、全社的な視点や創造的な思考力を持った人材の輪が広がり、組織単位でリスキルが進むことが期待されるというのです。
ただ、こうした社内起業や出向起業で一定の成果を上げるためには、まとまった期間が必要です。また、成功は事前に保証されないため、社員自身の強い希望に基づくものでなければ、意義のある挑戦とはならないと指摘しています。
したがって、社内起業や出向起業を支援するに当たっては、自ら手を挙げた人材が挑戦できるような仕組みにすることが必要だと指摘していますが、ロート製薬の取り組みは、まさにそれを地で行っているといっていいでしょう。
上述のように、「人材版伊藤レポート2.0」には副業・兼業等の多様な働き方の推進に関する工夫として、副業・兼業とリスキル・学び直しを連動させることが挙げられています。
同社では、将来に向けた自律的キャリア形成をサポートするために、「ロートアカデミー」を設立しました。*2:p.24
これは、オンラインを活用した学びのプラットフォームで、動画コンテンツやセミナーなどを通じて、学ぶきっかけを提供し、自らの意思で成長し続ける社員を育成しようとするものです。
副業・兼業を認める企業は、2019年以降、急増しています。経団連は、厚生労働省が副業・兼業を推進していることや、コロナ禍においてテレワークが普及し、副業・兼業をしやすい環境が整ったことがその背景にあるのではないかと推測しています。*6
経団連が会員企業を対象に2022年10月に行った調査によると、自社の社員が社外で副業・兼業することを認めている企業は回答企業の53.1%ですが、従業員が100名以下の企業では31.6%に留まります。
経団連もその報告書の中で、エンゲージメントを向上させるためには「働きがい」と「働きやすさ」を高める施策の推進が必要で、 その双方に関わる施策の1つが副業・兼業だと述べています。*7:p.5
副業や兼業は、働き手の多様な価値観や能力を尊重し、自律的なキャリア形成につながるからです。
エンゲージメント向上という観点から副業・兼業を見直してみると、これまで見えにくかった側面が浮かび上がってくるのではないでしょうか。