チームによる評価はここが危ない! 情報カスケードの原理と対策とは?
採用面接の評価など、組織で大切なことを判断するときには、会議を開いて皆の意見をすり合わせ、よりよい決断につながるよう心を砕くのが普通です。
ところが、参加メンバーが「平等な会議だった」と意識していたとしても、実際にはそうではない傾向があるのをご存じでしょうか。
あるデータによれば、4人グループの場合、そのうちの2人が発話全体の62%を占める傾向があるというのです。6人グループなら3人で70%・・・と、グループの人数が多くなるほど少人数による支配傾向が強くなります。*1
他の研究によっても、会議の場では参加者の多くは発言せず、リーダーが聞きたいだろうと思うことだけを言い、それで結論の方向性が決まってしまうという傾向が強いことが報告されています。
そのような状況では、重要な情報は共有されず、一部の意見にグループ全体がどっとなだれこみ、会議は機能不全に陥ってしまいます。
これはどのような集団でも直面し得るリスクです。
どうしてそのようなことになってしまうのでしょうか。
また、そうならないためにはどうしたらいいのでしょうか。
情報カスケードとは
失敗した採用
まず、集団思考の結果、管理職の採用に失敗した例をご紹介したいと思います。
それは、次のような実験でした。*1
被験者を複数のチームに分け、3人の中から1人の管理職を採用するというタスクを課す。
3人に関する情報はあらかじめ操作しておき、1人だけ飛びぬけて適した人材であることが示されている。
ただし、各メンバーには部分的な情報しか提供せず、チーム全体では完全な情報が得られるが、1人ひとりはその一部しか知らない。
その結果はどうだったでしょうか。
ほぼどのチームも最適な人材を選ぶことができず、採用に失敗したのです。
一方、メンバーのそれぞれがすべての情報を受け取った場合には、各チームは最適な人材を選ぶ判断を下しました。
この実験結果は何をあらわしているのでしょうか。
情報カスケードのプロセス
会議は各人がもっている有益な情報を共有し、それぞれの意見をすり合わせてよりよい判断を行うためのものです。
しかし、上記の実験ではその情報が集団で共有されず集団の判断材料として生かされることなく、リーダーなど支配力の強い人の発言が場の流れを決めました。
すると、メンバーは支配力の強い人の意見に沿った情報だけを共有し始め、反論材料となる情報は無意識のうちに隠蔽され、意見の多様性が失われてしまったのです。
このように、集団の構成員がみな同じ判断をして、一方向になだれこんでいく現象を「情報カスケード」と呼びます。
情報カスケードには別のパターンもあります。
意見を1人ずつ順番に述べていく場合です。
最初の人がある意見を言うと、それは単なる意見に留まらず、次の人の「指標」になるという側面があります。
次の人が最初の人の意見と全く別の意見を述べることもありますが、多くの場合、最初の人に寄せたり、完全にマネをすることも多いのです。
すると、3番目の人もそれに影響され、その次の人も、そのまた次の人も・・・と同じような意見が続いていく傾向があります。
つまり、2人以上の人が同じような発言をすると、次の人たちには「そうなのかもしれない」という意識が働き、その意見に従ってしまうのです。
このような状況では、情報がもし間違っていたとしても相殺されず、表に出ないまま、意見は一方向になだれこんでいきます。
これも「情報カスケード」の一種で、「同調行動」と呼ばれます。
「同調行動」はふつう無意識に生じることが多いのですが、これまでのさまざまな会議を振り返ってみると、筆者には思い当たるフシが多々あります。
読者のみなさんはいかがでしょうか。
集団だからこそのトラップ
会議をするから失敗する
意見を修正し合うことをせず、特定の意見に同調して一方向に流れ出すと、それがとんでもない間違いであっても、自分たちの判断は正しいと信じこむようになる傾向が人にはあるといいます。*1
集団の意思決定の専門家であるキャス・サンスティーン氏とリード・ヘイスティ氏は、次のように述べています。
「ほとんどの場合、集団の失敗は『会議をしたにもかかわらず』ではなく、『会議をしたからこそ』起こっている」
経営戦略の専門家であり、戦略的意思決定に関する研究者、オリヴィエ・シボニ―博士も
「本当に大きな失敗には、チームの力が作用している」と指摘しています。*2
情報カスケードがもたらすもの
情報カスケードの結果、もたらされる事態は深刻です。*2
まず、発言する順番によって議論の結果が変わること。なぜなら、最初に発言した人が過大に重視されるからです。
次は、集団が完全に合理的に行動していても、多くのメンバーが単独で行動していたら避けられるはずのミスを、集団だからこそ犯してしまう可能性があるということです。
なぜなら、カスケードの過程でいくつかの情報が失われてしまうからです。
各発言者は、集団としての意見に従い、議論の方向性を変えたかもしれない懸念や疑問を表明しません。その結果、知識や情報は部分的にしか共有されないため、集団全体で共有される知識・情報は、各メンバーがもつ知識・情報の総和より少なくなってしまうのです。
それで、議論は共有された一部の情報と考え方に集中し、集団のコンセンサスを支持する結果になります。
また、情報カスケードによって、集団思考はより過激な意見へとつき進んでいくことが多くの研究によって明らかにされています。
グループの会議では、メンバーの平均的な意見よりも極端な結論になりやすく、それと同時に、議論をしなかった場合に比べてメンバーがその結論に自信をもつようになるのです。
「うちのチームにかぎって」はない
うちのチームはだいじょうぶだ。メンバーは信頼し合っているし、いつも率直な議論ができている。
誰しもそう考えたくなります。
しかし、次のような実験結果は、「だいじょうぶなチームなどない」ことを表しています。
このテーマを最初に研究した心理学者、ソロモン・E・アッシュによる有名な実験です。
彼は、被験者を少人数のグループに分け、紙に描かれた2本の線のどちらが長いかを声に出して答えることを指示しました。
最後に答える人だけが本物の被験者で、先に答える人たちは皆サクラ。サクラは自信たっぷりに間違った答えを述べます。
すると、被験者の約4分の3が、少なくとも一度は間違ったグループの答えに従ったのです。
被験者は面識のなかった人たちとグループを組み、間違いようのない答えを自分の目で見ていたのにもかかわらず、です。
もしこれが、もっと複雑な問題で、他のメンバーが尊敬できる同僚やいつも指示を受けている上司だったらどうでしょう。
グループの影響はもっと強化されるはずです。
絶対だいじょうぶなチームなどない。そう思っていた方が安全なのです。
情報カスケードに陥らないために
最後に情報カスケードに陥らないための方法について考えますが、その前にそもそもなぜ人は集団思考に陥ってしまうのでしょうか。
集団思考の要因
団思考の要因については、二つの見方があります。*2
1つは、社会的圧力。報復を恐れて多数意見に迎合するというものです。
もし利害が絡む会議で誰かの提案に反対すると、自分が提案した際に報復として反対されてしまうかもしれません。
もっと見えにくい形の報復もあります。
グループの多数派の意見に反対したら、その人たちからは理解されず、迷惑がられ、いずれ排斥されてしまうかもしれません。
報復にはさまざまな形がありますが、報復を恐れる人は沈黙を守ります。
その沈黙を姑息な手段ととるか、賢明な作戦と捉えるかは別として、根本的なメカニズムはこのような社会的圧力です。
もう1つの見方は、論理的な判断だと捉えることです。
多くのメンバーが同じ意見を言うとしたら、そこにはそれ相応の理由があるはずだと考え、それでその意見は正しいと判断するのです。
それは、非常に合理的な判断です。
実際に、常識的な状況のもとでは、多数派の人数が多ければ多いほど、その意見が正しい可能性が高くなることが証明されています。
これは、会議の参加者への信頼が厚ければ厚いほど理にかなった考え方です。
「メンバーのそれぞれの意見は、正しい可能性の方が高い」
「それぞれのメンバーは有能で、豊かな知識と情報をもっている」
そう信じていれば、その人たちの意見を重視するのは、大変賢明な選択です。
そう考えると、多数派の意見に賛成するのは、臆病だからではなく、合理的な選択だということになります。
集団思考は、こうした2つのメカニズムが表裏一体になっているのです。
対策のカギ1:リーダーの在り方
情報カスケードの要因の1つ目は、報復を恐れるあまり、自分の意見を言わずに多数派の意見に従うというものでした。
それは、最近よく話題に上る「心理的安全性」と関連しています。
心理的安全性とは、「自分が思っていることを自由に言っても過度に批判を受けたり人格的な攻撃を受けない、という安心感」のことです。*3
ヒエラルキー型組織では、職位に上位と下位が存在しますが、下位メンバーは上位メンバーの存在そのものにストレスを感じ、安全性を感じにくいといわれています。
しかし、イギリス『タイムズ』紙の第一級コラムニストであるマシュー・サイド氏は、このことに関して、組織には2つのタイプのヒエラルキーがあると説きます。*1
ひとつは、尊敬型のリーダーが率いる「尊敬型ヒエラルキー」であり、もう1つは支配型のリーダーが率いる「支配型ヒエラルキー」です。
尊敬型のリーダーとは、威圧や脅しではなく、まわりから尊敬を集めることによってリーダーの地位につく人であり、そのようなリーダーが率いる組織は、支配によって強制的に作られたヒエラルキーとは違い、矛盾がなく安定しているといわれています。
尊敬型ヒエラルキーの組織は心理的安全性が高く、逆に「支配型ヒエラルキー」では、メンバーの意見はときに懲罰の対象となるため、心理的安全性が脅かされます。
したがって、情報カスケードに陥らないためには、ヒエラルキー組織の場合には、リーダーの資質が大変重要なのです。
対策のカギ2:多様性を尊重する企業文化
対策の2つ目は、多様性です。*2
組織の同質性が高ければ高いほど、他のメンバーの判断を尊重する傾向が強くなります。
グループのメンバーが共通の組織文化に共感すると、もし疑念が湧いてもそれを表に出さなかったり、極端な意見に偏ったり、思考停止になったりする傾向が強くなることが、多くの実証的な研究によって明らかにされています。
それで、多様性が必要なのです。
ただし、この場合の多様性とは、性別や国籍といったアイデンティティに関わるものというより、情報の捉え方や扱い方の多様性、つまり多様な視点やスキル、さらには多様な経験や感性を指します。
こうした意味での多様性が、情報カスケードに陥らないための対策として、重要な役割を果たすのです。
チームの集合知を生かすために
会議は一歩間違うと、とんでもない判断ミスにつながります。
もし、採用など人事関係の評価をチームで行う場合には、参加者全員がそのことを知り、意識することが大切です。
特にリーダーの立場にある方は他のメンバーに対して大きな影響力があることを自覚し、有益な判断につながる会議の在り方を模索する必要があるのではないでしょうか。
チーム内でそれぞれのメンバーの情報がすすんで共有され、その集合知が建設的に生かされるためには、心理的安全性に配慮し、多様性を尊重する企業文化を育むことが大切です。
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
*1
マシュー・サイド著 株式会社トランネット 翻訳協力(2021)『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』ディスカヴァー・トゥエンティワ(電子書籍版)pp.129-133、p.140、p.135
*2
オリヴィエ・シボニ― 著 野中香方子 訳(2021)『賢い人がなぜ決断を誤るのか』日経BP(電子書籍版)p.139、pp.148-150、p.141、pp.146-147、pp.236-237
*3
大垣伸悟(2021)「【エッセンシャル版】成功するアジャイル開発」株式会社ギガストリート(電子書籍版)p.147