職場にはびこる「エイジズム」の実態とは 解決策はあるか?
「いい歳をして・・・」「まだ若いくせに・・・」。
人の言動を見て、そんな気持ちを抱く人は少なくないことでしょう。
しかしこうした考え方は、「エイジズム」と呼ばれます。日本語では「年齢差別」ということになります。
社会で、職場で、多くの人がこうしたエイジズムを経験しており、また、エイジズムは個人の心身に大きな影響を与えたり組織の生産性を下げたりすることがわかっています。
「エイジズム」とはどのようなものか、エイジズムがもたらす組織への悪影響についてご紹介します。
その上で、エイジズムをどう解消すればよいかを一緒に考えていきましょう。
エイジズムとは
エイジズムとは、年齢のみを理由にした偏見や差別のことです。広義にはすべての世代間の偏見や差別を指し、狭義には高年齢者に対する偏見や差別のことを指しています。
そして、WHO(=世界保健機関)はエイジズムについて、以下の3つの層を指摘しています*1。
- 年齢を根拠にする「固定観念(=考え方)」
- 年齢を根拠にする「偏見(=感じ方)」
- 年齢を根拠にする「差別(=行動)」
他の年代の人、とくに高年齢者に対しては、多くの人が無意識や暗黙のうちに「どうせおじさんたちにはわからない」「これだから高齢者は」といった考えを持ってしまっているのではないでしょうか。
実際、WHOの報告書によると、スイスで実施された調査では、企業において全世代の53%の従業員が「高齢の社員はトレーニングが難しい」と信じており、また、52%の従業員は「高齢の社員は挑戦的な仕事への興味が薄い」と信じていた、という結果が得られています*2。
エイジズムが企業にもたらす損失
こうしたエイジズムは、企業組織に大きな損失を与えることがわかっています。
WHOの報告書で紹介されている研究結果によると、アメリカの1万人規模の企業では1年で約60万ドルの損失が発生しているといいます*3。
エイジズムによって従業員の心身に悪影響が生じ、1年で約5000日間分に相当する無断欠勤が生じるというのです。
実際、日本の研究でも、職場でエイジズムを経験している従業員は職場での満足度が下がり、抑うつの原因になりえるという結果が報告されています*4。
特に日本ではこれから高齢者の活用が必要となる中、エイジズムが組織の生産性を下げたり損失を生み出すことは明らかと言えるでしょう。
エイジズムはなぜ生まれるのか
まず、パーソル総合研究所の調査によると、若い世代ほどシニア従業員に対して「給料を貰いすぎている」「成果以上に評価されている」と不公平感を抱いています(図1)。
(出所:「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/senior-peers.html
20代では3割近くが「シニア社員が給料を貰いすぎている」と感じています。
パーソル総合研究所は、その理由を「シニア従業員の仕事の不透明さ」にあると指摘しています。
この「不透明さ」はシニアの仕事への支障だけでなく、シニアの排他性につながります。その偏見がまた、若年社員の転職意向を高めてしまうというのです(図2)。
(出所:「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/senior-peers.html
一方で、若年社員の転職意向を抑制するのは「シニア従業員の活躍」だともしています(図3)。
(出所:「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/senior-peers.html
しかし、シニア従業員の活躍を促進する体制が乏しい企業が多いのも現実のようです。
シニア従業員への研修体制
パーソル総合研究所のこの調査では、企業がシニア従業員向けに実施している施策の薄さも同時に指摘されています。
シニア従業員向けの教育・研修については多くの企業で「実施されていない」「実施されているが充実していない」状況になっているのです(図4)。
(出所:「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」パーソル総合研究所)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/senior-peers.html
充実した教育・研修体制がないままシニアに仕事を続けさせている状況では、若年社員から「古い人たち」という偏見を持たれても仕方がありません。
ビジネスの変化の潮流が非常に速い現代においては、なおさらのことでしょう。
「食わず嫌い」はないか?
さて、こちらはハーバード・ビジネス・レビューのディレクターであるニコル D.スミス氏の経験談です。
ニコル氏はマネージャーに就任した当初、50代・60代を中心とするチームの主要メンバーに、20代が中心のデジタルチームとの連携を提案しました。
しかし、このメンバーが示した反応はこのようなものでした。
長い沈黙の後、彼はきまり悪そうに体を動かしてこう言った。
「彼らと一緒に働くことを強制するつもりではありませんよね」
<引用:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2022年9月号 p72>
このチームのメンバーたちは、「部屋の向こう側にいる若手社員たち」と一緒に働きたいとは思っていなかったわけです。同様に、若手社員たちもしばしば、年上の社員の技術的スキルや学習意欲を軽んじており、自分達の知識、洞察力、スキルが評価されず、成長や昇進から遮断されていることを陰に陽に嘆いていたといいます。
互いに「エイジズム」を持っている状況でした。
しかし、実際に両者を協業させたところ、両者はオープンに、頻繁にコラボレーションするようになったというのです。
まさに、上記のパーソル研究所の指摘にある、「シニア従業員の仕事の不透明さ」が解消された瞬間とも言えるでしょう。
「壁」を排除してみる
スミス氏のケースをみると、実際に「部屋の向こう」という物理的要因も互いの世代に対するエイジズムを強める要因になっていた可能性があります。
しかし、この「物理的な壁」を排除してみるのも、ひとつのエイジズム解消の方法かもしれないと筆者は考えます。
オフィスでは、上長の席がその他の社員が座っている「島」から離れた場所にあることが多いでしょう。しかし、まずその形を取り払ってみるのもひとつの手段だと筆者は考えます。
また、活躍して実績を残すシニアについて、社内で積極的に広報していくことも良いでしょう。
83歳のiPhone用ゲームアプリ開発者として、世界で話題になった人物がいます*5。60歳で大手銀行を退職した若宮正子さんは、58歳からパソコンの独学を始め、80歳からアプリ開発を始めた人です*6。
しかも若宮さんのユニークさは、自分と同世代の人たちをターゲットにしたアプリであったことです。
若宮さんが開発した「hinadan」というゲームは、ひな人形を正しい位置に並べるというもので、高年齢者にも親しみのある「ひな祭り」というテーマを、かつ、スライドやワイプを用いずにタップだけで人形を動かせるという操作性にも配慮しています(図5)。
(出所:「シニア世代をICTの世界に導く、80代のゲームアプリ開発者(2018年春夏号)」首相官邸)
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/contributing_worldwide/wakamiya.html
スマートフォンを高年齢者にとって親しみやすいものにする、という新しい市場に挑戦するものでもあるのです。若宮さんの存在は、若い世代に驚きをもたらしたことでしょう。
こうした高年齢者の学習意欲、独自の視点、成果を若い世代が知ることはエイジズム解消につながる大きな手段になり得ると筆者は考えます。
エイジズムの解消には、オープンで透明性のある組織づくりがベースにあるのではないでしょうか。
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。
*1
「Global report on ageism」WHO p2
*2
「Global report on ageism」WHO p26-27
*3
「Global report on ageism」WHO p55-56
*4
原田謙、小林江里香「高齢就業者の職場における世代間関係と精神的健康」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rousha/41/3/41_306/_pdf p308-310
*5
「シニア世代をICTの世界に導く、80代のゲームアプリ開発者(2018年春夏号)」首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/contributing_worldwide/wakamiya.html
*6
「アップルCEOに「どうしても会いたい」と言わせた87歳」NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/senpai/senpai111/