慢性化する従業員の長時間労働|厚生労働省ガイドライン・解決策になり得る人事労務制度などを弁護士が解説
従業員の長時間労働が慢性化している状態は、労働基準法の遵守や生産性向上の観点から、できる限り早期に解消すべきです。
慢性的な長時間労働を解消するためには、まず従業員の労働状況を適正に把握しなければなりません。その上で、人事労務に関する各種制度を活用するなど、長時間労働を効果的に是正できる方策を検討しましょう。
今回は、慢性化した従業員の長時間労働について、厚生労働省のガイドラインや解決策になり得る人事労務制度などを解説します。
従業員の長時間労働を放置するリスク
慢性化した従業員の長時間労働を放置すると、会社は以下のリスクを負うことになってしまいます。
- 人材採用の難航・離職率の上昇
- 生産性の低下
- 労働基準法違反による行政指導・公表措置・刑事罰
人材採用の難航・離職率の上昇
長時間労働が横行する職場であるとの評判が広まると、新卒採用や中途採用を募集しても、良い人材が集まらなくなるおそれがあります。
また、既存の従業員が長時間労働により疲弊すると、離職率が上昇して、有望な人材が流出してしまうリスクが高まります。
生産性の低下
長時間労働で疲弊した状態では、従業員に高い生産性を期待することはできません。
結果的に業務上の無駄が多くなり、十分な成果が得られないまま人件費ばかりが嵩み、会社の成長が阻害されてしまいます。
労働基準法違反による行政指導・公表措置・刑事罰
長時間労働が労働基準法に違反する程度に達すると、労働基準監督署による行政指導の対象となります。
- 労使協定(36協定)を締結しないまま、法定労働時間(原則として1日8時間・1週間40時間)を超えて従業員を労働させた場合
- 36協定を締結しないまま、従業員に休日労働(=法定休日における労働)をさせた場合
- 36協定の上限を超えて、従業員に時間外労働や休日労働をさせた場合
など
また、労働基準法に違反して従業員に長時間労働を指示した場合、指示者や会社は刑事罰の対象となります。違反事案が検察官に送致された場合には、厚生労働省ウェブサイト*1における公表が行われるため、レピュテーションへの悪影響にも注意が必要です。
労働時間の把握に関する厚生労働省ガイドライン
慢性化した長時間労働を是正するためには、従業員の労働時間を正しく把握することが必要不可欠です。
厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」*2(以下「労働時間適正把握ガイドライン」)を策定・公表しています。
各事業者は、労働時間適正把握ガイドラインの内容を踏まえた上で、自社の実情に合わせた方法によって労働時間の把握に努めましょう。
労働時間の定義
労働時間適正把握ガイドラインにおいて、労働時間とは以下のとおり定義されています。これらの定義は、最高裁平成12年3月9日判決における判示に沿ったものです。
- 労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。
- 労働時間に該当するか否かは、労働契約・就業規則・労働協約等の定めの如何によらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に定まります。
- 労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされていたなどの状況の有無等から、個別具体的に判断されます。
労働時間として扱うべきものとして、労働時間適正把握ガイドラインでは以下の例を挙げています。
(1)使用者の明示または黙示の指示により、労働者が業務に従事する時間
(例)- 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(制服への着替えなど)や、業務終了後の業務に関連した後始末(清掃など)を事業場内で行った時間
- 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(=手待ち時間)
- 参加が業務上義務付けられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
(2)(1)のほか、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置
労働時間適正把握ガイドラインでは、労働時間を適正に把握するため、使用者に以下の措置を講じることを求めています。
(a)始業・終業時刻の確認および記録
原則として以下のいずれかの方法により、労働日ごとの始業・終業時刻を確認・記録することが求められます。
- 使用者が自ら現認して確認し、適正に記録する。
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間などの客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録する。
労働者の自己申告制とせざるを得ない場合には、以下の措置を講じることが求められます。
- 労働時間適正把握ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態の正しい記録や適正な自己申告などについて、十分な説明を行う。
- 労働時間の管理者に対して、労働時間適正把握ガイドラインに従い講ずべき措置について、十分な説明を行う。
- 必要に応じて実態調査を行い、自己申告と実際の労働時間の差を補正する。
- 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間につき、その理由などを労働者に報告させる際には、報告が適正に行われているか否かを確認する。
- 時間外労働の上限を超える申告を認めないなど、労働者による適正な申告を阻害する措置を講じない。
- 社内通達や労働時間に関する措置が、適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認し、阻害要因となっている場合は改善措置を講じる。
- 不正打刻などが慣習的に行われていないかを確認する。
(b)賃金台帳の適正な調製
労働者ごとに労働日数・労働時間数などの事項を適正に記入することが求められます。
(c)労働時間の記録に関する書類の保存
労働者名簿・賃金台帳のほか、出勤簿やタイムカードなど労働時間の記録に関する書類を3年間保存しなければなりません。
(d)労働時間を管理する者の職務
労務管理を行う部署の責任者には、労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、問題点の把握・解消を図ることが求められます。
(e)労働時間等設定改善委員会等の活用
必要に応じて労使協議組織を活用して、労働時間管理の現状把握や問題点・解消策などの検討を行うことが求められます。
慢性的な長時間労働を解消し得る人事労務の制度
一例として以下の人事・労務制度を活用すれば、慢性的な長時間労働を解消できる可能性があります。自社の実態に合った形で導入が可能かどうか、柔軟な視点から検討してみましょう。
(a)勤務間インターバル制度
終業時刻から翌日の始業時刻までの間に、一定の休息時間を確保する制度です。11時間程度の勤務間インターバルを確保するのが標準的で、従業員の健康維持や生産性の向上などが期待できます。
(b)振替休日・代休
休日労働をした労働者について、労働日を休日に変更する制度です。
振替休日の場合は、事前に労働日と法定休日を入れ替えます。これに対して代休の場合は、実際に休日労働が行われてから、事後的に労働日を休日とします。
(c)代替休暇制度
1か月当たり60時間を超える部分の時間外労働につき、50%以上の割増賃金を支払う代わりに有給休暇を付与する制度です(労働基準法37条3項)。
代替休暇制度の導入に当たっては、労使協定を締結する必要があります。
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。
https://abeyura.com/
https://twitter.com/abeyuralaw
*1厚生労働省「長時間労働削減に向けた取組」
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/151106.html
*2厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/151106-04.pdf