新聞報道によると、2023年のノーベル経済学賞の受賞が決まった米ハーバード大学教授のクラウディア・ゴールディン氏は10月9日に開いた記者会見で、日本の労働市場の現状についても触れ、「女性を労働力として働かせるだけでは解決にならない」と指摘しました。ゴールディン教授のアカデミー賞授与は、同教授の男女間賃金格差の研究を評価したものです。*1, *2
内閣府の調査によると、2022年の一般労働者の給与水準は男性を100とすると女性は75.7。この男女間賃金格差は先進7か国中、最も大きいことが知られていますが、それはなぜでしょうか。
また、その背景にはどのような問題があるのでしょうか。
日本における男女間賃金格差について、さまざまな角度から考えます。
*一部を除き、クラウディア・ゴールディン氏の研究を反映した内容ではありません。
まず、現状とその原因を探ります。
以下の図1は、日本の男女間賃金格差を表しています。*3
出所)内閣府 男女共同参画局「男女間賃金格差(我が国の現状)」
https://www.gender.go.jp/research/weekly_data/07.html
図1は2021年のデータで、左図の赤線は「男性一般労働者(常用労働者のうち短時間労働者以外の者)を100とした場合の女性一般労働者の給与水準」で75.2、青線は「男性正社員・正職員を100とした場合の女性正社員・正職員の給与水準」で77.6です。
右図は男女間賃金格差の国際比較ですが、日本はOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均
値88.4を10.9下回る77.5で、先進7か国中、最も格差が大きいことがわかります。
以下の図2は、さまざまな要素別に男女間賃金格差を表したものです。*4
出所)内閣府「令和5年度年次経済財政報告(2章)」p.125
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je23/pdf/p02000.pdf
2022年の一般労働者の男女間賃金格差は75.7でした。*5
このような男女間賃金格差は何に起因しているのでしょうか。
下の表1は、男女間賃金格差の要因を表しています。
出所)厚生労働省「令和4年版 働く女性の実情」p.30
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/22-01.pdf
男女間賃金格差に及ぼす影響は、役職の違いが最も大きく、次いで勤続年数の違い、労働時間が続いています。
それぞれについて、現状とその背景をみていきましょう。
女性の役員はどの程度いるのでしょうか。*6
2012年から2022年の10年間で、上場企業の女性役員数は5.8倍に増えてはいるものの、その割合は依然として9.1%と低く、諸外国の女性役員割合と比較して低い水準にとどまっています(図3)。
出所)内閣府 男女共同参画局 女性役員情報サイト「1 上場企業における女性役員の状況」
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/yakuin.html
勤続年数はどうでしょうか。
下の図4は雇用形態別に平均勤続年数を表したものです。*7
出所)日本総研 小方尚子「男女間賃金格差になお大きな開き ―統計的差別やアンコンシャスバイアスも背景―」p.4
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/13484.pdf
女性の正規雇用者の平均勤続年数は2021年に10.2年、非正規雇用者は8.1年です。
一方、男性の正規雇用者は14.0年、非正規雇用者は11.2年で、女性の正規雇用者の平均勤続年数は、2019年に男性の非正規雇用者に追い抜かれています。
その背景には何があるのでしょうか。
かつては女性の就労というと、「M字カーブ」が課題でした。
「M字カーブ」とは、女性の年齢階級別労働力率に関するもので、1981年は25~29歳と30~34歳の年齢階級で労働力が減少し、結婚・育児期に当たる年齢階級を底とするM字カーブを描いていました。*8
しかし、2022年には、25~29 歳(87.7%)と、45~49 歳(81.9%)を左右のピークとし、35~39 歳(78.9%)が底であるものの、以前よりもカーブは浅くなって、グラフ全体の形はM字型から先進諸国で見られる台形に近づきつつあります(図5)。*5, *9
出所)内閣府 男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版>第2分野 > 第5図 主要国における女性の年齢階級別労働力率」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo02-05.html
しかし、女性の配偶関係別に労働力率をみると、「M字カーブ」の底を作っているのは、配偶者のいる女性の労働力であることがわかります(図6)。*5
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/22-01.pdf
労働力率が最も高いのは、未婚者では25~29 歳で92.9%なのに対して、有配偶者は45~49 歳で79.9%となっています。
このように、男女間賃金格差の背景にある、女性の出産に伴う労働所得の減少を「チャイルド・ペナルティ」と呼びます。*4
上でみた「M字カーブ」問題にかわって、現在は「L字カーブ」が問題になっています。
「L字カーブ」とは、女性の年齢階級別正規雇用比率が25~29歳の58.7%をピークに低下し、L字を右に90度回転させた形を描いている問題です(図7)。*10
出所)内閣府 男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版>第2分野>第10図 女性の年齢階級別正規雇用比率(L字カーブ)(令和3(2021)年)」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo02-10.html
こうした現象も「チャイルド・ペナルティ」です。その背景をみていきましょう。
総務省統計局が公表したデータによると、2022年に育児をしている女性数は521.2万人で、そのうちの73.4%が育児と仕事を両立しています。これは5年前と比べると9.2%の上昇です。*11
次の図8は6歳未満の子どもを持つ妻・夫の育児を含む家事関連時間を表しています。*12
出所)内閣府 男女共同参画局「男女共同参画白書 令和5年版」p.14
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/pdf/r05_tokusyu.pdf
6歳未満の子供を持つ夫婦の場合、2021年時点で、妻が専業主婦の場合は家事関連時間の84.0%を、共働きであっても77.4%を妻が担っています。
次に、1日の時間の使い方に関するデータをみてみましょう(図9)。
出所)内閣府 男女共同参画局「男女共同参画白書 令和5年版」p.15
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/pdf/r05_tokusyu.pdf
この図をみると、日本はOECDに加盟する諸外国に比べて、男性の有償労働時間が極端に長く、無償労働時間が極めて短いことがわかります。
また、有償労働時間の男女比(男性/女性)は1.7倍、無償労働時間の男女比(女性/男性)は5.5倍と、有償労働時間は男性に、無償労働時間は女性に極端に偏っています。
では、こうした男女間賃金格差は、どうすれば解決できるのでしょうか。
これまでみてきたとおり、男女間の賃金格差の要因には、「チャイルド・ペナルティ」という問題が通底しています。
その背景にあるのは、男性は仕事、女性は家事・育児の責任を担うという旧来の社会通念。
しかし、こうした意識は変化しつつあるようです。
内閣府の調査によると、子供がいる世帯、特に若い世代では、女性は家事・育児時間を減らしたい、逆に男性は仕事時間を減らし、家事・育児時間を増やしたいと思っているという傾向が窺えます(図10)。*13
出所)内閣府 男女共同参画局「令和5年版 男女共同参画白書」p.9
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/gaiyou/pdf/r05_gaiyou.pdf
こうした意識の変化を、新たな生活様式や働き方につなげる施策が望まれます。
これまで配偶者の扶養に入ってパートで働く人には「年収の壁」と呼ばれるジレンマがありました。就業時間を増やしたくても、一定の年収額を超えると扶養を外れて社会保険料の負担が生じ、手取り収入が減るため、就業時間を調整せざるを得ないという問題です。*14, *15
そこで、厚生労働省は2023年9月、「年収の壁」を意識しないで働く時間を延ばすことのできる環境づくりのため、「年収の壁・支援強化パッケージ」を同年中に決定・実行するとともに、従来の制度の見直しをすると発表しました。
ただし、このパッケージは「当面の対応として」となっており、今後の動向に留意する必要があります。
「令和5年度年次経済財政報告」では、冒頭でふれたゴールディン教授の研究を引用し、日本型雇用システムである「メンバーシップ型雇用」は長時間労働をすれば高い賃金が得られ、それが男女間賃金格差を増幅している可能性が高いと指摘しています。*4
「メンバーシップ型雇用」は、海外でより一般的といわれる「ジョブ型雇用」(定められた職務内容に対して人材を割り当てる制度)と比較すると、長い勤務時間の中で多種多様なタスクに対応できる者が重用されやすいシステムであるというのがその根拠です。
そのため、「ジョブ型雇用」の拡大は、男女間賃金格差を縮小する観点からも重要であるとして、その必要性を強調しています。
これまでみてきたように、日本の男女間賃金格差は、構造的な問題だけに深刻です。
その解決に向けて企業や個人にできることはなんでしょうか。
まずは現状を把握し、背景にある問題に向き合う。そして、それぞれの立場でもう一度この課題について考えるところから始めてみるのはいかがでしょうか。