最近よく耳にする「ダイバーシティ」と「インクルージョン」。さらにそれらを合わせた「ダイバーシティ&インクルージョン」を大きく掲げる企業も増えてきました。
なかなか区別がつきにくいこれらの言葉は何を意味し、そのコンセプトにはどのような意義があるのでしょうか。
わかりやすく解説し、取り組み事例をご紹介します。
まず、ダイバーシティ(Diversity)とインクルージョン(inclusion)、ダイバーシティ&インクルージョンの違いを簡単に押さえた上で、それぞれについてより詳しくみていきましょう。
ダイバーシティは人々の違い、個人の差異を意識した言葉で、多様性のある状態をつくることに焦点を当てています。*1
つまり、ダイバーシティは「環境を整える」という方向性だといえるでしょう。
それに対して、インクルージョンは、一体になること、組織による統合を意識した言葉で、「人々が対等に関わり合いながら組織に参加しているという状態」を実現することにフォーカスしています。
そして、そのためのマネジメントや文化をつくろうという方向性です。
内閣府の「令和元年度 年次経済財政報告」には、「ダイバーシティが存在すること(一定割合の多様性が存在すること)と、その多様な人材がそれぞれの能力を活かして活躍できている状態(インクルージョン)とは必ずしも一致」しないと述べられています。*2
そこで、経団連や一部の企業は、ダイバーシティとインクルージョンを合わせた、ダイバーシティ&インクルージョンを推進しようとしているのです(図1)。*3
https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/039_gaiyo.pdf
次に、ダイバーシティをより詳しくみていきます。
ダイバーシティは「多様性、相違点、多種多様性」、一言でいえば「人々の間の違い」を意味します。*1
ダイバーシティ発祥の地・アメリカの雇用機会均等委員会(EEOC)は、ダイバーシティを「ジェンダー、人種、民族、年齢における違いのことをさす」と規定しました。これは1960年代の伝統的な定義です。
アメリカでは1960年代から1970年代にかけて、公民権運動・女性運動という大きなムーブメントが起こりました。
その流れを受け、1964年には、公民権法第7編が制定され、上述のEEOCが設立されます。1960年代後半には、人種、肌の色、宗教、出身地、性別による差別を撤廃するためアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)が導入されました。
こうした背景から、歴史的な定義ではその対象となる属性が限定されていましたが、時代の変遷とともにその範疇が拡大し、現在では個人のもつほとんどの属性を含むようになりました。
例えば、居住地、家族構成、社会階級、人種・民族、国籍、宗教、出身地、未婚・既婚、年齢、外見、体格、性別、性的志向、パーソナリティ、身体的能力、習慣、趣味、教育、学習方式、コミュニケーションスタイル、所属組織、収入、職歴、役職、勤続年数、勤務形態(正社員・契約社員・短時間勤務)、社会経済的地位、などです。
このように、ダイバーシティの定義はより包括的な概念として捉えられるようになっています。
ダイバーシティの分類にはさまざまなものがありますが、ここでは組織マネジメントの視点によるダイバーシティの分類を取り上げます。*1
この分類は、「可視的(表層的、一次的次元)」か「不可視的(深層的、二次的次元)」かという視点に基づいています(図2)。
https://core.ac.uk/download/pdf/267969603.pdf
可視的なダイバーシティの属性とは、性別や人種、身体的な特徴など、外見で識別可能なものを指します。
一方、不可視的なダイバーシティとは、 性格や考え方、価値観、文化的背景といった内面的な属性であり、外部からは識別しにくい属性のことです。
不可視的ダイバーシティはその内面や属性に大きな違いがあっても表面に現れにくく、理解するのに時間がかかります。そのため、不可視的ダイバーシティをどう活かしていくかが経営上の大きな課題だという指摘もあります。
次にインクルージョンについてより詳しくみていきます。
上述のように、ビジネスにおけるインクルージョンは、組織による統合、「人々が対等に関わり合いながら、組織に参加している」状態を実現することを目指します。
このようなインクルージョンの背景にあるのは、「社会的包摂( social inclusion )」、つまり文字通り、社会的に包み込むという概念です。*4
世の中には、貧困や失業をはじめとするさまざま要因によって、社会から排除されている人々がいます。組織や居場所、役割など自分の存在を承認するものを失ったとき、人は社会から排除され、社会への帰属意識を失って疎外感を抱きます。
そのような状態に陥ることを「社会的排除(social exclusion)」と呼びますが、そうした概念の発祥は1970年代のフランスであったといわれています。
当時、フランスは、経済成長と社会保障制度の恩恵を受けられない、取り残された社会階層をいかに社会に参入させるかという課題に直面し、「排除と参入」をセットとして、社会保障の再編成が議論されていました。
1980年代以降になると、世界経済は高度経済成長から低成長へと移行し、失業と不安定な雇用が拡大します。こうした状況から、特に若年者の失業問題が深刻化しました。
失業が長期化すると、貧困だけでなく、住宅や教育機会の喪失、家族の崩壊など、「排除」が社会問題となります。
そこで、 EUの国々はフランスの「排除と参入」に注目し、それが「社会的排除」、「社会的包摂」という言葉に変化し、EU諸国の社会政策の重要な考え方になっていったのです。
このように、「社会的包摂」は「社会的排除」の解消を表す言葉であり、排除されている人々を社会の中に再び迎え入れていこうとする考え方のことです。
以上のように、ダイバーシティとインクルージョンの発祥をみると、それぞれの違いが明確になるのではないでしょうか。
ここからは、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する企業の取り組みをみていきます。
富士通は「公正と平等を重んじ、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する」という考えに基づき、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)の取り組みを進めてきました。*5
出典:富士通「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン」
https://www.fujitsu.com/jp/about/csr/diversity/
2022年には「Global DE&I Vision & Inclusion Wheel」を刷新し、誰もが一体感をもって自分らしく活躍できる、公平でインクルーシブな企業文化を目指しています。
同社は2008年にダイバーシティ推進のための部署を設置し、社長およびダイバーシティ担当役員の下、DE&Iを推進しています。
約90にも上る国籍の社員が働いている野村グループでは、2015年に制定した「野村ホールディングス・コーポレート・ガバナンス・ガイドライン」に、以下のように明記しています。*6
当社は、野村グループの役職員が持つ多様性および異なる価値観を尊重し、国籍・人種・性別・性自認・性指向・信条・社会的身分・障がいの有無等にかかわらず、全ての役職員が最大限の能力を発揮できる健全な職場環境を構築する事で、長期的な企業価値の向上に努めるものとする。
また、そのために「野村グループ行動規範」に、社員に平等な雇用機会を提供するとともに、採用や評価・処遇において、上記のような属性に基づく一切の差別を行わないことを謳っています。
さらに、2016年には「グループ・ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(一体性)推進宣言」を採択し、すべての社員が自分の持てる能力と個性を最大限発揮し、いきいきと働けるような職場環境づくりを目指しています。
最後にご紹介するのは、日立製作所の取り組みです。
ダイバーシティ&インクルージョンを経営戦略の一環と位置付けている同社は、2020年度中に女性管理職数を2012年度比2倍の800人にすることを目標に掲げていましたが、その目標を半年前倒しで2020年10月に達成しました。
日立グループ全体でみると、その女性管理職数は2020年度4,641人(9.5%)に上ります(図4)。*7
出典:日立製作所「ダイバーシティ&インクルージョン戦略」(2021年4月20日)p.8
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/04/0420apre.pdf
また、同社は2017年に2つの目標を立てました。*8
当時2.5%だった役員層の女性比率と、当時3.5%だった役員層の外国人比率を、2020年度中にそれぞれ10%にすることです。
その目標は2つとも2021年4月に達成しました。
同社は同年、「2030年度までに役員層(執行役および理事)における女性比率および外国人比率を30%にする」という新たな目標を設定し、そのマイルストーンとして、2024年度までにそれぞれの比率を15%にすることを目指しています(図5)。
出典:日立製作所「ニュースリリース 役員層の女性比率および外国人比率10%を達成し、2030年度までに同比率を30%にする新たな目標を設定 グローバルに多様な人財が活躍するダイバーシティ&インクルージョンの推進をさらに加速」(2021年4月20日)p.2
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/04/0420.pdf
2020年4月には、CDIO (Chief Diversity & Inclusion Officer)に外国籍の女性が就任し、グループ全体でダイバーシティ&インクルージョンを推進するための体制を強化しています。
これまでみてきたように、ダイバーシティとインクルージョンは異なるコンセプトであり、それらを組み合わせたダイバーシティ&インクルージョンを推進することこそが、多様な人材の活躍につながります。
今後は、企業による取り組みの効果と課題を検証しつつ、ダイバーシティ&インクルージョンを推進していくことが望まれます。